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追憶 5

 予言者は、私を運命から解き放つと言っていた。

 神に縛られた運命ではなく、自らの意思で決める運命。

 それは、もしかしたら幻想だったのかもしれない。

 しかし、私は魔王である自分自身に辟易していた。

 知識を得てしまったから、尚の事だ。

 だから、予言者の言葉は魅力的だった。

 私は、予言者への協力を惜しまなかった。



 予言者の協力もあり、人族への進行は私の当初の予想を遥かに上回る速度で達成されていった。

 そして遂に、魔族は人族との境界線上に聳え立つ砦へと到達した。

 ここは要だ。

 ここを攻め落とせば、後は人族の最大拠点を残すのみとなる。


 しかし、それは呆気なく終わってしまった。

 それほどまでに、魔族の軍勢は強くなっていた。

 それだけではなく、モンスターの使役も大きな要因だろう。

 私は予言者に、モンスターを使役する術を学んでいた。

 私の生成するモンスターは、私の命令を聞いてくれるわけではない。

 所詮はモンスターなのだ。

 私を襲わない以外は、基本的にモンスターは本能に任せて行動している。

 しかし、制御装置を取り付ければ、モンスターは私の意思に従うようになる。

 モンスターを使役する事に反対する者も居たが、実際に成果を上げていることも事実だ。

 私の意思に従うのだから、裏切ることもない。



 砦を制圧し、人族との決戦も間近となったある日の夜。

 私が、ゼオを初めて認識したのは、その時だった。

 重要拠点制圧記念と称して、魔族共は勝手にパーティーを開き勝手に騒いでいた。

 そんな事を許可したつもりも無かったのだが、鋭気を養うには丁度良い機会だったのかもしれない。

 私はそのパーティーを、遠目に眺めていた。

 この後の事を考えると、騒ぐ気になれなかった。


 人族と魔族の争いは佳境を迎える。

 どちらかが生き残るまで、この戦争(ゲーム)は終わらない。

 私は、終わらせたい。

 この世界を終わらせたい。

 それが、私達の願いだから。


 ……パーティーが盛り上がってきたようだ。

 今なら、抜け出したところで悟られる事は無いだろう。

 飲みかけのワインを置き、自室へ戻ろうとした時だった。

 会場の中央で皆に注目するよう呼び掛ける男性。

 それがゼオだった。

 皆が静まったところで、ゼオはひとつ咳払いをした。



「俺はこれから、魔王様の為に。そして、魔族の勝利の為に、この場で舞を披露したいと思う。是非、最後まで見ていてほしい」



 そう言うとゼオは、とても優雅な舞を舞った。

 ゼオは魔族でありながら、体内で魔素を練り上げる事が得意ではなかった。

 その代わり、武術の腕前は目を見張るものがあり、特に得意としている舞闘は、まるで舞う様に敵を倒していった。

 その美しさは圧巻の一言。

 その舞を間近で見た私は……彼の舞ではなく彼自信に魅了されていた。

 彼に、いつの間にか好意を抱いていた。


 しかし、私はこの世界の住人に、好意を抱いてはいけない。

 誰も、愛してはいけない。

 誰からも、愛されてはいけない。


 ……胸が、苦しい。

 心が……苦しい……。

 私の得た知識は、そして心は、どうして私の邪魔をする。

 どうして私を苦しめる。

 私は、私の心や知識、感情が、私自身の行動を阻害する事が許せない。

 何故、その様なものに邪魔をされなければならない。


 居ても立ってもいられなくなった私は、気付けば居城の廊下を足早に歩いていた。

 あの場所から逃げるように、彼から逃げるように……。



「お待ちください魔王様!」



 私を呼び止めたのはゼオだった。

 しかし、私は振り向かない。

 ……振り向けない。



「魔王様。俺、魔王様の気に障る事をしてしまったのでしょうか? もしそうだとしたら、謝ります」



 そうではない。

 ……そんな事はない。

 本当に美しい舞だった。

 だからこそ、最後まで見る事が出来なかった。

 だって、最後まで見てしまったら、私はこの気持ちを抑えられなくなるから。



「お前が謝る必要はない。お前の舞は素晴らしかった。文句のつけようもない」

「だったら何故」



 そんな事、言えるはずがない。

 言ってしまえば、私は……。

 ……私は、何を考えているのだろうか。

 私は、魔王だ。

 魔王は常に、非情でなければならないのに。



「俺、魔王様に憧れて、部隊に入隊したんです。絶望しかなかった魔族に、魔王様は希望を与えてくれた。だから俺は、魔王様に尽くすと誓ったんです」



 私は胸ぐらを掴み、その体を壁に押し付けた。



「私は魔王だ! 私は、恐怖の権化なのだ! 私に対して、希望を抱くな!」

「……俺は幼少の頃、人族の兵士に凌辱されました。魔族の兵士に救出されましたが、俺はその時、一生分の恐怖を吐き出しました。なので俺は、魔王様に対して恐怖を抱きません」

「……そうか。ならば、死への恐怖も無いと言う事だな」

「恐怖そのものがありませんから」

「ならば死ね! 今すぐ死ね! 喉を裂いて血に染まれ! 腹を裂いて臓物を晒せ! 私の前から今すぐ消えろ! 私の心を……これ以上弄ぶな!」

「……それが、魔王様の望みなら」



 ゼオは腰に携えた剣を抜き、躊躇う事無くその身に突き立てた。

 崩れ落ちるゼオの体を抱える。



「この愚か者! 何を考えている!」

「これが魔王様の望みであるのなら、私は本望です」

「違う! 私は……お前の事を好いているのだ!」

「俺を……?」



 遂に口にしてしまった本心。

 それをきっかけに、今まで押さえ込んできた心が溢れ出す。



「私は、あの舞を披露したお前に惚れた。本当に美しいと、生まれて初めてそう思ったのだ。しかし、私は魔王。誰かに好意を寄せるなど、あってはならないのだ。それなのに……お前は私の心に易々と入り込んできた……。これは……重罪だ……」

「ならば……俺が死ぬ事で……その大罪を償えますね……」

「違う! 私は、お前を死なせたくない! お前を失いたくない! お前の魂を地獄の女神に渡すものか!」



 その後の事は、良く覚えていない。

 彼の蘇生に大量の魔力を費やしたせいか、私は気を失っていたようだ。

 ゼオは一命を取り留めたようだが、大事をとって医務室で休養しているらしい。

 ……あんな事を口にして、どの様な顔をして会えば良いのか。




《シェイムラピアルデータ取得率、90%……》

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