05 お忍び外出
おはようございます。
清々しい朝です。
柄にもなく早起きをしてしまった。
こっちに来てからネトゲをしていない。
そもそもネトゲが無いと言うか、ゲームと言うものが存在しない。
つまり、夜遅くまで起きてることもない。
私は健康体になりつつあるのだ。
ヒキニートが健康体とは、いかんなぁ。
さて、完全に目が覚めちゃってるし、何をしようかな?
暇を持て余した私は、カグラのところへ遊びに行った。
この時間なら、カグラはもう起きてるだろう。
あの子は早起きだからね。
カグラの部屋は魔王城の客室だ。
本来なら宮廷術士は、彼等の本拠地である魔術塔で寝泊まりするらしいけど、カグラだけはアナスタシアに直談判して魔王城の客室を使ってる。
彼等はエリートだから、カグラが気を遣ってしまうのも仕方がない。
だからこうして、私も気軽に遊びに行けるんだけどね。
私はカグラの部屋の扉を3回、一拍おいて2回ノックした。
これは、私達が決めた秘密の合図だ。
コミュ障のスキルは厄介で、扉越しにも話すことが出来なかった。
本当に、これには自分でも驚いた。
独り言や我慢ならない時などは話せるが、扉越しでも誰かに対してだと話せなくなってしまうのだ。
早いところコミュ障のスキルを消さないと、不便極まりない。
少し間をおいて、カグラは扉を開けてくれた。
「魔王さ……サキさん、おはようございます」
おはよー。今は大丈夫かな?
「それが……」
なに? 手紙?
……もしかしてラブレター!?
「ち、違います!」
おお、顔を真っ赤にしちゃって可愛いねぇ。
「茶化さないで、その手紙を呼んでください!」
カグラは可愛いから、すぐにおちょくりたくなってしまう。 私の悪い癖だ。
とりあえず、手渡された手紙に目を通してみる。
『カグラへ。あなたが魔王城へ行ってから一週間が経とうとしています。アナスタシア様から書簡をいただいたので、あなたが魔王城の宮廷術士として活躍しているのも知っています。ですが、あなたは手紙のひとつも寄越さないので、お父さんも私も心配しています。出来ることなら一度国に戻って、お父さんと私に元気な姿を見せてください。 母より』
カグラのお母さんからの手紙だね。
そう言えば、カグラは元々こっちの人間じゃないんだよね。
「はい。宮廷術士に就任してから忙しくて、手紙を書いている暇も無く。それを心配して手紙を送ってきたようなのです」
みたいだね。
と言うことはカグラ、もしかして里帰りするの?
「はい。両親も心配していますし、一度帰ろうと思います」
へ〜、そっか〜。
「あ、あの?」
なに?
「何だか、凄く悪い顔をしていますよ?」
そんな事ないよ。
ほら見てよ、この満面の笑みを。
「いや、余計に怪しく見えるのですが?」
失礼だな、そんな事ないって。
そう言えば、カグラの住んでた国って、どんなところなの?
「和、と言って伝わりますか? 雅で厳かな場所です。春になると、桜が満開になって綺麗なんですよ」
おお、なんて過ごしやすそうな場所。
この星にも、ちゃんと四季が存在している。
今は夏だから、桜の見頃は過ぎちゃっただろうけど。
もちろん、美味しいものも沢山あるんだよね?
「はい。お団子やお煎餅等々、美味しいものならこの国にも負けません」
凄い自信だね。
これは、行かなきゃ損だよね?
行くしかないよね?
一緒に行っても良いよね?
