84 VSネレディクト軍
私はユキメとレイロフ君に、町の教会へと案内された。
どうやらアイリス女王と乳母のイリーナさんは、この教会に隠れているらしい。
内装は、さすが教会と言えるような厳粛なものだった。
奥にはステンドグラスと、美しい女神像。
ユキメが女神像の腕を引くと、女神像の前に地下への階段が現れた。
なるほど、上手く隠したね。
どうして教会に、とか、この際どうだって良いか。
階段を下りていくと、そこは小さな部屋になっていた。
奥にはアイリス女王が、椅子に座って本を読んでいる。
「アイリス女王」
「ユキメ、レイロフ。無事だったようですね。そして」
アイリス女王は私に視線を移した。
この人は本当に綺麗だわ。
女性が憧れる美しさって言うのかな、アイリス女王はそれ程までに綺麗なのだ。
「数日前の国王会議以来ですね、魔王様」
「国を治める者としてはアイリス女王の方が先輩ですし、私のことは呼び捨てで構いません」
「でしたら貴女も、普段の話し方で構いませんよ。貴女は、普段はフランクな話し方だと、ユキメから聞きましたから」
ユキメ、余計なことを。
「では、お言葉に甘えて。テルメピスト内のネレディクト軍は、全員撤退した。国民も全員無事。後は、アイリス女王が解放を宣言すれば、テルメピストの戦いは終わるよ」
「そうですか。ありがとう、感謝しますよ、サキ」
「それは私じゃなくて、ユキメとレイロフ君に言ってあげて。私は二人に指示を出しただけで、何もできなかったんだから」
結局私は、グラッドを倒せなかった。
倒したのはユキメだ。
時間を稼いだだけ。
それに、国民を救ったのもユキメとレイロフ君だ。
私は指示を出しただけなんだから。
「そんなに謙遜しないでください。サキの勇気ある決断のお陰で、この国と国民は救われたのですから。……それでは参りましょう。解放の宣言をします」
「ああ、そのことなんだけど」
本当だったら、テルメピスト解放に立ち合いたい。
でも、今はその時間すら惜しい。
私は現状の説明を簡潔に行った。
「……貴女には宣言に同席してほしかったのですが、その様な理由なら仕方がありませんね。ネレディクトの暴挙、必ず止めてください」
全てが終わったら、改めて訪れることを約束し、テルメピスト王国をあとにした。
セラメリア王国、東の平原。
ここは拓けてるから、大部隊の展開にはもってこいだ。
が、それはネレディクトも同じこと。
向こう側も、こちらと同等の大部隊を展開している。
睨み合いが続いているが、まだ動きは見られない。 こちらはもう、ロムルスの仕掛けた罠に飛び込んだ。
だが、こちらからは攻め込まない。
それをしてしまったら、私達はネレディクトと変わらなくなってしまう。
今は辛抱だ。
しばらく待機していると、ネレディクト軍に動きが見られた。
どうやら陣形を整えているようだね。
「あれは、双璧の陣か」
私の隣にいるベルンハルト様が呟いた。
「双璧の陣?」
「中央の守りを極力薄くし、両翼を厚く固める陣形だ。中央突破をしようとしても、後衛の魔術師の餌食だろう。たとえ突破できても、両翼の壁に囲まれてしまう」
「かと言って、こちらも両翼に兵を固めてしまうと」
「ああ。総力戦になって無駄に時間だけが掛かり、兵が消耗するだけだろう」
面倒臭い。
だったら、こちらにだって考えがある。
「中央を突破する。陣形、トライアングル」
「正気か?」
「まあ見てなって、絶対に負けないから」
「……その言葉、信じるぞ?」
陣形、トライアングルは兵士を三角形に配置し、中央を突破することのみに長けた陣形だ。
三角形の頂点には私。
次いで、ベルンハルト様とユキメとレイロフ君。
そして突撃兵、歩兵、最後尾には弓兵と魔法兵の混合部隊。
騎馬隊は編成していない。
ネレディクト軍が馬に踏み潰されたり、馬を狙われて落馬したりで事故りそうだったから、あえて編成しなかった。
騎士団全員におまじないもかけたし、準備完了だ。
あとは、ネレディクト軍が国境を越えて進軍してくれれば。
……ネレディクト軍にまた、動きが見られた。
ネレディクト軍の中央辺りから、一人の騎士が前に出てきた。
碧のプレートに、金の装飾が施された鎧を身に纏った男。
ネレディクト軍セラメリア侵攻部隊隊長、セルバンテスだ。
「セラメリア王国へ、進軍を開始せよ!」
大地を揺らすほどの雄叫びと共に、ネレディクト軍が進軍してきた。
……ネレディクト軍に圧倒されて、こちらの士気が少し下がったようだ。
ユキメは震えてるし、レイロフ君も平静を装ってはいるが、体を強ばらせている。
でも、こちらはまだ動かない。
ネレディクト軍が国境を越えるまで動けない。
「ユキメ、レイロフ君」
私は振り返り、二人に笑顔を見せた。
そして。
「私を信じて」
ただ、それだけを伝えた。
たったそれだけだったけど、二人の恐怖心はいくらか和らいだようだ。
そして遂に、ネレディクト軍が国境を越えて進軍してきた。
ゲーム脳発動。
そして私は、セラメリア騎士団に命令を下した。
「セラメリア騎士団! 陣形を維持しつつ、我らも前進せよ!」
雄叫びと共に、騎士団は進軍を開始した。
ゲーム脳を発動させた私に、敗北はありえないよ。
私を怒らせたこと、後悔させてあげる。
魔帝ロムルスよ。