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03 はじめてのおでかけ

 朝だ。

 窓から朝日が射し込んでいる。

 ああ、起きたくない。

 いつまでもベッドに入っていたい。



「魔王様。……魔王様?」



 一度目が覚めちゃってるけど、このまどろみには勝てるはずがないよね。

 このまま深く深く沈み込んで。

 このままもう一眠り。



「魔王様、起きてください」



 外界からの音も光も、布団を深くかぶって遮断して。

 至福の二度寝タイムのはじまりよ。



「魔王様!」



 聞こえない聞こえない。

 私は二度寝をしなきゃならないの。

 おやすみなさい。



「魔王様! いい加減起きてください!」



 布団を引き剥がそうとしてくるけど、そんなことさせるものか。

 私の攻撃力は3000オーバーだ。

 その攻撃力で、私は布団をガッチリとつかんでるんだ。

 並大抵の力じゃ、私の布団を引き剥がすなんてできないよ。

 だからアナスタシアよ、いい加減あきらめてくれ!



「ま・お・う・さ・ま! お・き・て・く・だ・さ・い!」

「いや! やめて! 私は惰眠を貪りたいの! ヒキニート生活を謳歌したいの!」

「何を訳の分からない事を! 今日は出掛けたいから早く起こせと仰ったのは魔王様ではありませんか!」



 うん?

 そんなこと言ったかな?

 なんて少し考えた隙を突かれた。

 勢いよく布団を剥がれてしまったよ。

 くそっ、あれは作戦だったのか。

 アナスタシアめ、何という策士なんだ。

 私は恐る恐るアナスタシアの方を見る。


 うわ、怒ってる怒ってる。

 まるで鬼のような形相で私を睨んでるよ。

 やめて睨まないでマジで怖いから。



「昨日、魔王様が私に言った事をお忘れですか?」



 なに?

 何か言ったかな?

 いや、その前にアナスタシアさん、そんなに顔を近付けないでください。

 そんな怖い目で私を睨まないでくださいお願いします。



「試練の魔物の素材がどの様に加工されるのか見学したいと、そう仰いましたよね? だから今日は予定を変更すると、そう仰いましたよね?」



 ああ、思い出した。

 そう言えばそんなこと言ったね。


 私が試練の遺跡で倒した狼と亀。

 その素材が良い値段で売れるって鑑定結果が出たから、爪やら牙やらを回収していた。

 でもそれは、魔王専用の武器に加工するって没収されてたんだよね。

 武器を作ってくれるのはありがたいんだけど、どんな武器になるのかは見ておきたかった。

 そう思ってアナスタシアに頼んだんだった。


 そうだそうだ、やっと思い出したよ。

 うんうん、思い出した思い出した。

 思い出したから、顔を近付けるのやめてもらえませんかね?



「思い出していただけたようで何よりです」



 にっこりとほほえむアナスタシア。

 いや、目が笑ってないから。

 その目はマジで怖いからやめてください。

 まだ怒ってる? そりゃあ怒ってるよね?

 ごめんなさい謝ります許してください怒りを鎮めてください。



 身支度を整えた私は、アナスタシアの待つ城門前に向かった。

 身支度と言っても上等な服を着るわけじゃない。

 今回行く場所は城下町。

 つまり、初めての外出なわけだ。

 汚れても困るし、あまり上等な服は着ていけないのだ。

 そもそも、上等な服なんて着たくないからね。

 一応、魔王の装束についてた小さな袋は持っていく。

 この中にはお金も入ってるし、気に入った物があったら買ったって良いと思うの。

 これは私のポケットマネーなわけだし、国庫の無駄遣いをするわけでもないからね。


 城門前にはアナスタシアと数名の騎士。

 護衛だろうけど、こいつら引き連れて歩いてたら間違いなく目立つよね。

 あんまり目立ちたくないんだけど、アナスタシアが居るし下手なことは考えないようにしないと。

 もう、あんな目で睨まれたくない。



「魔王様、こちらはいつでも出発できます」



 アナスタシアが出迎えた。

 もう怒ってない?

 ……うんうん、もう怒ってないね。

 それじゃあ出発しよう。

 私は騎士とアナスタシアを引き連れて、城門から外に出た。



 この国の名はセラメリア王国。

 初代魔王様の名から付けられたそうだ。

 この国は魔族が暮らす領土の中で最も広く、そして最も栄えている。

 魔王城もあるし、それは当たり前だよね。

 最も栄えているだけあって、町は活気にあふれていた。

 特に活気づいているのは大通り。

 見たことのない野菜や果物が並ぶ店。

 モンスターと思われる生き物の肉が並べられた店。

 カラフルな石や様々な種類の杖が並べられた、魔法店と思われる店。

 薬草や薬の類が並べられた店。

 そして、それらを目当てに行き交う人々の喧噪。

 それはまるで祭りのような賑やかさ。

 私は目を輝かせていた。

 相変わらずのコミュ障だから、これが欲しいあれが欲しいとは言えないけどね。


 え? 今朝、アナスタシアと話してたろうって?

 やだなぁ、あれは独り言だから会話ではないのだよ。

 それに私も必死だったからね。


 色んな店を物色しながら歩いていると、ひときわ大きな建物が目に入った。

 ここも商店だけど、並べられているのは武器や鎧の数々。

 見るからに強そうな武具もちらほら。

 店の規模から見ても、ここで間違いないだろう。

 アナスタシアはその店を……華麗にスルーしやがった。

 え? ちょっと待って、ここじゃないの?

