91 ユキメVSグラッド
私がユキメのもとへ向かうと、意外にもユキメは善戦していた。
ギフトを使っている様子はない。
ユキメは自分の力だけで、グラッドにダメージを与えていた。
「この女狐が!」
グラッドは斧付き鎖を鞭のように叩き付けるが、ユキメはそれを難なく躱していく。
そして、大振りな攻撃を回避したユキメはグラッドの懐へ潜り込み、連続で蹴りを浴びせた。
グラッドの巨体がよろめく。
その隙をついて、グラッドに足払いをかけて転倒させた。
そこへ追い打ちをかけるように、ユキメは踵落としを放つ。
それを躱し、瞬時に起き上がるグラッドへさらに追撃。
それをどうにか防いだグラッドは、ユキメから距離をとった。
ユキメ、接近戦も強いじゃないか。
「俺にダメージを与えるとは……。女狐が、いったい何をした?」
確かに、グラッドはアイテム以外ではダメージを与えられないはず。
それなのに、ユキメの攻撃はしっかりと通っている。
「幻惑の魔法。今の貴方には、私は私の姿ではなく、貴方の苦手なものとして映っているはずです。アーマードボアの天敵、ヘルクロウの姿に」
「だが、幻惑魔法は精神ダメージだ。実際に傷を負うことはない」
そう、幻惑魔法ではダメージを与えられない。
こちらから直接攻撃しなければ、ダメージを与えることはできない。
「ヘルクロウは、アーマードボアの堅い毛皮を切り裂き、その肉を貪る凶鳥」
ユキメは自身の足に、魔力を集中させた。
「彼らの属性は、無属性」
その魔力が凝縮されていく。
「五行、光闇に分類されない無属性は、魔法耐性や属性耐性、スキルや種族に付与される防御力を突破します」
ユキメは一気に、グラッドとの間合いを詰めた。
「つまり、防ぐ術がない」
グラッドの体に、強烈な連続蹴りを叩き込む。
「ぐはっ!」
「これが、ヘルクロウが凶鳥と呼ばれる所以」
グラッドは地を鳴らしながら倒れた。
「幻惑魔法を使った理由は、精神ダメージを与え続けての戦意喪失。ですが、貴方は精神ダメージも通り辛かった。だから、直接攻撃に切り替えたまでです」
無属性か。
魔力を充填すると攻撃力が上昇する魔神爪サイカも、もしかしたら無属性なのかも。
「では、トドメといきましょうか」
ユキメは自身の足に、ユキメ自身が持つ魔力の大半を集中させた。
いや、トドメって……殺しちゃ駄目なの忘れてない?
「女狐よ、俺が憎いか?」
グラッドは仰向けのまま、ユキメに質問した。
「ええ、とても」
「何故だ?」
「貴方が、鎧牛を解き放った張本人だから」
鎧牛?
私は、自分の手のひらに視線を落とした。
魔神爪サイカに使われている皮が、鎧牛の外皮であることを思い出す。
そう言えば鎧牛は、ユキメ達ワーフォックスの生活圏に進入してきたと言っていた。
そして、私とユキメが鎧牛と対峙した場所は、エルステルン山脈の中腹辺り。
ユキメの生活圏は山頂付近だったと言っていたし、鎧牛は山脈の山頂でひっそりと暮らしていたんだろう。
それが何故、あんな場所に現れたのか。
それはグラッドが解き放ったからだろうけど、だとしたら何のために?
「そうか、お前は山頂付近に生息していたのか」
「そう。貴方が鎧牛を解き放ったせいで、鎧牛は下山を始めてしまった。その進行ルートに、私達ワーフォックスの住処がありました」
「それは運が悪かったな」
「運が悪かった? ……そんな言葉で片付けるつもりですか! 貴方のせいで、私の仲間達は!」
あのユキメが、怒りを露わにしている。
「それこそ、運が悪かったとしか言えないな。俺は鎧牛を下山させるよう命令されただけだ。その後の事など、俺の知ったことではない」
ユキメは何も言わず、魔力を集中させた足を振り上げた。
そしてそのまま、グラッド目掛けて振り下ろす。
しかし、ユキメの踵落としは当たらなかった。
ユキメの攻撃寸前で避けたグラッドは、そのまま大きく距離をとった。
「この勝負、預ける。女狐よ、俺を恨め。俺を憎め。負の感情こそ糧だからな」
グラッドはそう言い残すと、その巨体からは想像もできない速度で撤退した。
残されたユキメは、その場に立ち尽くしている。
……後味が悪い。
これじゃあ、騎士団の勝利を喜べない。
《サキさん、報告したいことが》
カグラから念話が入った。
《ネレディクト帝国側の転送方陣は停止させ、セラメリア王国各領土に進入してきた兵士も、アナスタシア様達によって行動不能にしたのですが》
《おお、さすがだね。やっぱり、みんなに頼んで正解だったよ》
《ただ……ネレディクト帝国には焦りの色が見られません。むしろ、ここまでは計画通りだと言わんばかりに》
そんなはずはない。
もうネレディクト側に、切り札になりそうなものは。
「これはこれは、魔王様がこの様な場所に居られるとは」
声の主を、私は知っている。
私は上空を見上げた。
そこには、以前の面影がないほど、禍々しいモンスターと化した……魔帝ロムルスの姿があった。