真夜中の訪問者
晩餐会も終わり、私はアナスタシアに今後使っていく寝室まで案内された。
さすが、王族の寝室だけあって内装は一見豪華そうだった。
しかし、その装飾に金細工は使われてなく、落ち着いた雰囲気だ。
「500年前の魔王様の御業により、魔王のスキルを持つ者は貴族から生まれなくなりました。つまり、歴代の魔王様は一般人なのです。寝室も庶民的な内装の方が、魔王様も落ち着いて休まれる事が出来ると思い、このような内装となっております」
なるほど、確かに落ち着くわ。
きらびやかな内装だと、一般人は眠れないからね。
「私の部屋は、この廊下の突き当たりになります。ご用の際は、私の部屋までおたずねください。では、ごゆっくり」
アナスタシアは退室した。
それを見送った私は、ベッドに倒れ込む。
おおう! ふかふかだー!
ああ、これは駄目だ、人を堕落させるわ。
それほどまでに、ふかふかのベッドは心地よかった。
もう、このまま眠れそうだ。
私はゆっくりと目を閉じ、意識が沈んでいくのを待っていた。
そこへ。
「魔王様、宜しいでしょうか?」
扉をノックする音と共に声が聞こえてきた。
この声は、カグラ?
私はベッドから降り、扉を開けた。
そこに居たのは間違いなくカグラ……なのだが、着ているものは和装ではなく、ピンク色の可愛らしいパジャマだった。
イメージが違うというか、パジャマだけで変わりすぎでしょ。
「あの、魔王様?」
ああ、ごめんごめん。 ちょっと見とれてたわ。
とりあえず念話にしてもらえないだろうか?
って思ってたら念話に切り替えてきた。
実はカグラも、アナスタシアと同じように相手の思っていることが分かるのではなかろうか?
《もしもし、聞こえますか?》
聞こえるよ。 こんな夜中にどうしたの?
《少しお話をしたくて。お時間は取らせませんから》
さっきも話をしたいって言ってたし、ここで帰しちゃうのはさすがに悪いよね。
と言うわけで、カグラを室内に案内する。
《失礼します》
どうぞ。
話があるって言ってたよね。 だったら、そこのソファに座って話そうよ。
《はい、失礼します》
私とカグラは、室内にあるソファに座った。
おお、このソファもふかふかだ!
私がソファのふかふかを堪能してると、カグラは念話を使わず普通に話しかけてきた。
「突然押し掛けてしまって申し訳ありません」
それは良いけど、なんで念話を切ったの?
「切ったわけではありません。現に、魔王様のお言葉は念話越しに聞き取れています」
だったら念話で話しても変わらなくない?
「魔王様は気付いていらっしゃるのか……念話と言うものは、心に思った事を相手の脳に直接語りかけるスキルです」
そうみたいだね。
だって、私が思ったことがカグラに伝わってるし、薄々感づいてはいたかな。
……あ、なるほど。
心に思った事がそのまま伝わっちゃうから、それを聞かれたくないってことかしら?
「は、はい」
でもそれ、私が不利じゃん。
こっちの心はカグラにお見通しなんだから。
「でしたら普通に会話しませんか?」
だが断る!
私コミュ障なんだよ?
こうやって念話で話すと平気だけど、普通に会話しようとすると口が動かなくなっちゃうんだよね。
カグラは溜め息をついてるけど、こればっかりは仕方がない。
こんなスキルを作った神様が悪い。
「いつか、魔王様と普通にお話出来る日が来れば良いのですが」
まあね。
それは私だって同じ考えだよ。
ぶっちゃけ、このままだと不便だからさ。
さて、だいぶ話がそれちゃったけど、カグラの話って何なの?
「それは……」
眼が泳いでる。
顔も紅潮してるし……もしかして恋バナ!?
「ち、違います!」
いやぁ、悩めるお年頃だとは思ってたけどねぇ。
「だから違いますって!」
じゃあ何なのさ?
「その……魔王様って、ホームシックになられたことはありますか?」
ホームシック?
前世を思い出してみる。
長く家に帰らなかったのは修学旅行くらいかな?
参加したけど、ホームシックにはならなかったと思う。
その後はずっと家に引きこもってたし、ホームシックになることはありえなかった。
だから、ホームシックになったことはないよ。
「……そうですか」
……ひょっとして?
カグラちゃ〜ん、あなたまさかホームシックなのかしら?
「う……」
図星だね〜。
カグラは更に顔を紅潮させて、うつむいてしまった。
大丈夫だよ。
アナスタシアからカグラのことは聞いてるから、気持ちは分からなくもないんだよね。
「え?」
予言の巫女だっけ?
元々は魔王の行方を予言してもらうために魔王城に招かれたのに、それがその日のうちに宮廷術士とやらにされちゃって、更に両親までも了承済み。
まったく知らない国で過ごさなきゃならなくなったんだから、そりゃあ不安にもなるよね。
「はい……。正直、不安で不安で仕方がないのです」
専属騎士ってのが居るみたいだけど、彼は男性だからね。
配属初日に男性と一夜を共にするのも、大問題だろうからね。
「はい……」
アナスタシアに頼るにしても、どんな返答が返ってくるか分かったものじゃないし。
もしかしたら弱みを握られちゃうかも。
「はい……」
だから私のところに来たんだね?
でも、だったらなおさら、私のところには来られないと思う。
だって私って魔王だし。
「歴代の魔王様なら、恐れ多くてこんな相談できません」
それは私が恐れ多くないってこと?
「そ、そう言う訳ではありません。何と言いますか、今の魔王様は雰囲気が異なります。今だって、こんなにフレンドリーに話してくださっていますし、安心できるのです」
ふーん。
「それに……」
それだけ言って、カグラは言うことをやめた。
気になるじゃない、何を言おうとしたの?
「……この事については、また日を改めてお話します」
うーん、まあいいか。
「魔王様とお話をしたら、かなり楽になりました。また来ても良いですか?」
もちろん大歓迎だよ。
ただし、条件がある。
「な、何でしょうか?」
私と友達になりなさい。
「……え?」
魔王様の、人生初の友達になりなさい。
「宜しいのですか?」
カグラだから頼んでるんだよ。
どう?
カグラが嫌だって言うなら、無理にとは言わないけど。
「とんでもないです!あ、あの……これから、よろしくお願いします!」
カグラの表情が一気に明るくなったような気がする。
カグラは深々と頭を下げると、私の部屋から出て行った。
私だって不安だった。
確かにゲームのような世界に転生したけど、晩餐会が終わったあたりから、私はどうしようもなく不安になっていた。
転生したら魔王だった。
そう、魔族をまとめ上げる魔族の王だ。
その魔王と言う言葉に、最初はピンときてなかった。
ゲームをするようなノリで出来るものだと思い込んでいた。
しかしこの世界では、魔族が生活を営み生きている。
ゲームのような世界だけど、ゲームではない。
そう気付いてしまった途端、魔王と言う言葉が、その名が、時間と共に私に重くのし掛かってきていた。
だから私は、現実から目を背けるように眠ろうとしていたのだから。
そこへタイミング良くやってきたのがカグラだった。
話をして救われたのは、私の方だったんだ。
私はカグラの出て行った扉に向かって、深く一礼した。
カグラ、これからよろしくね。
私はベッドに倒れ込み、意識を手放した。