#3 貴族の晩餐
魔王の晩餐 のレイロフ視点です
魔王様の御名付の儀も無事に終わり、晩餐会が催された。
それは別に良い。
そんなものは、貴族共が勝手にやれば良いだけの話だ。
それなのに何故、俺まで参加しているのか。
いくらカグラ専属の騎士とは言え、俺と言う存在は明らかに場違いだ。
「カグラの専属騎士として、レイロフも晩餐会に出席しなさい」
と言うアナスタシアの命令でなければ、俺はこんな催しに参加などしなかったものを。
しかし、こうなってしまっては仕方がない。
俺はなるべく目立たないよう、隅の方で晩餐会を見物していた。
カグラは俺の隣にいるが、ここに居る必要もないだろうと思う。
しかしカグラは、俺のそばから離れようとしない。
大勢の貴族を前に緊張しているのか?
そんな事、俺の知った事ではないのだがな。
晩餐会を見物していると、俺が絶対に会いたくない人物が現れた。
「おやおや、これはこれは。誰かと思えば、剣の事しか頭にない、我が愚弟のレイロフじゃないか」
従兄のアルベルトだ。
「これはこれは。女の事しか頭にない、愚兄のアルベルト卿ではありませんか」
アルベルトの言い方が気に食わなかったから言い返してやる。
余裕そうな態度が一変、鋭い目つきになる。
気に障ったようだが知った事か。
「レイロフ、ここはお前のような一塊の騎士が居て良い場所ではない。身分を弁えろ」
「お前こそ、身分を弁えたらどうだ?俺の隣に居るのは宮廷術士だ。そして俺は、宮廷術士の専属騎士だぜ?」
「お前が?何の冗談だ。嘘も大概にするんだな」
「嘘なものか。俺はアナスタシアから直々に命令されて、専属騎士になったんだ。だったら、アナスタシアに直接聞いてみたらどうだ?」
アルベルトは腰に手を当て、溜め息をついている。
そして、暫く何かを考えたかと思うと、アルベルトは徐に俺の髪を鷲掴みにした。
「図に乗るなよレイロフ。いくら宮廷術士専属とは言え、お前は只の騎士だ。剣の事しか考えられぬお前が、政治になど関心を持たぬお前が、私と対等かそれ以上などと、血迷った事を考えるなよ?」
アルベルトの瞳が真紅に染まっていく。
こうなってしまったアルベルトの凄みに、俺は何も言えなかった。
それを察したのか、アルベルトは黒い笑みを浮かべた。
ああそうさ、蛇に睨まれた蛙だ。
こうなったアルベルトに、俺は恐怖しているのだ。
「ガキが。お前が私に楯突くなど、百年早いんだよ」
俺は手を振り払い、アルベルトを睨み付けた。
それしか出来なかった。
「宮廷術士様、騎士を迎え入れるのは貴女方の自由ですが、その騎士は選んだ方が身のためですよ?」
アルベルトのターゲットがカグラに向いたが、俺にはどうする事も出来ない。
「忠告感謝いたしますが、それはあなたには関係の無い事です」
カグラはアルベルトを睨み付けている。
暫く睨み合っていたが、アルベルトがふっと笑いを浮かべると、その場から立ち去った。
緊張から解放された俺とカグラは、壁にもたれ掛かり溜め息をついた。
「彼は、レイロフ様のお兄様なのですか?」
「正確には従兄だ。剣術の腕は無いものの、魔力だけで言えばこの国でも屈指だ。そして、この国屈指の女たらしとしても有名だから、カグラもあいつにだけは近付くなよ」
「わ、分かりました」
気を取り直して、俺は晩餐会を見物していた。
暫くしてカグラが、魔王様とお話をしたいと言ってきたので、見送る事にする。
少し話をして戻ってきたが、その表情はどこか暗い。
「何かあったか?」
「いいえ、何も……」
カグラはうつむいている。
言いたくなければ無理に聞くつもりはない。
まさかとは思うが、魔王様を怒らせたとか、そう言う理由じゃないだろうな。
「あの、レイロフ様?」
「なんだ?」
