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#4 カラクトス

 カグラの宮廷術士就任から、そして俺の専属騎士就任から一週間が経過した。

 カグラは、一度両親に近況を報告すると言って、自国へと帰って行った。

 俺も護衛として同行するのかと思ったが、カグラは馬車で帰ると言い、アナスタシアもそれを許可した。

 この一週間は本当に大変だった。

 カグラは事あるごとに人族の素晴らしさを説いてくるわ、騎士仲間からは俺とカグラの仲を噂されるわ、何度でも言うが本当に大変だった。

 そんな目まぐるしかった日々から、俺はようやく解放されたのだ。

 それもカグラが帰ってくるまでの間だけだが、今はこの自由を噛み締めたい。

 とりあえず外出届を出して、大通りでも散策するか。

 その後は、久々に実家にでも帰るか。



 騎士団に所属していると衣食住は確保される為、給料の使い道は少ない。

 一応実家に帰るわけだから、土産くらいは買っていくか。

 後は……。


 俺はウラド商会に足を運んでいた。

 俺の趣味は、鍛錬と武器収集だ。

 流石に高額なものに手を出す事は出来ないが、並べられている武器を眺めるだけでも俺は満足なのだ。

 以前ここへ来た時に、買いもせずに一時間以上居座ってしまった為、既に顔は覚えられている。

 良い意味でも悪い意味でもだ。


 まずは店の外に並べられた商品を眺めていく。

 武器とは憧れだ。

 ただ格好良いだけでなく、そこに機能性や効率性が備わっている。

 そして、それぞれに個性がある。

 例えば、一般的に普及しているロングソードは、長剣でありながら取り回しに優れている。

 ツヴァイヘンダーは、その重量を活かして鎧ごとダメージを与えられる。

 逆にレイピアやは、鎧の隙間から肉体にダメージを与えられる。


 剣と一口に言っても多種多様だ。

 そして、その全てに個性がある。

 だから俺は武器が好きだ。

 変人だのと言われるが、これは俺の趣味だ。

 他人の趣味を笑うものではないと思う。



「きゃっ!」



 俺は武器を眺める事に夢中になるあまり、周りが見えていなかった。

 この店に来ていた客にぶつかってしまったようだ。



「悪い、余所見をしていた」

「いえ、こちらこそ申し訳ありません」



 どこかで見たことのある顔が、どこかで聞いたことのある声で謝っていた。

 いやいや、何でこんな所に居るんだ?



「ア、アナスタシア……様」

「あら、レイロフでしたか」



 城外ではまず会わない人と出会ってしまった。

 こんな時、どうすれば良いんだ?



「こんな所で会うなんて、奇遇ですね。外出届が出ていましたが、ここに来ていたのですね」

「そ、そうです、はい……」



 ああ、そうか。

 アナスタシアは騎士団の武器の発注に来ていたのか。

 確か、その辺りの雑務はアナスタシアの仕事だった筈だ。



「しかし、レイロフと城の外で出会うとは。何とも不思議な感覚です」



 俺は滅多な事が起こらない限り、城から出ることは無い。

 それこそ遠征任務や、今日のような日でも無い限り。

 だから俺も、城外でアナスタシアに会うのは不思議な感覚だ。



「ところでレイロフ、この後の予定はありますか?」

「と、特にはありません」

「そうですか。それでは」



 あの場面では、予定など無いと答えるしかないじゃないか。

 実家に帰るのは、もう少し遅くなっても大丈夫だと思っていた。

 それが、どうしてこうなってしまったのか。


 俺は今、アナスタシアと共にカフェでお茶を嗜んでいる。

 正直に言おう。

 すげー気まずい。

 一塊の騎士が魔王様の側近と優雅にお茶を飲むって、どういう状況だ?

