144 レイロフVSセルバンテス
セルバンテスは、レイロフの言葉に対し笑っていた。
力の無かった自分が最強とは、笑わせてくれると。
大切なものも守れずして、何が最強かと。
それでも、レイロフの眼差しは真剣だった。
ただただ、最強と謳われた男を超えたい。 それだけなのだろう。
「どこまでも愚直で、眩いほどに純粋で、それでいて揺るがぬ意志を持つか……。まるでどこかの弟弟子のようだ」
ロムルスや山賊の頭にどの様な思惑があろうと、モンスターと化したセルバンテスには関係のないことだった。
しかし、レイロフの放った一撃は、人を魔物化させる魔素を打ち消す効果がある。
レイロフがその事を知っていたのかは分からないが、少なくとも今のセルバンテスは、モンスターセルバンテスではなく剣士セルバンテスだ。
セルバンテスはその事に、心の中で感謝していた。
これは、セルバンテスの剣士生命の中で最後の戦いとなるだろう。
その戦いを、モンスターとしてではなく、剣士として挑めるのだから。
「小僧、名を聞いておこう」
「……レイロフ。レイロフ・カラクトスだ」
「レイロフよ、我はお前の意志に応えよう」
セルバンテスは剣を構えた。
それは紛れもなく、かつてのセルバンテスそのものであった。
レイロフはそれを窺い知ることはないが、それでもセルバンテスが本気であることは感じ取っていた。
レイロフも剣を構える。
ベルンハルトから教わったことではなく、自分自身の全てをぶつける覚悟だ。
それが、剣士としての礼儀だから。
二人は走り出した。
勝負は一瞬。
その一瞬に、自身の持てる全ての力を注ぎ込む。
「炎熱閃剣、紅蓮!」
「奥義、ブラックアウト!」
血飛沫を上げ、倒れたのはレイロフだった。
全力をぶつけたのだから、悔いはない。
レイロフはそう思っていた。
しかし。
「ベルンハルトよ。お前は、良い弟子を得たようだな」
セルバンテスの持っていた剣は砕け、胸の傷から血飛沫を上げた。
「レイロフよ。お前のような弟子が居れば、我は道を誤らなかったのかもしれぬな。……この勝負、お前の勝ちだ……」
セルバンテスはその場に倒れ伏した。
全力を尽くした両雄。
その表情は清々しく、そして穏やかであった。
どれだけ倒れていたのであろうか。
体を包み込む優しい温もりに、セルバンテスは目を覚ました。
見るとユキメが、セルバンテスに対して必死に回復魔法をかけていた。
「……小娘、どういうつもりだ?」
「喋らないでください、傷口が開きます」
「……我が剣は、レイロフの意志により砕かれた。最早我に、悔いなどない」
「……だから何だと言うのですか。私には、貴方の過去も、男同士の戦いの何たるかも分かりません。ですがそれは、簡単に命を捨てて良い理由にはならないはずです」
「………」
「それに、たとえ敗北しようと、たとえ剣を砕かれようと、貴方には貴方のやるべき事があるはずです」
「我の……やるべき事……」
自身のやるべき事。
その事を考えることを、セルバンテスはいつしか忘れていた。
ただ、力を振るう日々だった。
薄れゆく意識、その微睡みの中、セルバンテスは自身のやるべき事を考えていた。
レイロフが目を覚ますと、そこには安堵の表情を浮かべるユキメの姿があった。
傷が癒えていることから、ユキメが回復してくれたのだと気付く。
体を起こし、セルバンテスの方を見る。
どうやら、セルバンテスは気を失っているようだ。
正直、どちらが勝ったのかは分からなかった。
ただ無我夢中で、全力を出し切った。 それだけははっきりと分かる。
そしてそれは、セルバンテスも同じだったと。
「……行こう、ユキメ。魔王様のもとへ」
「しかし」
「セルバンテスなら、もう大丈夫だろう。……根拠はないが、俺が保証する。それに、まだ戦いは終わっていない。俺達は少しでも、魔王様の力にならなければ」
「……分かりました」
ユキメとレイロフはセルバンテスをその場に残し、魔王のあとを追った。