魔王様のコミュニケーションスキル
転送した先は、またもや小さな部屋だった。
しかしここは、今までの転送部屋とは違う。
目の前には出入り口があり、その先はダンジョンの通路だ。
そして、後ろからは光が射し込んでいる。
優しい、白い光。
振り返るともうひとつ出入り口があり、その先は真っ白だ。
暗視のスキル発動しているせいで、明るい場所は光で埋め尽くされて視認できない。
暗視のスキルをオフにしよう。
目の前には、ダンジョンの外の光景が広がっている。
そう、私はようやく、このダンジョンから脱出することができるのだ。
私は小部屋から飛び出した。
私はすぐに小部屋に引き返した。
ちょっと待て、これはどういう状況だ?
ダンジョンの外には、何十人もの人が待ち構えていた。
騎士っぽい人達が大勢、貴族っぽい人が数人、和装美人がひとり。
もう一度言うが、これはどういう状況だ?
部屋の中からこっそりと顔を出し、集団の様子をうかがう。
何やらざわついているが、そんなところに居座られたら出られないじゃないか。
大勢に見られながら出ていけるほど、私の心臓は強くない。
「静まりなさい」
突然、リーダー格の女性が騎士、貴族達を一蹴する。
リーダー格の女性の言葉に、全員黙ってしまった。 いかにもデキる女なリーダー格の女性の言葉は、威厳なのか威圧なのかが凄く、私までビクッとしてしまう。
「そこのあなた、出て来てください」
私は辺りを見渡し、女性の言う人物を探してみる。
……ごめん、私の事だよね?
分かってます、分かっててやってますごめんなさい。
だから、そんな怖い目で睨まないでくださいお願いします。
「出られない理由でもありますか?」
今度は優しく聞いてくるけど、私は心の中で叫んでいた。
あんた達が居るから出られないんだよ!
しかし、これは困った。
どうしようかな?
このままダンジョンに引き籠もってれば、そのうち諦めるかな?
「待ってください。ここは、私に任せてください」
リーダー格の女性は溜め息をついて、和装美人と何かを話しているが、和装美人の決意は固そうで、リーダー格の女性を説得しているようだ。
あんた達は分かってない。
誰がどう説得したところで、私はあんた達が居なくならないと出て行けないんだって。
普通に通り抜けようとしたって、絶対ジロジロ見てくるじゃないか。
私はそれが嫌なんだって。
見られたくない目立ちたくない。
目立って特をすることなんて、あるはずがない。
頼むから、早くどこかへ行ってくれ。
説得に成功したのか、和装美人がこちらに近付いてくる。
今のうちに、ダンジョンの奥に引き籠もっちゃおうかな。
そんなことを考えていると、頭に声が響いてきた。
《もしもし、聞こえますか?》
それは、いつもの“声”ではなく、目の前にいる和装美人の声だった。
と言うか、なに勝手に頭の中に直接語りかけてきてるの?
《ああ、良かった。問題なく聞こえているようですね。早速で申し訳ありませんが、あなたが何者なのか“鑑定”をさせていただきますね?》
は?
いやいや、ちょっと待ってよ。
勝手に鑑定しないでよ。
いや、それより鑑定って、されても痛くないよね?
《安心してください、痛くはありません。ただ……》
〔人族:カグラ・ミヅチは魔王:サキ(仮)を鑑定しています〕
《良い気分はしないでしょうね》
それもそうだ。
私を鑑定して、どこまでの情報が出てくるのかは分からないが、これは嫌な感じと言うか恥ずかしいと言うか。
あの狼がやったように、鑑定に抵抗できないかな?
《コミュニケーションスキルの派生、ユニークスキルのコミュ障もお持ちでしたか。だから、アナスタシアさんの問いかけにも答えられなかったのですね》
そうなんだけど、あんたとはこうして会話ができてんだよね。
会話してても恥ずかしさとか抵抗が無いし。
《私はあなたに対して、念話のスキルを使用しています。念話による会話はコミュニケーションスキルとは独立しているため、普通に話す事が出来るのだと思います》
へ〜、便利なスキルもあるもんだ。
それで、あんた達は何者?
《私は、人族のカグラ・ミヅチ。魔王城の宮廷術士を務めています。そして、後ろで控えている方々は全員、あなたに仕える魔族ですよ、魔王様》
人違いです、私は魔王ではありません。
魔王スキルを持っているだけの、いたいけな美少女です。
だから見逃してくださいおねがいします。
《ふふふ、なかなか愉快な魔王様ですね》
だから、私は魔王じゃないって。
〔人族:カグラ・ミヅチによる鑑定が終了しました〕
やっと終わった。
今まで鑑定してきたモンスターも、こんな気分だったのか。
プライベートな部分まで覗き見られているようで、なかなか嫌な気分だったよ。
これは早めに、抵抗できる方法を探さないとね。
《では、鑑定結果を魔族の皆さんに伝えますね》
ち、ちょっと待って!
まさか、私が魔王だって伝えるつもりじゃないでしょうね!
《もちろん伝えます。だって彼らは、魔王をお迎えするために、わざわざエルステルン山脈まで来たのですから。では、念話はもう切りますね》
ちょっと待ってよ!
と言っても、カグラは振り向かなかった。
念話を切られてしまったようだ。
本当に待ってほしい。
魔王を迎えに来たってことは、私を迎えに来たってことで、つまり私に、魔王としての仕事をしろってことだよね?
ヒキニートの私に仕事をしろって?
無理無理、できるわけがないじゃないか。
やっぱり、ダンジョンに引き籠もっちゃおうかな?
《もしもし魔王様?》
おかけになった念話は、現在使われておりません。
《魔族の皆さんには説明しました。そのお姿を、皆さんに見せてください》
いや。
《魔王城に行けば、美味しいものも食べられますよ?》
美味しいもの?
燻製肉よりも?
《もちろんです。専属料理人が腕によりをかけて、美味しい料理を提供してくれますよ》
私はしばらく悩んでいたが、いつまでも引き籠もっていても諦める様子もないし、こちらが諦めるしかないのね。
……分かった、行くよ。
でも、条件がある。
《何でしょうか?》
私ひとりでは出て行けないから、あなたも一緒に来て。
《なんだ、そんな事でしたか。分かりました、一緒に行きましょう》
カグラが私のところまで来た。
近くで見ると、やっぱり美人だわ。
声も口調も優しいし、良い所のお嬢様なのかもしれない。
私はカグラに手を引かれ、ようやくダンジョンから脱出した。