99 サキVSアナスタシア 後編
本当にどうしよう?
レイロフ君は馬鹿力だから、バリケードを作っても意味がないし。
「魔王様、離れていてください」
「ち、ちょっと待って」
こうなったら。
「レイロフ君、扉に耳を。ちょっと、小声で話すから」
「……何ですか?」
アナスタシアが近くにいるだろうから、念のために。
そして、自分でも引くほどのかわいらしい声で。
「お願い、見逃して? あとで飴ちゃんあげるから」
「………」
その“間”は数秒のものだったのだろうけど、私はとても長く感じてしまった。
自分でも、なに馬鹿なこと言ってるんだと思うけど。
「分かりました」
良いのかよ!
いや、ありがたいけどさ。
でも、こんな方法が通用するなんて思ってないから、私いま若干引いてるよ?
「アナスタシア様、少しお話が」
「どうしました?」
二人の声が遠退いていく。
まさか、本当に?
「レイロフ。私は、扉を開けるよう言ったはずですよ?」
「それは分かっています。しかし、普段がアレとは言え、魔王様もひとりの女性です。男である俺が、みだりに魔王様の、それも寝室に入る訳にはいきません」
なんだか、アレ呼ばわりされた気がするよレイロフ君?
「ではどうするのですか? 魔王様に出て来ていただかなければ」
「大丈夫です、俺に考えがあります」
二人の声が聞こえなくなった。
なんだか……いや、何も言うまい。
とにかくこれで、アナスタシアも諦めるだろう。
レイロフ君には、あとでちゃんと飴ちゃんあげないとね。
「アナスタシア様、連れてきました」
レイロフが連れてきたのは、ユキメだった。
「こいつは、どんな鍵でも開けてしまう魔法を心得ています。それに、ユキメは魔王様とも仲が良い」
「あの……何の話を?」
レイロフは簡単に経緯を説明した。
「なるほどなるほど。そう言うことなら任せてください」
トンと胸を叩くユキメに、一抹の不安を抱くアナスタシア。
しかし、今は藁にもすがる思い。
「では、この件はユキメに任せましょう。もし、魔王様を部屋から出してくれたら、食糧庫への無断立ち入りは不問とします」
「バ、バレてたんですか?」
「気づかないとでも思いましたか?」
「うぅ……」
もちろん、レイロフがこの事を報告した訳ではない。
アナスタシアが独自に調べ、ユキメの仕業と特定したのだろう。
つくづく、アナスタシアを敵に回したくないと悟ったレイロフだった。
私は、布団を頭まで被った状態で、何も考えずボーっとしている。
この、眠ってるわけじゃないけど思考は停止している状態、最高だね。
このままずっと、こんな状態が続けばいいのに。
部屋をノックする音が、私の思考を呼び覚ました。
まったく、今度は誰だ?
「サキさん、起きてますか? 私です、ユキメです」
ユキメか、何の用だろう?
いや、その前に、近くにアナスタシアが居るんじゃないか?
アナスタシアに説得を頼まれたんじゃない?
「アナスタシアさんは……」
私の問いに、しばしの間。
「……居ません」
ユキメ、お前もか。
ユキメは素直な性格だからね、隠したって分かるのよ。
「バレてるのなら仕方がありませんね。サキさん、出てきてください。みんな心配してますよ?」
「いや」
「どうしてもですか?」
「どうしても」
「では、強行手段しかないですね」
ユキメが強行手段って言うと、なんだか凄い違和感がある。
「鍵錠魔法、マスターキー」
ユキメのオリジナル魔法、マスターキー。
どんな鍵でも開けられる魔法だけど。
「……あ、あれ?」
「どうしました? 早く開けてください」
アナスタシアの催促に焦りを見せるユキメ。
思わず鍵穴を覗いたユキメは、大きな溜め息をついた。
「アナスタシアさん、ちょっと鍵穴を見てください」
私の細工は破られない。
だって、鍵穴に接着剤を流し込んだからね。
たとえマスターキーを使っても、動かない鍵穴では意味がないのだよ。
それじゃあ、私も部屋から出られないんじゃないかと思うかもしれないけど、そこは大丈夫。
この接着剤用の剥離剤も、ちゃんと用意してあるのさ。
「サキさん、お願いです。私のために出てきてください」
ユキメのため?
「ではユキメ。食糧庫の件での罪状を言い渡します」
……また摘み食いをしたのか。
「今後一週間、おやつ抜きの刑に処します」
「そんな、あんまりです! サキさん、助けてください!」
自業自得としか言えないわ。
「サキさんの裏切り者!」
「さあ魔王様。これ以上犠牲者が出る前に、部屋から出てきてください」
無意味な犠牲を生んでるのはアナスタシア、私は悪くない。
「分かりました。レイロフ、ぶち破りなさい」
「先ほども申し上げましたが、普段はアレでも魔王様は女性です。男がみだりに入室する訳にはいきません」
気遣い嬉しいけど、やっぱりアレ呼ばわりしてやがったよ。
「いったい、何の騒ぎですか?」
この声は、カグラか。
「私のおやつがピンチなのです!」
「ユキメの事は無視してください。実は、魔王様が部屋から出てこないのです。仕事もたまってますし、出てきてもらわないと困るのです」
なんだか騒がしくなってきたね。
特にユキメが。
「つまり、魔王様に部屋から出てもらえば良いのですね?」
悪いけど、私は部屋から出るつもりはないよ?
余裕をかましていると、カグラはとんでもない方法を使ってきた。
突然、体が嫌な浮遊感に包まれた。
この浮遊感には覚えがある。
これは、転送方陣の浮遊感だ。
そう感じる間もなく、私は被っていた布団ごと、部屋の外へ転送されてしまった。
恐る恐るみんなの顔を見上げると、ユキメとアナスタシアはとても怒っていた。
とりあえず、笑って誤魔化してみる。
「さあ、魔王様。お仕事の時間ですよ?」
「おやつ……おやつ……」
誤魔化せません。
「レイロフ君、飴ちゃん二個あげるから何とかして!」
レイロフ君に泣きついてみるも、レイロフ君は呆れた表情を浮かべて、首を横に振るだけだった。
ならばカグラに。
「魔王様!」
「ひっ!」
アナスタシアに怒鳴られ、布団を頭まで被り体をすくめてしまった。
……恐る恐るアナスタシアの顔を見てみると。
「お仕事、頑張ってくださいね?」
おおう!?
アナスタシアよ、その笑顔は怖すぎるよ……。
私は、玉座の間に閉じ込められてしまった。
仕事が片付くまで、部屋から出してもらえない。
しかも衛兵達が、常に私のことを監視している。
こんな状態だと落ち着かないよ……。
それからユキメ。
一週間おやつ抜きの刑だったけど、そこは私のおやつをユキメに提供する形で収まった。
もちろん、アナスタシアの一存だ。
つまり、一週間おやつ抜きの刑を、私が肩代わりしていることになる。
それには文句を言いたかったけど、ユキメのあんな表情を見たら……ね?
私は、部屋を埋め尽くすほどの書類の山を眺めた。
これ、いつになったら終わるんだろう?
それに、一日経てば新たな書類が追加される。
……もしかしてエンドレス?
……泣いてもいいですか?