魔王様の御名
玉座の間は厳粛な雰囲気に包まれている。
いまの私の名前はサキ(仮)だ。
その(仮)が取れるのはありがたいけど、もしかしたらこの御名付の儀で、まったく別の名前が付いてしまうかもしれない。
サキと言う名前だけは、何とか残してもらえないかな?
「それではこれより、魔王様の御名付の儀を執り行います」
アナスタシアの宣言後、玉座の間の大扉が開き、全身白一色の司祭と思われる人達が入ってきた。
……あれ?
司祭ってことは、神様に仕える人達だよね?
魔族なのに神様に仕える?
うーん、魔族って言っても見た目は普通の人と変わらないし、もしかしたらこの世界では、魔族と人族の境界は曖昧なのかもしれない。
「御名付の儀の前に申し訳ありません。司祭様にひとつ、お伝えしたい事がございます」
カグラが司祭達の方へ行って、何か耳打ちしてる。
なんだろう、何を伝えてるんだ?
しばらくして戻ったカグラが、視線で何かを伝えてきてる。
いや、アイコンタクトなんて高度な技術できないよ?
私が首を傾げると、カグラは何かを言おうとして諦めた。
本当に何だったんだ?
言いたいことがあるなら念話を使えばいいのに。
「魔王スキルの所持者よ、此処へ」
先ほど従者達が用意していた祭壇の前に、司祭達が居る。
そこへ行けってことだよね。
とりあえず、言われた通りにしておけば何とかなるはず。
だって、御名付の儀について何の説明も受けてないから、言われた通りに動けば間違いないってことなんだろう。
「伝説のスキル、その身に宿りし者よ。汝、魔王の御名を授かり、魔族を導く事を誓うか?魔王としての責務を全うする事を誓うか?誓うならば沈黙を以て答えよ」
これは黙ってれば良いんだよね?
沈黙をもって答えろって、そういうことだよね?
「宜しい。では、神の前に跪き、神の言葉を受け、神より御名を授かりなさい」
言われた通りひざまずいて、神様名前をくださいと念じてみる。
〔……より、魔王:サキ(仮)の正式名を登録されました〕
〔○○・アルシウス・ネルレザード〕
〔○○には任意の名称を登録出来ます〕
おお、神様ありがとう!
もちろん、○○に入れる名前は決まってる。
〔サキ・アルシウス・ネルレザードを、魔王の正式名として登録しました〕
おお、なんか格好良い。
「それでは、神より授かりし御名を、この場で宣言しなさい」
え?
言わないと駄目?
無理だって、コミュ障舐めるなよ?
でもこれ、言わないと終わらないのかな?
うぅ〜、仕方がない。
これは独り言、これは独り言、これは独り言。
「……サキ・アルシウス・ネルレザード」
うわ、無理、もう無理、これ以上喋れないからね。
でも、心配は無用だったようだ。
司祭のひとりが持ってる上等そうな紙に、私が言った名前が浮かび上がったのだ。
その紙を、儀式を執り行ってる司祭に渡す。
「ほう、御名を三つも授かるとは。初代の魔王様以来ですな。では、この三つの御名より、汝の名乗りたい名を選びなさい」
へー、名乗る名前も決められるんだ。
だったらサキ一択でしょ。
私はサキの部分を指差した。
「宜しい。新たな魔王、サキの誕生である」
周りから歓声が上がる。
いや、恥ずかしいんだけど。
やめてほしいんすけど。
「静粛に。魔王よ、これにて御名付の儀は、無事終了した事となる。ご苦労であった」
深々と頭を下げる司祭達に、私もつられて頭を下げる。
玉座の間から出て行った司祭達の表情は、どこか安心した様子を伺わせていた。
何だかこちらも笑顔になる。
とても、穏やかな気持ちだ。
神様に仕えるだけあって、その雰囲気は優しいと言うか柔らかいと言うか。
少なくとも悪い気はしないね。
従者達が後片付けをしているなか、アナスタシアが私の所に来た。
「御名付の儀、お疲れ様でした」
本当に疲れたよ。
やっとの思いでダンジョンを抜けたと思ったら、魔族の皆さんに出会すでしょ?
あれよあれよと言う間に貴族達の御挨拶でしょ?
で、休憩無しで御名付の儀って儀式までしたんだから、本当に疲れた。
後半はほとんど座りっぱなしだったから、体がバッキバキに凝り固まってる。
とりあえず、部屋に案内してほしい。
あ、その前にごはん食べたい。
お城の料理だから、間違いなく美味しいよね。
……って思ったらお腹が鳴っちゃったから勘弁してほしい。
「空腹でしたか。気付く事が出来ず申し訳ありません。丁度よい機会ですし、このまま晩餐会を催しましょう」
よし、そうしよう。
この時の私は、前世も含めて一番の勢いでうなずいていたと思う。
そしてそれを見たアナスタシアは、まるで無邪気な子供を見るような、母性溢れる穏やかな表情だった。