 アナスタシアが何をしたいのかサッパリ分からん。



「どうしました? この様な小洒落た店は馴染みませんか?」

「そうですね……この様な店に来る事はありませんから。そもそも、アナスタシア様は俺に何をさせたいのですか?」

「この店では美味しいクッキーを食べられるとの噂があったのですが、なかなか1人では入りにくい雰囲気の店でしたからね」



 確かに、周りの客はほぼ全てカップルだ。

 それじゃあ入りにくいのも納得出来ると言うかちょっと待てやコラ。

 何でこいつは、よりにもよって俺を選びやがった?

 いや、たまたま俺が居たからだろうが、こんな事態になるなんて聞いてないし、俺とアナスタシアの関係が周りから見れば恋人同士に見られてるかもしれない。

 いやいやいやいや、それは無い、有り得ない。

 俺とアナスタシアが恋人同士とか、何の冗談だ。

 うわぁ、この店から出てぇ。

 せめて知り合いに見られる前に、一刻も早くこの店から出てぇ。



「……私と一緒にお茶をするのは嫌ですか?」



 上目遣いで見てくんな。

 可愛らしく聞いてくんな。

 余計に勘違いされるだろうが。



「そんな事はありません」



 馬鹿か俺は。

 そんな事言ったら長引くに決まってんだろうが。



「そうですか、安心しました。あ、クッキー追加でお願いします」



 ほら見ろ言わんこっちゃない。

 ああ、これはもう駄目だ。

 アナスタシアめ、追加されたクッキーを美味しそうに頬張りやがって。

 仕方がない。

誰かに見られない事を祈りながら、俺もクッキーを頂くか。





 なんて事があった事を、俺はいま親父に話している。

 話を聞き終わった親父は大きく笑っているが、笑い事じゃない。



「そんな面白い出来事に出会すとは、流石は私の息子だな」



 俺の親父ラモン・カラクトスは商人だ。

 国内外で名商として有名だが、同時に変人としても有名だ。



「笑い事じゃないって。結局、アナスタシアが何をしたかったのかも分からなかったし」

「それはあれだ。アナスタシアは、お前に気があるんだ」



 全く予想もしていなかった親父の返答に、俺は飲んでいたお茶を吹き出してしまった。



「な、なに言ってんだよ親父!」

「何をそんなに慌てている? さてはお前の方が、アナスタシアに気があるのではないか?」

「んなわけねぇっての!」



 からかわれてる。

 よりにもよって、何て事を言いやがるんだ親父は。



「そう照れるな。お前がアナスタシアに憧れているのは知っているのだぞ?」



 親父の言う通り、俺はアナスタシアに憧れを抱いている。

 数年前、まだ先代の魔王様がご健在だった頃に、魔王様の前で剣の腕前を披露する大会があった。

 その大会で、ベルンハルト騎士団長とアナスタシアの模擬戦が行われた。

 騎士団長は剣術スキルの最上位である剣神のスキルを持っていたから、強いのは当たり前だった。

 対するアナスタシアは、剣術のスキルすら持っていなかった。

 勝負は一瞬で終わると思っていた。

 しかし実際に模擬戦が始まると、アナスタシアは騎士団長とほぼ互角の戦いを繰り広げていた。

 騎士団長の武器はパラッシュと呼ばれる長剣。

 対するアナスタシアはエストックと呼ばれる刺剣だった。


 アナスタシアは騎士団長の攻撃を全て躱し、去なし、隙を突いては攻撃していた。

 騎士団長もまた、アナスタシアの攻撃を躱し、時にフェイントを交えては攻撃していた。


 勝負は30分以上に及んでいた。

 息を切らしながら二人は笑っていた。

 次で終わる。

 騎士団長の渾身の一撃。

 それをアナスタシアはエストックで去なそうとした。

 しかし、エストックは騎士団長の一撃に耐えきれず、折れてしまったのだ。


 勝負あり。

 観戦していた者達からは盛大な拍手が起こり、騎士団長とアナスタシアは互いの健闘をたたえていた。

