83 テルメピスト解放 後編
マジで何なのこいつ。
グラッド相手に時間稼ぎをしてるわけだけどさ、こいつの頑丈さが規格外だわ。
殴っても蹴っても引き裂いても魔法を当てても、傷はつかないしダメージもないし。
それでいて鎖と斧による変則的な攻撃と。
鈍重な体から放たれる攻撃の遅さを、鎖を使って上手くカバーしてやがる。
ユノ、ランスロットと比べると、間違いなく戦闘慣れしてるね。
まったく、厄介なことこの上ないよ。
「少しはやるようだな。何者だ?」
「あら、知ってるかと思ってたよ。私はサキ、セラメリア王国の魔王だ」
それを聞いたグラッドは、大きな声で笑い出した。
「お前のようなちんちくりんが魔王とは、世も末だな」
うるせー!
巨躯のお前から見れば全員ちんちくりんだろうが!
私は怒りのままに魔法を展開、そして一気に近づき数発殴ってやった。
そこで離脱。
時間差で魔法が着弾、魔法同士が反応し爆発を引き起こした。
何だろう、転生してから初めて悪口を言われたからなのか。
怒りにまかせて仕留めにいってしまった。
爆発による煙が晴れると、グラッドは何事もなかったかのように、ぽりぽりと頭を掻いている。
……仕組みが分からなかった。
こいつのことは、ライブラリでも魔眼でも鑑定でも調べた。
守備力や魔法耐性はそれなりに高いものの、だからと言って私が突破できないはずがない。
攻撃を無効化するスキルを持っているわけでもないし、堅忍不抜のような技を使えば、私の方にアナウンスが入るはず。
しかし、そのアナウンスは入らなかった。
こいつが無敵の理由が、私には分からない。
「さて、そろそろ終いにするか」
グラッドは私目掛けて斧を投げつけた。
こんなところで、やられるわけにはいかない。
私は飛来する斧を避け、斧に繋がる鎖を捕まえた。
私の攻撃力だ。
力比べもままならず、グラッドの体を引き寄せる。
……はずだった。
気がつけば私の体は、グラッドの引く鎖に強く引かれて宙を舞っていた。
まさか、力負けした?
一瞬のことで、魔力の翼を生成している余裕もない。
グラッドとの距離が近くなっていく。
グラッドはもう片方の斧を振りかぶり、空中で身動きのとれない私目掛けて、力強く振り下ろした。
……グラッドの一撃は、煉瓦の道を粉砕していた。
それを確認できたと言うことは、私は生きている。
斧が振り下ろされる瞬間、誰かが私の体を抱えて離脱、助けてくれたようだ。
そして私は今、お姫様だっこをされている。
誰に?
「魔王様、ご無事ですか?」
あ、ああ、何だレイロフ君か。
レイロフ君じゃなければ惚れてたかも。
いや、キュンと来てないと言ったら嘘になるけど、これはただの勘違いだって分かってるから。
めっちゃドキドキしてるけど、私は平静を装った。
「これは、さっきのお返しです!」
遅れてユキメが、グラッドに向けて小さな何かを投げつけた。
それはグラッドの顔面付近で、激しい音を立てて爆発した。
「ぐおっ!?」
グラッドは煙が上がる顔面を押さえながら、その場に膝を突いた。
まさか、効いてる?
「次は、これです!」
ユキメは、先ほどとは違う何かを投げつけた。
さすがに何度もくらうまいと、グラッドは斧で叩き落とそうとする。
しかし、グラッドの斧がユキメが投げた何かに触れた瞬間、それは爆音とともに電撃を放った。
数秒間の電撃の後、グラッドの巨体は崩れるように地面に倒れた。
……勝ったのか?
「これでグラッドは、しばらくの間、動く事が出来ません」
「ありがとう、助かったよ。それにしても、さっきユキメが投げたのは何? 攻撃も魔法も効かないグラッドにダメージを与えてたけど」
私が問うと、ユキメはいくつかの小さな実を私に見せた。
「これはギフトと言う、衝撃を与えると爆裂する危険な木の実なんですよ。他にも、爆裂と共に有毒なガスを発するポイゾナスギフトや、電撃と共に麻痺毒を放出するパラライズギフトなど、色々な種類があるんです」
天然の手榴弾ってところだね。
大きさはサクランボ程だけど、あれだけの爆発を引き起こすとは、取り扱い注意だわ。
そう言えば、どこでそんな実を見つけたんだろ?
「王城の武器庫に保管されていたのを、悪いとは思いつつ拝借してきました。グラッドを倒すには丁度良かったので」
「そこが分からないんだよね。攻撃も魔法も効かなかったのに、どうしてギフトは効いたの?」
「それは、グラッドの種族に関係しています」
種族?
グラッドの種族は魔族だ。
鑑定でもライブラリでも調べたから、それは間違いない。
「ではサキさん、私を鑑定してみてください」
なんだ?
言われた通り、ユキメに鑑定を使ってみる。
〔LV:22〕
〔名前:ユキメ・コン〕
〔種族:魔族〕
……あれ?
ユキメの種族はワーフォックスだったはずだ。
それなのに、種族の項目が魔族になってる。
「私達のような人型のモンスターは、魔族の領土内で魔族として生活すると、種族も魔族となるんです。種族の落とし穴ですね。そしてそれは、私だけでなくグラッドも同様です」
「じゃあ、こいつもモンスターってこと?」
「はい。グラッドの種族は、アーマードボアがベースのワーボアです。アーマードボアは鎧のように堅い外皮が特徴で、アイテム以外の攻撃を無効化してしまうのです」
なるほど、だからアイテムであるギフトが効いたってわけか。
アイテムでなければダメージを与えられない敵、たまにRPGで登場する面倒な奴だけど、この世界にもそのタイプが居るとは思わなかった。
アイテムによる戦闘も、念のため視野に入れておこう。
「ところでサキさん、グラッドやネレディクト軍の皆さんはどうするのですか?」
「ああ、どうしようか。本当だったら、グラッドに撤退をさせるつもりだったんだけど」
こいつが目覚めるまで待てないし。
と、グラッドへ視線を移すと、グラッドは既に起き上がり私達を凝視していた。
本当にさ、心臓に悪いからそういうことはやめてほしい。
レイロフ君はとっさに剣を抜き、庇うように私達の前に立ってくれた。
そしてユキメは、私の後ろに隠れてる。
「待て、俺も命は惜しい。お前たちの望み通り、今は撤退してやる」
グラッドは、いつの間にか伸ばしていた鎖を引き寄せた。
鎖の先には、一括りにされたネレディクトの塊。
ユキメとレイロフ君が無力化した者達だろう。
グラッドはネレディクト軍の塊を担ぎ、転送方陣を展開した。
「魔王よ。お前の匂い、覚えたぞ」
グラッドはそう言い残し、その姿を消した。
匂いを覚えたって、まったく気持ち悪い言い方しやがって。
グラッドがモンスターだからなんだろうけど、そう言う台詞はユキメのようなモンスターが言うから華があるんだよ。
さて、テルメピストはユキメとレイロフ君に任せ……ようとおもったけど、カグラには別件を任せてるから転送が使えないんだよね。
予定より少し遅れるけど、ユキメ達と一緒にテルメピストを解放しますか。