 うろたえてる私に気付いたのか、アナスタシアが軽く説明をしてくれた。



「ここはウラド商会。我が国きっての武器商です。騎士団の武具も、ここに発注しているのですが、残念ながら目的地はここではありません。魔物の素材の加工は特殊な技術を要しますし、専門の職人に依頼をしなければなりませんので」



 つまり、このウラド商会ってのは「大量生産できるけど質は落ちるぜ」ってことか。

 騎士団の装備を見る限り、そこまで粗悪な品ではなさそうだけど。

 狼や亀の素材は、私の攻撃力をもってしても剥ぐのに苦労したからね。

 並みの職人では無理ってことか。


 ウラド商会をあとにしてしばらく歩いていると、ようやく目的地に到着した。

 そこは町外れにある小さな、それでいて無骨な建物だった。

 店の出入り口には、申し訳程度に看板がかけられている。

 何というか、いかにも気難しい職人が暮らしてそう。


 アナスタシアが扉をノックすると、出迎えたのは小さなおじさんだった。

 本当に小さい。

 ロロちゃんと同じくらいか、少し大きい程度かな?

 口が見えないほどまで蓄えられた口髭。

 小さな体に不釣り合いなたくましい腕。

 私のゲーム的勘が訴えている。

 このおじさん、ドワーフだ。



「これはこれはアナスタシア様。ドワーフ工房にようこそ。後ろの方が、今代の魔王様ですね。話は伺っております。ささ、どうぞ中へ」



 凄く気の良さそうなおじさんだった。

 と言うか、やっぱりドワーフだった。

 イメージ通りの見た目に、私は内心テンションが上がってる。

 私とアナスタシアは、店の中に入っていった。



「ご足労いただきまして、まことにありがとうございます。さぞお疲れでしょう。お茶を淹れましたので、よろしければどうぞ」



 私達は応接室に通され、お茶をいただいている。

 魔王城でお茶と言えば紅茶だった。

 でも、このおじさんの淹れたお茶は緑茶に近い。

 緑茶も紅茶も、もともとの葉は同じだって言うしドワーフはお茶の製法も違うのかもね。

 と、お茶をいただきに来たわけじゃないんだよね。



「魔王様はドワーフ達の技術に興味があり、是非とも工房の見学をしたいと仰っています」

「それはそれは、ありがたい事ですな。しかし……」

「何か問題でも?」

「彼らは腕は良いのですが、如何せん言葉遣いと態度が悪く、魔王様にご迷惑をおかけしてしまうかもしれません」



 そんなの百も承知だって。



「魔王様はお気になさらないそうです」

「……分かりました、工房へご案内しましょう」



 案内されたそこには、鉄製の大きな扉があった。

 見るからに重厚そうな扉の中からは、金属同士がぶつかる音がしている。

 そんな音に圧倒されてる私を後目に、おじさんはその鉄製の扉を軽々と開いてしまった。

 このおじさんのどこに、そんな力があるんだろう?


 扉が開かれた瞬間、耳をつんざくような音が鳴り響いた。

 金属を打ちつける音だけど、こんなにデカい音が出るもんなのか?

 思わず耳を塞ぐほどの音と、奥で燃え盛る炉の熱。

 そして、耳を塞いでいるにも関わらず聞こえてくる怒鳴り声。



「馬鹿野郎! もっと腰を入れて叩きやがれ!」

「ウス!」

「そんな生っちょろい叩き方だと、良い武器は出来ねぇぞ!」

「ウス!」



 暑苦しい。 炉の熱より暑苦しい男達が、真っ赤に煮えたぎった金属にハンマーを振り下ろしてる。

 凄い迫力だ。

 男達が叩いてるあれが、私の武器になるのかな?

 そんな事を考えてると、おじさんは扉を閉じてしまった。



「こうして鍛えた武具は、人族が鍛えた物よりも丈夫になり、魔族が鍛えた物よりも魔法効果が高くなるのです。しかし、この様にひとつひとつ仕上げる為、大量生産は出来ないのです」



 なるほどね。

 ドワーフはどの世界でもドワーフなんだ。

 そう言えば、私の武器はどこに?

 さっきのあれがそうなの?



「以前注文した魔王様の武器は、もう出来上がっていますか?」



 アナスタシアの問いに、おじさんは首を横に振ってる。

 強い魔物の素材だし、仕方がないんだろうね。

 でも、大まかな形はできてるんじゃない?

 と言うことをアナスタシアが代弁してくれたけど、それに対しても首を横に振ってる。



「実はどの様な武器を作るかすら、未だに決まっていないのです」



 なんですと?



「ドワーフとは言え、魔物の上質な素材を加工できる者は僅かばかり。その素材が魔狼と輝岩大亀ともなれば、更に限られてくるのです。ですが、それらを加工できる者が、これまた厄介者でして」



 おじさんに案内されたのは、町外れの更に外れにある小さな工房だった。

 どうやら、私が持ってきた素材があまりにも質が良すぎたせいで、どんな武器にするか決めかねているらしい。

 そしてこだわりも強すぎるせいで、製作は難航しているそうだ。

 相当気難しい職人さんみたいだ。

 おじさんが工房の扉をノックする。



「コルタ、お客さんだ」



 返事はない。



「魔王様、アナスタシア様、耳を塞いでください」



 私もアナスタシアも言われた通りにする。

 するとおじさんは大きく息を吸い込んで。



「コルタァ! 客人だって言ってんだろうが! さっさと起きやがれ!」



 な、なんて声を出すんだこのおじさんは。

 さっきのハンマー振ってたドワーフよりも大きな声だった。

 おじさんも口調が悪くなってるし、ドワーフってやっぱりイメージ通りだわ。


 おじさんの怒声に、工房の中ではバタバタと物音がしてる。

 なんだか、相当焦ってるみたいだ。

 しばらくして物音が止み、工房の扉が開かれた。



「紹介します。孫のコルタです」



 そこに居たのは、燃え盛るような赤い髪に赤い瞳、そして褐色肌の美人さんだった。




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