魔王の晩餐
魔王城の大広間には無数のテーブルが配置され、その上には豪華な料理が所狭しと並べられていた。
うんうん、どれも美味しそうだ。
さっそく料理に手をつけようとしたけど、アナスタシアに止められた。
ああ、あれか。
これもまた挨拶待ちか。
美味しそうな料理達が、早く私に食べてほしいと言っているのに!
「それではこれより、魔王様の御名付の儀が、無事終わりました事を祝しまして、晩餐会を催したいと思います。ただし、くれぐれも魔王様にご迷惑が掛からないようお願いいたします」
私を口説かなければ何だって良いからさ、早く食べようよ。
「……それでは、魔王様もお待ちかねのご様子ですし、これより晩餐会を開催致します」
よし食べよう。
お待たせ、美味しそうな料理達。
私がみんな食べてあげるからね。
「魔王様、失礼します」
誰だ、私の神聖なお食事タイムを邪魔する不届き者は!
「先ほど挨拶をさせて頂いた、アルベルトです」
なんだ、イケメン君か。
悪いけど、キミに関わってる暇はないよ。
私には、目の前のご馳走を食べるという、重大な使命があるんだから。
「今代の魔王様は大変麗しいお方で、力強さも兼ね備えておいででした。なので、魔王様と個人的にお近付きになれればと思いましたが、少しお時間を頂けませんか?」
は?
なにこいつ、私を口説こうとしてんの?
悪いけどキミは、私の好みじゃないんだよね。
どうせアナスタシア辺りが止めに入るだろうし、無視してやろう。
「アルベルト卿、何をしているのですか?」
ナイスタイミングだアナスタシア。
神聖な食事の邪魔をするこいつを、何とかしてくれないかな?
「私はただ、魔王様とお話をしたかっただけです」
嘘つけ、私を口説こうとしたくせに。
「アルベルト卿。私は、魔王様にご迷惑が掛からないようにと言ったはずですよ?」
「それは勿論。しかし魔王様は、迷惑だと仰っていないと思いますが?」
アナスタシアがこっちを見たので、首を横に振って迷惑だったアピールをする。
それを見たアナスタシアは、イケメン君を睨み付けた。
しかし、イケメン君は圧倒された様子もなく、表情ひとつ変えていない。
うーん、このイケメンも難ありか。
「おやおや、ご迷惑でしたか。それは残念だ。ここは大人しく、退散しておきましょう」
イケメン君は軽く一礼すると、別のテーブルへ行き別の貴族と話し始めた。
まったく、私を口説くなんて百年早いのよ。
もっと大人の風格を漂わせてから来なさい。
前世では口説かれたことなんてなかったから、何気に感動しちゃったけどさ。
でも、それはそれ。
今の私は色気より食い気なの。
「魔王様、アルベルト卿は我が国きってのプレイボーイだとの噂もあります。彼と会話をする時は注意していただくか、私共をお呼びください」
うわ、最低だね。
「そう、最低なのですよ」
……ん?
「はい?」
私が何を思ってるのか分かるの?
「分かりません。魔王様にはコミュ障のスキルがありますし、私にはカグラのように念話のスキルもありませんので。しかし、魔王様が何を伝えたいのかは、その表情を伺えば、ある程度は分かるのです」
でも、こんなピンポイントで何を思ってるのか、分かるものなの?
「そこまで正確には分かりませんが、おおよそであれば理解する事は可能です。それでもまだ、理解に苦しむ事もありますが」
アナスタシアって凄いんだね。
「それほどでもありませんよ。では、後ほど」
アナスタシアは一礼すると、ベルンハルトお兄様のところへ行った。
その後もチラチラと私の方を見て、何事もないかと確認してる。
アナスタシアのような部下をもって、私は幸せだよ。
さて、お待たせ料理達。
あなた達はどんな味がするのか楽しみだよ。
では改めて、いただきます。
「魔王様、少しよろしいでしょうか?」
一度ならず二度までも。
私の食事を邪魔する不届き者は誰だ!