「だ、駄目ですよ! アナスタシア様が何と言うか」
そうか、一番の難関はアナスタシアか。
説得なんか出来っこないし、カグラに頼んだらカグラの方が怒られそう。
私なら良いけど……嫌だけど、私のせいでカグラが怒られるのも嫌だからな。
仕方がない、今回は諦めるよ。
ご両親によろしく伝えてくれ。
「分かりました。では、私は支度がありますので」
カグラは部屋に戻った。
うん、仕方がないね。
怒られたくないけど、私だって気ままに外出したい。
だから、私がこっそり出掛けたって仕方がないのだ。
そうと決まれば行動あるのみだ。
私は急いで寝室に戻った。
さて、まずはアナスタシアへの置き手紙を書きます。
次に、普段開けない窓を全開にします。
ベッドのシーツを剥がし、それをベッドの足に縛り付けます。
テレビや映画なんかで良く見る脱出経路の完成です。
あとは、身支度を整えて普通に部屋から出ます。
この部屋の鍵は内側からしか掛けられないので、部屋の外から施錠の魔法を使用します。
何と言うことでしょう。
まるで窓から脱出を図ったように見えるではありませんか。
カグラから魔法を教えてもらった私は、これくらいの魔法なら使いこなせるのだ。
これで、アナスタシアが私に気付くまで時間が稼げるだろう。
次に私は、魔法衣のスキルをオンにした。
魔法衣のスキルは最初からお世話になってるスキルだが、最近凄いことに気付いてしまった。
なんと、この魔法衣のスキルにはカスタマイズ機能があったのだ。
魔力で出来た服を纏うから防御力には反映されないけど、見た目はかなり細かく設定することができた。
更に、一度見たことのある服はテンプレ登録され、そのまま生成することができる。
魔法衣だから鎧は作れないけどね。
私は登録された宮廷術士のローブを選択し、そこにカスタマイズで目深のフードを取り付けて生成した。
これで誰がどう見ても、私は宮廷術士にしか見えないだろう。
私は意気揚々と城門へと向かった。
城門から外に出ると、そこには見慣れない馬車が停まっていた。
なるほど、カグラはこれに乗って行くのか。
アナスタシアが用意させたんだろうけど、仕事が早くてちょっと焦ってしまう。
幸いにも周りには誰も居ないから、忍び込むなら今の内だ。
「今日は宜しくお願いします」
しばらくして、外からカグラの声が聞こえてきた。
馬車の運転手にでも挨拶しているのだろう。
程なくして馬車の扉が開いたので、私は満面の笑みで出迎えた。
「え?」
カグラは私を見て、呆気にとられているようだ。
やっぱりカグラの反応は可愛い。
しかし、このままでは会話ができないから、私は自分の耳を指差した。
これも、私とカグラの秘密の合図だ。
私が耳を指差したら、念話を使ってくれとの合図なのだ。
《サ、サキさん、何をしているのですか!》
何って、見れば分かるでしょ。
カグラの付き添いだよ。
《こんな勝手なことをして、アナスタシア様が何と言うか!》
大丈夫だって、ちゃんと許可は貰ってあるからさ。
もちろん嘘だけど、ここで悟られるわけにはいかない。
このことが漏れないようにカグラと念話をする。
《本当に、許可をいただけたのですか?》
もちろんだって。
もしかして、私を疑るのかな?
《そうではありませんが》
だったら良いじゃん。
さあ、早く乗って。
《……分かりました。もう何を言っても無駄なのですよね》
カグラも私のことを分かってきたじゃない。
《あまり分かりたくありません》
しばらくして準備ができたのか、馬車がゆっくりと動き出した。
馬車なんか乗る機会なかったから、とても新鮮な気分だ。
私は窓から外を眺めて、流れゆく景色を堪能することにした。
大通り。
やっぱりここは賑やかだね。
大通りは石畳だから多少は揺れるかと思ったけど、馬車の轍でも出来ているのか、揺れは少なく快適だ。
しばらく進むと、ウラド商会が見えてきた。
ここはデカいから目立つよね。
そこの店先に見慣れた人影が見えたため、私はすぐに身を潜めた。
「サキさん、どうしました?」
いや、何でもないよ?
そう、何でもないの。
カグラは首を傾げていたが、それ以上詮索してくることはなかった。
詮索されなくて助かった。
だってウラド商会の店先に、アナスタシアが居たのだから。
バレたら何を言われるか分からないから、見つからないよう念のために身を潜めたのだ。
その後、馬車は何の問題もなく進んで行き、ついに私は王都を抜けたのだ。
王都の外もファルレイシア領だから、あまり油断はできないけどね。
王都の外には、大きな街道が続いていた。
そりゃあ街道くらいあるよね。
街道にもそれなりに人が歩いていた。
一般人が歩けるって事は、この辺は平和なんだね。
《一週間に一度、討伐隊と呼ばれる方々が、街道のモンスター退治を行っています。昨日が丁度モンスター退治の日だったようで、かなり安全に通ることが出来るのですよ》
へー、そうなんだ。
この辺りのモンスターって強いの?
《王都近郊のため強くはないのですが、それでも一般人から見れば脅威ですね》
なるほどね。
そう言えば、カグラの住んでる国までどのくらいで着くの?
《馬車なら半日で着くでしょうね》
半日か、結構距離があるけど、のんびり行こうか。
カグラと話したい事もあったし、丁度良い機会だ。
《私と話したいことですか?》
ズバリ聞くよ?
レイロフとカグラって恋仲なの?
《そ、そんな訳ありません!》
本当かな?
毎日一緒に居るし、言い争いは度々見られるけど仲良さそうだし、端から見れば恋仲に見えなくもないんだよね。
《プライバシーに踏み込んだ事を聞くなら、念話を切りますよ?》
それはあれかな?
そう言う感情があるからかな?
念話は心の声だから、恋仲だって悟られたくないからかな?
《切りますね》
待って! 謝るから、もう聞かないから切らないで!
こんな会話を続けているなか、ふと外の景色に目を向けると、辺りの様子が変わってきたことに気付く。
街道には鳥居のような……と言うか鳥居だわこれ。
鮮やかな朱色の鳥居が、街道の所々に立ち並んでいる。
そして馬車の前には、大きな建物がそびえ立っている。
これは関所なのだろう。
ここを通れば、いよいよカグラの故郷、サクラノ王国だ。
名産品とか美味しいものとか、今からとても楽しみだ。