145 持たざる者
アナスタシアとアナスタシオスの戦いは、激しさを増していた。
アナスタシアは、スキルをひとつも持っていない。
対するアナスタシオスは、強化系のスキルはほとんど持っている。
差は歴然のはずだった。
しかし、アナスタシアは食い下がるどころか、アナスタシオスと互角以上の戦いを繰り広げていた。
その理由は、私だけが知っている。
アナスタシアにはスキルが無い。
今までスキルを獲得しなかった。 ……と言うよりは、スキルを獲得することができなかったアナスタシアだが、それはアナスタシアが双子であることに起因する。
本来スキルポイントとは、その者の生まれ持った総合的な強さにより、獲得量が変動する。
生まれながらに強ければ、スキルポイントは多く貰えるし、生まれながらに弱ければ、スキルポイントは少なくなる。
つまり、エリートになるほどスキルポイントが多く手に入る仕組みだ。
だからスキルポイントが少なく、有用なスキルを獲得できない者は落ちこぼれと呼ばれ蔑まれてしまうと言う風習があった。
しかし、アナスタシアの家系は、代々魔王に仕えてきた超エリートだ。
その末裔であるアナスタシアだが、彼女のスキルポイントは0だ。
恐らく、生まれてから一度もスキルポイントを獲得したことがなかったのだろう。
それもそうだ。
何故なら、本来アナスタシアが得るはずのスキルポイントは全て、アナスタシオスに流れていたのだから。
双子とは、二つの肉体に一つの魂が宿った状態を言う。
つまり、アナスタシア兄妹が得られるスキルポイントは、本来得るスキルポイントの半分プラス双子の修正分となる。
しかし、アナスタシアはスキルポイントを得られず、その上乗せされた修正分を含めたスキルポイントを、アナスタシオスが獲得していた。
恐らく、双子として生まれた魂のベースは、アナスタシオスなのだろう。
もちろん、当人達にそのつもりはなく、無意識だったのだろうけど、結果アナスタシオスは誰よりも多くのスキルを得るためのスキルポイントを獲得していった。
……話を戻そう。
アナスタシアがアナスタシオスと互角以上に戦える理由。
先程の説明から分かる通り、アナスタシアはこれまで、スキルを得ることができなかった。
スキル嫌いもあり、スキルを得ようともしなかった。
だからこそ、アナスタシアは知らなかった。
ある、隠しスキルの存在を。
〔持たざる者:隠されたスキル。このスキルは他のスキルを獲得しなかった場合、自動的に獲得される。全てのステータスが100%上昇し、その上昇値はステータスに表示されない。このスキル以外のスキルを獲得した瞬間、このスキルは消滅する〕
これを、アナスタシアは獲得している。
もちろん、本人は知らないし、鑑定や洞観、看破を使っても見破ることはできなかった。
ライブラリにのみ表示されていた、本当に隠しスキルだったのだ。
スキルを嫌うあまり、最強クラスのスキルを獲得しちゃったのは皮肉な話だけどね。
「お兄様、もう止めてください! このままではお兄様が!」
気づけば、アナスタシオスの体はボロボロだった。
確かに、アナスタシアはお兄さんを上回るだけのステータスを持っている。
それでも、武の天才とまで呼ばれていたアナスタシオスを追い詰めているのは、やはりアナスタシアの成長であり才能でもあるのだろう。
「私は……この世界を変える……。人も魔も隔たり無く……皆が笑って過ごせる世界を作るのだ! その為ならば……たとえ禁忌を犯そうとも!」
アナスタシアは、お兄さんの頬を力強く殴った。
「皆が笑って過ごせる世界? 貴方達が復活させた者は、その全てを奪うのです! そんなものに頼ったら、それこそ全てを失います!」
「……ならば、ナーシャよ。……最愛の妹よ。私を……この愚かな兄を止めてくれ」
止めてくれ。 それは紛れもなく、アナスタシオスの本心なのだろう。
この世界の理を知っているからこそ……。
「……分かりました、お兄様」
アナスタシアは走り出した。
そしてエストックを構えると、アナスタシオスの胸を貫いた。
「ナーシャ……ありがとう」
「お兄様……」
アナスタシアはエストックを抜き、崩れ落ちるアナスタシオスの体を抱き抱えた。
目には涙を浮かべている。
「これで……私の役割は終わりだ。……さあ、この鍵を使い、先へ進め。それが、お前達の役割なのだから」
「お兄様……。カグラ、この者の治療を!」
「……その必要はない。ここで私が死ぬことで、私は私の役割を全うできるのだからな」
「そんな!」
「ナーシャ……私は、あまりにも多くの罪を背負ってしまった。……この世界の理を、理解してしまった。だから私は……この罪を償わなければならない」
……悪いけど、私はアナスタシオスを、ここで終わりにするつもりはない。
たとえそれを、アナスタシオスが望んでいなくともだ。
私はアナスタシオスに回復の魔法をかけた。
「魔王よ……何故……」
「私は元々、あんたを死なせるつもりはない」
「しかし……」
「罪の意識があるのなら、その罪を償おうと言うのなら、生きて罪を償いなさい。あんたが罪を償い終えるまで、神にも地獄の女神にも、手出しはさせないから」
アナスタシオスはしばらく考えた。
そして。
「……そうか。お前は……今代の魔王は知っているのだな。最悪の結末を回避する方法を……。ならば聞け。この星の理を」