 俺はその時、アナスタシアの強さに感動し、憧れを抱いていた。

 攻撃力が低くともスキルが無くとも、力量の差は埋められると証明したからだ。


 そう、憧れだ。

 俺は確かに、アナスタシアに憧れている。

 あの強さに憧れている。

 あの凛々しさに憧れている。

 しかしそこに恋愛感情など無い。

 ある訳がない。



「俺は憧れているだけだ。惚れてるわけじゃねぇよ」

「どうだかな。そう言えばレイロフよ」

「なんだよ?」

「お前、宮廷術士の専属騎士になったそうじゃないか」



 その話はしたくなかった。

 その事を忘れる為に、俺は実家に帰ってきたのだから。



「その話はやめてくれ。今はその事を考えたくないから」

「確かカグラと言う人族の娘だったか。カグラと言えば、ミヅチ家のご令嬢の名だった筈だが?」

「答えたくない」

「ははーん。さてはレイロフよ、お前はカグラに惚れているな?」



 何を言いやがるかこのクソ親父は。

 まさか酔ってんのか?

 飲んでるそれはお茶じゃなくて酒なのか?



「何言ってんだよ! 人族を信用するなって言ったのは親父だろ!」

「国内外だけでなく人族とも商売をしているとな? そんな古い考えは捨てなければならんのだよ」



 言いようのない怒りがこみ上げてくる。

 今すぐ殴ってやりたい。



「レイロフよ、すまなかったな」



 俺の怒りを知ってか知らずか、親父は俺に対して深々と頭を下げた。



「私が、私達の祖先が間違っていた。人族は素晴らしい。我々よりもずっとな」

「親父……」

「私達は間違っていた。そして私は、間違いに気付く事が出来た。だからお前にも、間違いに気付いてほしい」



 そんな事言われたって、俺にどうしろと言うんだ。

 頭を下げる親父に、俺の怒りも消えてしまった。

 本当に、どうすれば良いんだ。



「すぐに考えを改めるのは難しいだろう。だが宮廷術士の、人族の専属騎士になったのは、何か意味があるはずだ。もしかしたらアナスタシアも、お前の人族嫌いを気にしていたのではないか?」

「俺は、どうすれば良い?」

「お前はまだ若い。考える時間はある」



 本当に、笑えないことだ。

 久々に実家に戻れば、永く続いた教えを、その考えを改めろと言われる。

 どうすれば良い?

 何が正しい?

 俺は、俺の考えは。





 夜になり、俺は寄宿舎に戻っていた。

 ベッドに潜り込み、天井を眺めている。

 今夜は眠れそうにない。

 さて、どうするか。



 やっぱり俺には鍛錬しかない。

 俺はいつもの様に、訓練部屋で鍛錬を行っている。

 いつもなら、何度か剣を振っていれば無心になれるが、どうも今日は駄目だ。

 今日は色々な事が起こりすぎた。

 これならまだ、カグラの専属騎士をやっていた方が楽だったか。

 それもそれでどうなんだ?



「レイロフ、まだ起きていたのか」



 一心不乱に打ち込んでいる音を聞きつけたのか、ベルンハルト騎士団長が訓練部屋にやってきた。



「どうも眠れなくて」

「らしくないな。何か悩みでもあるのか?」

「いいえ、別に……」



 こんな事、騎士団長に相談すべき事ではない。



「言いたくないのなら構わん。鍛錬に打ち込みたい気持ちも分からんでもない。だが、無理はするなよ?」

「はい、ありがとうございます」



 騎士団長なりに、気を遣ってくれたのかもしれない。

 本当に、俺らしくもない。

 カグラが戻るまで時間はある。

 その間に、俺なりの考えでも纏まれば良いが。

 纏まらなかったら……その時はその時だ。

 気楽に構えよう。

 俺は鍛錬道具を片付けて寄宿舎へ戻った。

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