「レイロフ様は騎士ですから、遠征任務や遠征訓練などをされた事がありますよね?」
「まあ、一応な。今回の護衛は国境からだから、遠征ではなかったが」
「遠征をされた時、故郷を恋しく思った事は?」
「騎士団に入った頃こそ、そう思った事は少なからずあるが」
「そうですよね。やっぱり誰でも、故郷を恋しく思うことはありますよね」
俺の返答を聞いたカグラは、安心したかのような表情をしている。
質問の意図は、何となく察することは出来る。
「なるほど、ホームシックか」
「なっ!」
図星か。
「何を言っているのですか、そんな事ありません!」
カグラは顔を真っ赤にして抗議しているが、その言葉に説得力はない。
気持ちは分からんでもないが、予言の巫女がホームシックとはな。
必死に抗議をするカグラを軽くいなしていると。
「うるせー!お前は帰れ!」
誰かが怒鳴っている。
その声の主に、俺は驚いた。
それは、これまで一言も言葉を発しなかった魔王様だったのだ。
魔王様のお言葉を初めで聞いた俺は、感動を覚えていた。
御名付の儀でも御名を仰っていたが、とても小さい声だった為に聞こえなかった。
何に対して怒鳴っていたのか見てみると、魔王様の近くにはゼミラニスが居た。
ゼミラニスは、余計な事しかしない事で有名だ。
更に金の亡者ならぬ権力の亡者であるため、貴族間でも評判は悪い。
そのゼミラニスが何を言ったかは分からないが、どうやら魔王様の気に障る事でも言ってしまったらしい。
ゼミラニスは瞬く間に、大広間から出て行ってしまった。
まったく、いい気味だ。
それは恐らく、俺だけでなく周りの貴族も思っている事だろう。
ゼミラニスが出て行った後は、何事も無かったかのように晩餐会が続いた。
魔王様も何事も無かったかのように食事をしている。
先代の魔王様は、たとえ気に入らない事があったとしても、爵位を持った貴族に対して怒鳴るような事は無かった。
実権の無い上辺だけの貴族とは言え、実際に外交面で活躍しているのは爵位持ちの貴族だからだ。
だから爵位持ちの貴族は、この国において重要な存在と言える。
それなのに今代の魔王様は、そんな事など関係無いと言った態度だ。
とても新鮮な感じがする。
我ら魔族を正しきへと導いてくれる。
俺はそんな、何の根拠もない直感を抱いていた。
晩餐会も終わり、カグラは部屋へ戻ると言った。
宮廷術士は魔術塔とよばれる場所で、日夜新しい魔術を作り上げたりしている。
生活のほとんどを魔術塔で過ごす彼等だが、カグラは事情が違うため、慣れるまでは来賓用の部屋で寝泊まりするらしい。
専属騎士にされたお陰で、俺も魔術塔に立ち入る許可は出されているが、俺はエリートという輩が大の苦手だ。
その苦手意識の一端を担っているのは、間違いなくアルベルトだろうが。
だから、これは俺個人の意見だが、カグラには今後も城内で生活してほしい。
カグラのために苦手なエリート集団が居る魔術塔になど、行きたくないのだ。
さすがにその事をカグラに伝えることは出来ないが。
カグラを部屋まで送った俺は、足早に寄宿舎まで戻った。
やっと解放された安堵感を噛みしめるためだ。
戻った俺は着替えを済ませ、訓練部屋へ向かった。
鞘に納めたままの大剣の先に、重石を付けて振る。
俺が日課にしている稽古だ。
これをやらないと落ち着かず、眠れないからだ。
カグラの護衛だけのはずが専属騎士にされたり、魔王様が見付かったり、魔王様が怒りを露わにされたりと、今日は色々な事が起こりすぎた。
面倒な事は考えないよう、一心不乱に打ち込む。
雑念は剣を鈍らせるからだ。
これからどうなっていくのか。
そんな事、俺が考える必要もない。
俺はただ、強くなりたいだけなのだ。
この国最強の騎士、ベルンハルト騎士団長のように。