「な、何か気に障ることでも?」
私が睨み付けてしまったのはカグラだった。
オロオロとうろたえる姿は、何とも愛らしいね。
私は笑顔を作って、カグラに対して怒っているわけではないとアピールする。
「ああ、良かった。お怒りになられているわけではないのですね?」
私の表情を見て安心したカグラは、会話を念話に切り替えた。
《もしもし、聞こえますか?》
よく聞こえるよ。
《それは良かった》
で、話ってなに?
《大した事ではないのですが、後でお部屋に伺っても宜しいでしょうか?》
うーん、今日はさすがに疲れたから、日を改めてもらっても良いかな?
《そう……ですよね、分かりました。申し訳ありません》
カグラは一礼すると、専属騎士のところへ戻った。
その姿は少し寂しそうだ。
悪いことしたかな?
ちょっと気になるけど、まあいいや。
さあ、お待たせ料理達。
本当に待たせちゃったよね。
どの子から手をつけてあげようかな?
私はナイフとフォークを手に取り、料理を食べようとした。
そう、食べようとした。
二度あることは三度なくても良いじゃないか。
「魔王様、少しお話がございます」
ゲスい笑みを浮かべた胡麻擂り野郎が、やはり胡麻擂りをしながら私を見てる。
こいつ、なんて名前だったかな?
「ハウラ・ゲニュート・ゼミラニスにございます。ゼミラニス、もしくはゼミゼミとでもお呼びください」
ゲスい笑み浮かべやがって。
誰がゼミゼミなんて呼ぶか胡麻擂り野郎。
「実はですね、魔王様が挑まれたあのエルステルン山脈は、私の治めるデルセルス領にあるのですよ」
知らん知らん。
私はフォークを料理に刺そうとしたが、胡麻擂り野郎は料理を遠ざけやがった。
こいつ、喧嘩売ってんのか?
「……私の言いたい事が、お分かりになられますよね?」
何のことだかわからないね。
最初こそ感動した胡麻擂りだけど、こう何度も見せ付けられると苛ついてくる。
私が手を付けようとしてる料理も、ことごとく遠ざけやがる。
「入山料はいただきません。魔王様からお金をいただくわけにはいきません。その代わり、私ゼミラニスをどうぞご贔屓に」
いつの間にか、私の手の届く範囲から料理が全て遠ざかってしまい、白いテーブルクロスが露わになっている。
さすがの私も我慢の限界ってもんだ。
「お返事が無いということは、肯定されたと受け取って宜しいですね?」
「うるせー!お前は帰れ!」
ついカッとなって怒鳴ってしまった。
大広間が、しんと静まり返る。
周りの貴族達は驚いているか、胡麻擂り野郎に軽蔑の眼差しを向けている。 アナスタシアやカグラも驚いてるけど、それは私が、こんなに大きな声を出したことに対してだろう。
だって、御名付の儀以外では、一言も喋らなかったからね。
と言うか、この最悪な空気をどうしてくれる。
全部お前のせいだぞ?
「た……」
た?
「大変失礼いたしましたー!」
胡麻擂り野郎は一目散に、大広間から逃げ出していった。
ふん、いい気味だ。
胡麻擂り野郎が出て行って、他の貴族は何事もなかったかのように、あるいは胡麻擂り野郎の失態をあざ笑いながら、晩餐会を楽しんでいた。
これでやっと、私も食事を楽しめるってもんよ。
私は遠ざけられた料理達を引き寄せた。
これで邪魔者はいない。
さあ料理達よ、私を存分に楽しませなさい。
私は料理の前で合掌し、ナイフとフォークを手にとって料理を口に運んだ。
嗚呼、至福のひとときよ。
もう、美味しい以外の言葉が見付からない。
それほどまでに、魔王城の料理は美味しいのだ。
肉は何々とか、サラダは何々とか、スープは何々とか、ソースは何々とか、そんなものはどうだって良い。
ただただ美味しい料理に、私は感動のあまり涙を流していた。
私は一口ずつ味わいながら、転生してから初の料理を心行くまで堪能していた。