109 勇者、始動
魔王城へ戻る頃には、辺りに夜の帳が降りていた。
私は事の顛末を、アナスタシアに伝えた。
「魔王様の複製に、復活を果たそうとしている初代魔王様。そして、予言者エレヌスの裏切り……。この国は、どうなってしまうのでしょう? 我々は、どうすれば良いのでしょう?」
ただでさえアナスタシアは、お兄さんとも対峙しなければならない。
彼女にとっても、問題は山積みだ。
「分かっていることは、セラメリアを復活させてはいけないということ。これは絶対」
「……魔王様、ひとつ質問しても宜しいでしょうか?」
「なに?」
「セラメリア……初代魔王様が復活すると、何が起こるというのですか?」
そうか、アナスタシアはセラメリアの目的を知らないのか。
まあ私も、神域に行ったから、セラメリアの目的が分かったんだけどね。
「……アナスタシア、これから言うことは、他言無用だよ」
外部に漏れれば、大事になりかねない。
念には念を入れ、私は風音魔法を使い、セラメリアの目的を伝えた。
「俄には信じ難いですね」
「でも、これが事実なの」
「……我々に、何が出来るのですか?」
「まずは、セラメリアを復活させないこと。それに失敗して復活したら、直ちに仕留めること。それにも失敗したら……神様にでも祈ろうか」
最後の言葉を聞いて、アナスタシアは呆れた表情を浮かべている。
でも本当に、倒せなかったら、この世界は最悪の結末になる。
それだけは阻止しないと。
「話は変わりますが、サクラノ王国の勇者様から魔王様宛てに書簡が届いています」
「リンちゃんから? ……わざわざ手紙を書くなんて、何かあったのかな?」
受け取った書簡に目を通す。
「……アナスタシア」
「はい、何でしょう?」
「直ちに騎士団を召集、カグラとユキメにも、集まるよう声をかけて」
「何が書かれていたのですか?」
私は何も言わず、書簡をアナスタシアに渡した。
「……これは」
「ね?」
「分かりました。直ちに、騎士団を召集します」
エレヌスさんかロムルスの差し金か。
まったく、厄介なことをしやがって。
騎士団を率いた私は、東の荒野を訪れた。
ここにリンちゃんが居るはずだけど、その姿は見当たらない。
……嵌められた?
そう思った時だった。
「魔王、覚悟!」
との声と共に、リンちゃんが斬りかかってきた。
あんた、今までどこに潜んでたのよ?
とっさに回避し、私はリンちゃんから距離をとった。
「久しぶり、魔王さん」
「久々の挨拶にしては、ずいぶんと過激じゃない?」
「あれで仕留められれば良かったんだけど、そう上手くはいかないか」
「……リンちゃん、どうしてこんなことを?」
「そんなの、自分の胸に聞いたら?」
リンちゃんが指笛を鳴らすと、騎士団を取り囲むように兵士達が現れた。
なるほど、布を被って上から砂をかけて、周囲の地形に擬態してたってことか。
感心してる場合でもないけど。
「サクラノ王国師団、セラメリア王国騎士団へ攻撃を開始せよ!」
騎士団の強さは折り紙付きだ、そう簡単にやられはしない。
しかし、相手は人族の、それも大国の師団だ。
こちらから手を出せば、それこそ国際問題に発展する。
「セラメリア王国騎士団。防御態勢をとり、決して反撃するな!」
そう指示するしかない。
しかし、そんな状態がいつまで続くか。
「さあ、魔王さん。私と戦いなさい」
「……一騎打ちが望みなら付き合ってあげる。でも、騎士団は関係ないでしょ」
「関係ある。魔王さんの戦力を、少しでも削るため」
「だから、どうしてそんなことをするのよ?」
「とぼけたって駄目。勇者の私には、全てお見通しなのよ!」
リンちゃんの攻撃を受け止める。
リンちゃんも、この数日で修行をしたのか、その一撃は重かった。
それよりも、リンちゃんに戦いを挑まれる理由が分からない。
手紙には果たし状と書かれていて、騎士団を率いて来るようにとしか、書かれていなかった。
理由がない状態では戦えない。
たとえ理由があったとしても、私はリンちゃんと戦いたくない。
「さっきから防いでばかりで、私と戦いなさい!」
「戦う理由がないし、リンちゃんが私を倒そうとしている理由にも、心当たりがないの」
「そうやってシラを切るつもり?」
何か勘違いをしているようだけど、本当に心当たりがないんだって。
「あくまでも、とぼけるつもりなんだ。だったら私が、魔王さんの悪事をこの場で話してあげる」
「悪事……?」
「ネレディクト帝国独立からの騒動は、最初から仕組んでた事なんでしょ? 騎士団の戦力を増やすために」
「はい?」
「そのまま戦力を増やしていって、この世界を支配するつもり。そしてその後、封印されてる初代魔王を復活させるのが目的」
「ち、ちょっと待って、誰から聞いたの?」
「予言者エレヌス。彼は秘密を知ったから、魔王に消されそうになったと言ってた。実際、彼の体には、爪で引き裂かれたような傷があった」
あのクソジジイめ!
まさかこうなることも、すべて読んでいたというの!?
「リンちゃん、ちょっと待って。リンちゃんは、エレヌスさんに騙されてる。あいつは嘘を言ってるの。あいつの目的こそ、セラメリアを復活させることなの」
「その話、証拠でもあるの?」
そこで私は気づいた。
私達はつい先ほど、その証拠となるものを破壊してきたことに。
あの研究所を見せれば、リンちゃんも納得したかもしれないけど。
……だからエレヌスさんは、リンちゃんに近づいたのか?
私が攻撃したと言う、確たる証拠を持つエレヌスさん。
それに対し、私はリンちゃんを説得するための証拠を持っていない。
どちらを信じるか、答えは明確か。
……だったら。
「騎士団は撤退せよ! カグラ、転送方陣の準備を!」
「逃がさない。ここで仕留める!」
そこは、魔王城の中だった。
どうにか撤退できたようだ。
……まさか、リンちゃんが。
いや、説得することはできるはずだ。
リンちゃんが敵になるなんて、考えたくない。
とにかく、今は休もう。
色々と気にかかることはあるけど、これからどうするかは休んでから考えるとしよう。