82 テルメピスト解放 前編
私はテルメピスト王国の中央広場から、少し離れたところへ転送した。
「サキさん、どうかご無事で」
カグラには別件を任せているからここまでだ。
ここから先は、私だけで行かないと。
ユキメとレイロフ君の報告にあったとおり、虐殺や略奪はなさそうだ。
ただ、モンスターでも暴れたのだろうか?
家々の壁や煉瓦の道が破壊されている。
そしてそれは、先へ進むほど酷くなっていく。
人の気配もないし、何だか嫌な予感がする。
中央広場は、さらに酷い有り様だった。
円形の広場の至るところが崩壊している。
そして広場の中心には、この崩壊の元凶がたたずんでいた。
「その程度か小童ども」
それは、見上げるほど巨大な大男、ネレディクト軍テルメピスト侵攻部隊副隊長のグラッドだ。
まるでどこぞの世紀末に出てきそうな風貌は、蛮族と言うのが正しいだろう。
両腕には鎖が巻き付いているが、ファッション的なものとは思えないね。
で、グラッドの目の前には、肩で息をしているユキメとレイロフ君の姿。
私は二人のもとへ駆け寄った。
「ユキメ、レイロフ君。待たせたね」
「魔王様、気をつけてください。こいつ、徒者ではありません」
「分かってる。ここは私に任せて、二人は人質の救出を」
「了解」
私が二人に指示を出すと、グラッドは背中に背負った二本の斧を構えた。
そしてその斧を、豪快に投げつけてきた。
狙いは二人か。
私は二本の斧に、魔法を当てて弾き飛ばした。
「さあ、今の内に!」
「あ、ありが……サキさん、後ろ!」
ユキメの声に振り返ると、先ほど弾き飛ばしたはずの斧が、私の目の前に迫っていた。
さすがに避けたけど、それで理解した。
あの鎖は、斧に繋がっていた。
斧を引き寄せたり、鞭のように叩きつけたりもできるってことか。
器用に斧を手元に引き寄せたグラッドは、私を無視して二人を追おうとした。
すかさず立ちふさがってやったけど、私を無視するなんて良い度胸じゃない。
「なんだお前は。邪魔をするな」
「生憎だけど、私はあんたに用がある」
私は魔法を展開し、いつでも撃てるよう配置した。
兵士の数や配置場所、それから人質の位置はユキメに伝えてある。
そこから、こいつがすぐに処刑命令を出せないことも分かった。
それはつまり、こいつが命令を出せなければ、ネレディクト軍は国民を処刑することはできないと言うことになる。
ユキメ達が上手くやってくれるまで、私は時間稼ぎだ。
今、グラッドを倒してしまうと、こいつの持つ統率のスキルの効果が消え、ネレディクト軍は混乱してしまう。
それで国民を皆殺しにでもされたら、元も子もないからね。
だから、ユキメ達が国民を解放するまでは、こいつを引き止めなければならない。
「もしあんたが私に勝つことができたら、アイリス女王の居場所を教えてあげる」
「そんな約束をして、後悔しても知らんぞ」
私は魔神爪サイカを装着し直し、気合いを入れた。
一方、ユキメとレイロフはハイドの魔法を駆使し、順調にネレディクト軍を無力化していった。
「ユキメ、次はどこだ?」
「町中は終わりです。あとは、城内のネレディクト軍だけです」
テルメピスト内には、最低限のネレディクト軍しか残されていない。
その筈なのに、グラッドが来た途端、兵士達は人が変わったかのような統制された動きを見せていた。
これが、グラッドの持つ統率のスキルの効果である。
しかし、このスキルにはデメリットが存在する。
それはこのスキルの効果が切れると、統率されていた者に、状態異常:混乱が付与されてしまうというもの。
サキはこのことを危惧していたのだ。
そしてユキメとレイロフは、このスキルの存在を知らなかった。
だから、最低限の人数しかいないネレディクト軍に、人質を取られてしまったのだ。
「スキルって、厄介なものですね」
「だが、有用でもある。使い方を間違えなければ、これほど頼もしいものもない」
「ハイドの魔法が見破られたのも、スキルのせいでしょうか?」
「その可能性は高いだろう。カグラの持つ洞観や看破の目は、本質を見抜くスキルだからな。ハイドの魔法が見破られたのも、そのようなスキルをアナスタシオスやグラッドが持っていたからだろう」
それを聞いたユキメは、自信を失いそうになった。
自分の魔法は絶対だと、揺るぎない自信を持っていたが故に、スキルの方が有用であると知ってしまったからだ。
「次の場所はどこだ?」
「………」
「おい、ユキメ」
「は、はい?」
「落ち込むのは後だ。今は目の前に集中しろ」
レイロフに言われ、どうにか気を取り直したユキメだったが、これは傷が深いだろう。
「……ユキメ」
「はい、何でしょう?」
「確かに、スキルは有用だ。魔法では及ばない部分もある。だが、スキルも魔法も万能ではない。どちらも互いに、一長一短がある。それにお前は、魔法によるスキルの代用まで使っているじゃないか。お前には素質があるんだ、自信を持て」
レイロフなりの励まし方に苦笑しつつ、ユキメは気が楽になった。
ユキメの魔法はサキが認めている。
そしてレイロフも、素質があると言ってくれた。
それは誇りとなり、ユキメの自信へと繋がった。
ユキメに、いつもの笑顔が戻っていた。
「レイロフさん、次は二階です」
「了解だ」
この事をきっかけに、ユキメはスキルに勝る魔法を作り出して、皆の役に立とうと心に決めたのだった。