追憶 7
あれ以来、私とゼオの距離はかなり近くなっていた。
恋仲、と言う程ではないにしても、それに近いほど、私達は互いを信頼していた。
私は、二人の時間がいつまでも続けば良いのにと、本気で思っていた。
とは言え、いつまでもうつつを抜かしていられない。
人族最後の防衛線。 ここの戦いが熾烈を極めていた。
最後の悪足掻き……と言えば聞こえは悪いが、もう形振り構ってはいられないだろう。
何せ、ここを攻め落とされたら、人族に残された道は滅亡しか無いのだから。
そこまでする必要はないと、魔族の者達は言うだろう。
しかしこれは、魔王として成さねばならない役割であり、私の望む世界の結末を迎える為には不可欠だ。
この世界の未来には、最悪の結末しか存在しない。
どの様な行動を起こしたところで、世界の修正力が上回ってしまうのだ。
ならば、私は魔王として、魔王の成すべき方法を用いて、人族を最悪の結末へと導くしかないのだ。
それこそが、魔王の役割だから。
人族は想像以上の抵抗を見せている。
追い詰められた人、失うものの無い人ほど、何をしでかすか分かったものではない。
それは、元々人だった私だから理解している事だ。
……いや、私は彼らを、全く理解していなかったのかもしれない。
或いは、凶行に及ばず降伏する事を、心のどこかで願っていたのかもしれない。
本当に、私らしくない甘さだった。
彼ら人族は秘密裏に、私に対抗出来る者を作り出していた。
魔王の対となる存在。 その名を勇者。
勇者にもまた、私と同様人族と魔族の血が流れている。
そして勇者の強さは、私に匹敵していた。
これにより、戦況は動き出した。
モンスター共を投入しているにも関わらず、魔族の軍勢は押され始めている。
「しかし、これでは面白くない。歴史は常に美化されるもの。この様な反撃は、あまりにも不恰好。未来へ伝える物語に相応しくない。そうは思いませぬかな、魔王様?」
「予言者か。お前はこの事も予言していたな」
「いかにも。ですが、実際に目の当たりにすると……こうも面白味に欠けるとは。これは少し、修正をせねばなりませぬな」
予言者は世界の理に干渉する力を持っている。
だから彼は予言者なのだ。
そうして予言し、実際に起こった事象を、ノーネームと呼ばれる書物に纏めている。
言わばノーネームは、この星の歴史書なのだ。
そして予言者は、世界の修正力が働かない領域で、歴史を書き換える能力も有している。
その能力により、私の運命を変えてくれると言っているのだが、信用して良いのか怪しいところではある。
しかし、魔王の運命を書き換えられるのなら、私はどの様な犠牲も厭わない。
翌日、人族を押し返す為、私が指揮を執ることになった。
勇者は……どうやら居ないようだ。
「皆の者! 我等の勝利は揺るがない! 一気に攻め込むのだ!」
雄叫びと共に、魔族は進軍を再開した。
「我等の意地を、魔族共に見せ付けるのだ! 行くぞ!」
人族も進軍を開始し、両軍が激突する。
流石に戦力を投入しているだけあって、中々手強い。
両軍入り乱れる混戦となり、どこから攻撃が来るかも分からない状況だ。
「魔王様、ご無事で何よりです!」
「ゼオ、お前も無事のようだな」
「はい! かなり混戦になっていますが、俺は戦い抜きます!」
「そうだな。幸い、勇者も居ない。攻めるなら今の内だ。ゼオ、私に続け!」
「……つまらぬ」
啖呵を切った瞬間だった。
私は背後に、強大な魔力を感じ取った。
いや、それは魔力より純粋な、魔素の塊。
私はその方向へ振り向いた。
……一瞬の閃光の後、私とゼオの体を、凝縮された魔素が貫いた。
私の、左肩から先が無くなっていた。
出血と共に、熱を帯びた激しい痛みが襲い掛かる。
……いや、私は良い。
この程度の傷、不老不死の体なら直ぐに再生する。
問題は……ゼオだ。
ゼオの胸には大きな穴が空き、今まさに倒れようとしていた。
私はゼオの元へ駆け寄り、右腕でゼオの体を抱える。
「ま、魔王……様……」
「待っていろ! 今すぐ治してやる!」
「俺は……もう駄目です……。頭の中に……地獄の女神の声が……響いて……」
「喋るな! お前を、死なせるものか!」
私はゼオの傷口に魔力を流し込み、治療を開始した。
「……死への恐怖が……無いからかな……。この死を……受け入れようとしている俺が居ます……」
「駄目だ! 死ぬなゼオ!」
「……ああ、俺の中にまだ……恐怖が残っていたようです……。セラメリア……貴女と別れると言う、この上ない恐怖が……」
「ゼオ……お前、私の名を……」
「セラメリア……俺も、貴女の事が好きになっていました……」
……違う。
私の名は……。
お前に呼んでほしい名は……。
……私の名は!
「セラメリア……俺は、貴女を……愛して……いま……す……」
「違う! 今まで隠してきたが、私の本当の名は!」
私の本当の名は、サ───
《シェイムラピアルデータ取得率、100%。コードGODよりアクセス。怒り以外の感情プログラムを削除。制御解除。自我崩壊のレッドライン》
私は叫んだ。
まるで、狂った獣のように。
その咆哮は大地を揺らし、人族と魔族に恐怖を与えた。
私の中に、煮え滾るマグマのような怒りが沸いてくる。
こうなる事は分かっていた筈だ!
愛する事がどの様な事なのか、理解していた筈だ!
失う悲しみも苦しみも、理解していた筈だ!
それなのに私は!
……もう良い。
全員殺す。
人も魔も関係ない。
皆殺しにしてやる。
そして、この星を破滅へと導き、神に対して唾を吐いてやる。
……いいや、私は神を殺そう。
私を散々玩んできたあいつに、私の怒りを思い知らせてやろう。
その前に……。
「さあ塵芥共、私の怒りを知るが良い。恐怖をその身に刻むが良い。……私は恐怖の権化」
魔王セラメリアである。
《さあ魔王よ、全てを破壊しなさい。それが、神の思し召しなのだから》