追憶 1
広大な洞窟の奥深く。
そこを、全身傷だらけの女が走っていた。
女のあとを、甲冑を身に纏った騎士が追う。
まだ、勇者も魔王も生まれていない時代。
人族と魔族の争いは、熾烈を極めていた。
女は魔族、追っ手の騎士は人族だ。
魔族を根絶やしにする。
そんな、誰が出したかも定かではない命令を、騎士達は忠実に守ろうとしている。
洞窟の奥には魔族が信仰する女神像が安置されている。
この女は女神と言う、彼女が信じる絶対的な存在に、助けを求めようとしていた。
当然、女神など存在しない。
神とは女神とは、自分達の都合の良いように作り出された、虚像に過ぎないのだから。
泉を前に、女は力尽き倒れた。
騎士達が、女にゆっくりと近づいていく。
女は騎士達に対して、命乞いを始めた。
「私のことはどうなろうと構いません……。ですが……ですが、中の子だけはどうか……」
女は身籠っていた。
それは、人族との間の子だった。
中の子を助ける。 それはこの女を助ける事に等しい。
しかし、騎士達に慈悲はない。
魔族の滅亡。 それこそが、騎士達の絶対的な信仰だからだ。
「お願いします! この子だけは!」
騎士達は女の心臓に、槍を突き立てた。
溢れ出した鮮血は、泉へと流れ込んだ。
泉は、女の血に染まっていく。
役目を果たした騎士達は、洞窟から立ち去った。
母親である女が死んだ今、中の子が助かる道理などない。
そう、嘲笑いながら。
そこは、洞窟の中だった。
目の前には泉。
その中央には女神像が佇んでおり、血の涙を流していた。
足元には、私の母親だったものが横たわっている。
……既に息はない。
私は、泉を覗き込んだ。
泉の水は透き通り、私の顔を映し出している。
何故……。 私は、死ぬ運命だったはず。
何故、私は生きている?
それに、この姿は何だ?
私は、母親だったものの中に居た。
まだ、人と呼ぶにはあまりにも未熟な体だったはず。
泉に映し出された私の姿は、十代後半から二十代といったところだろうか?
……何故? その疑問が尽きることはなかった。
異変を察知したのか、先程の騎士達が戻ってきた。
何かを話しているが、生まれたばかりの私に、彼等の言葉を理解することは出来なかった。
ただ、この騎士達は、私を殺そうとしている。
それだけは理解できた。
一人の騎士が、私に近づく。
私に近づくと言う行為が気に食わなかった。
手始めに私は、その騎士の頭を掴み、力任せに回転させた。
手に、首の骨が折れる感触が伝わってくる。
騎士達は突然の事に驚愕しているが、知った事ではない。
私はそのまま、騎士の首を捻り切って見せた。
騎士達は何かを叫んでいるが、耳障りな事この上ない。
私は騎士のもとまで走った。
私の速さに、どうやら目が追い付いていないようだ。
私は、騎士の体を鎧ごと貫き、心臓を引きずり出した。
それを、目の前で握り潰す。
それだけで死んでしまうとは、人とはなんと脆い生物だろうか。
私の力を目の当たりにした騎士が、逃げ出そうとしている。
逃がす筈がない。
私からは、逃げられない。
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