111 バカンス
工房の地下室。
部屋の両側は溶鉱炉になっていて、そこから流れ出した鉄は中央の炉に注がれていた。
そして、中央の炉の前には、鎖で吊された甲冑があり、他には何もなかった。
「コルタ、伝説の武器は?」
「目の前にあるでしょ?」
目の前にあるのは甲冑だけ。
武器のようなものは見当たらない。
「もう、にぶいね魔王ちゃん」
「いや、にぶいって言われても、武器なんてないじゃん」
「目の前にあるって言ってるでしょ? この甲冑こそ、伝説の武器なんだよ」
甲冑とは、身を守るための防具であり、武器ではない。
そのくらい、私にだって分かってる。
コルタは私をからかってるのだろうか?
「この甲冑は、全身が武器になってるんだ。まずは爪甲。手甲には仕込み刃。上腕部には短刀。肩当てには組み立て式の小弓。胸部は開閉式で、内部に無数の刃。腹部には手槍。腰部には鞭。大腿部には直剣。脛部には投げナイフ。踵には折りたたみ式の刃。爪先にも同様の刃」
「ち、ちょっと待って。いくらなんでも仕込みすぎでしょ」
「でも、伝承通りに作ると、こうなるんだよね。あとは、兜を作ればほぼ完成だよ」
「……ちなみに、これは誰が使っていたの?」
「伝説の武術家らしいよ。あまりにも武器が多すぎるせいで、使いこなせる人がいなかったのか。彼の死後に、この甲冑は破棄されたんだ」
これ全部使いこなすのは、さすがに無理でしょ。
「でもこれは、鍛冶屋の腕の見せどころなんだ。様々な武器を、どれだけ上手く仕込めるか。考えるだけで楽しくなるし」
「そ、そう」
「まだ先は長いけど、気楽にやっていくよ」
うむ、コルタはとても生き生きしてるね。
あまり熱中しすぎて、体を壊さなければ良いんだけど。
さて、コルタの様子も確認できたし、私は帰るとしよう。
その前に、1号の様子でも見てみよう。
どこで何をしてるのか。
もしバカンスなんかしてたら、右ストレートでぶん殴ってやる。
「ハクシュン!」
照りつける太陽の下、不意のくしゃみ。
ああ、誰かが噂してやがるね。
どうも、1号こと本体です。
私は今、セラメリア王国南にある、リルト海のビーチを訪れている。
クールなサングラスをかけ、可愛らしいビキニを身にまとい、トロピカルドリンクもどきを飲みながら、とても優雅な日光浴を楽しんでいるよ。
まあ、優雅なのは今のうちだけ。
そろそろ来るはずなんだけど……。
《この馬鹿本体! いったい何をしてんのよ!》
急な大声に、耳がキーンとなる……。
《私達に仕事を押し付けて、自分は暢気にバカンス。許されるわけがない! 今すぐ私達も混ぜなさい!》
《そうだそうだ!》
2号と3号か。
あいつらと視覚情報を共有してるの、すっかり忘れてたよ。
まあまあ、落ち着きなって。
魔王城で仕事をしてたり、コルタの様子を見てた方が楽だって思うから。
《そんなこと言って、ビーチでのバカンスを独り占めするつもりでしょ!》
《隠したって、私達には分かるのよ!》
だから落ち着きなって。
もうすぐ来るはずだから。
なんて会話をしていると、近くの砂浜にさした釣り竿に、ようやく反応があった。
釣り竿はとても強くしなっている。
私は釣り竿を持ち、思いっきりリールを回した。
これは大物やで!
「どっせい!」
釣り竿を引き上げると、巨大な水しぶきと共に白く艶やかな軟体生物が姿を現す。
無数の触手をくねらせ、三角形の頭をしたそれは、どこからどう見ても間違いなくイカだ。
このイカの討伐依頼を、ギルドから受けていたのだ。
これでもまだ、ここに来たいって言う?
《ごめん、1号に任せるわ》
《私達に戦闘能力はないからね》
《でもそれ、間違いなくエロいことになるよね》
《ビーチ×水着美女×巨大軟体生物=エロスだからね》
勝手なこと言っちゃって。
分かってると思うけど、私達は感覚も共有できるからね?
エロいことになったら、あんた達も巻き添えに。
《頑張れ1号、負けるな1号!》
《そんなやつ、さっさとイカ焼きにしちゃいなさい》
まったく、最初から大人しくしていれば良いのに。
さて、3号の要望通り、こいつをイカ焼きにして、美味しくいただきますか。