79 ジュエリス攻防戦 後編
ティターンは右手に持った棍棒を振りかざすと、地面目掛けて豪快に振り下ろした。
地面は大きくへこみ、それと同時に衝撃波が辺りに広がる。
私……と、何故かシルバ隊長以外の兵士は、敵も味方も関係なく、その衝撃波に吹き飛ばされてしまった。
まったく、あれで誰か死んだら怒るよ?
と言うかシルバ隊長、なんであんたは無事なのよ?
ステータスだってそんなに高くないのに。
「へー、耐えられる奴が居るんだ。だからと言って、ボクの敵じゃないけどね」
まるで生まれた時からエリートのような、相手を見下すような喋り方をやめろと言いたい。
ティターンは左手を力強く握り締め、大きく振りかぶった。
叩き潰すつもりか。
私がティターンの攻撃を受け止めようとした時、私は目を疑った。
受け止めようと構えている私を後目に、シルバ隊長はティターンに向かって走り出していた。
「ティターン、そいつから始末しろ」
当然、ティターンの攻撃はシルバ隊長に向く。
ここからじゃ間に合わない。
「舐めるな!」
シルバ隊長はティターンの攻撃をジャンプして躱し、ティターンの腕に着地した。
そしてそのまま、ティターンの腕を駆け上がっていく。
見た目に似合わず、なかなか格好良いじゃないか。
ティターンは腕を駆け上がるシルバを捕まえようとするが、それすらも避けきり、ティターンの頭を越えるほど大きく飛び上がった。
「ボクより高い場所に行くな!」
ユノは多数の魔法を展開し、シルバ隊長目掛けて撃ち放った。
そんなの撃ち込んだら、シルバ隊長が死んでしまうではないか。
私は魔力の翼を生成し、一気に隊長のもとまで飛翔した。
そして魔法が着弾する寸前、どうにか隊長を回収することに成功した。
「挨拶代わり、受け取れ」
私は数発の魔法を展開、ユノ目掛けて放ちつつ離脱した。
「離せ魔王! 何故止める!」
「……ネレディクトを忌まわしいって言ったと思ったら、今度はネレディクト相手に玉砕覚悟。何か事情でもあるの?」
「それは……」
挨拶代わりの魔法は、どうやらティターンが防いだようだ。
ユノは私に向けて、さらに魔法を放っている。
その全てを避けきったところで、私はシルバ隊長を地上へ降ろしてやる。
「魔王、良いことを教えてあげるよ。その隊長の息子はね、帝国を偵察してたんだ」
「あ、そう。それで?」
「チョロチョロと目障りだったんだよね。邪魔だったから殺してやったよ」
シルバ隊長は、ユノを睨みつけた。
いや、隊長の怒りも分かるんだけどさ、クソガキが喋るんじゃねえ。
「貴様が……貴様がルークを!」
「何をそんなに怒ってるの? お前たちだって目の前を蚊が飛んでたら、邪魔だと言って叩き潰すだろ?」
ブチっと何かが切れる音は、恐らくシルバ隊長もユノも聞こえただろう。
ああ、そうさ。
ブチ切れたのはシルバ隊長ではなく、私なんだよ。
このクソガキめ、お前を見てるとあいつを思い出すんだよ。
だから。
「少し黙ってろクソガキ。さもないと……殺す」
「お前が? ボクを? やれるものなら、やってみなよ」
私は一瞬にして、ティターンの頭上まで飛翔した。
そして魔神爪サイカに魔力を充填し、上から下へティターンの体を真っ二つに引き裂いてやった。
ティターンの真っ二つになった体は、大地を鳴らしながら崩れ落ちた。
ティターンはモンスターだ、殺したって構わない。
「こ、こいつ! よくもティターンを!」
「……黙れ」
どうにか着地したユノは、私に向かって様々な魔法を放っている。
残念だけど、今の私はブチ切れモードだ。
その程度の魔法では、私にダメージは与えられない。
私は悠然と、ユノへ向かって歩を進める。
「こ、この化け物!」
至近距離まで近づいた私に対し、ユノは剣を抜いて斬りかかってきた。
このド素人が。
私は素早く剣を取り上げ、足をかけて転ばせてやった。
顔面からいったか。
起き上がろうとするユノの髪を鷲掴みにし、ユノの足が地面に着かなくなるまで持ち上げる。
「は、離せ化け物!」
私は魔神爪サイカに、さらに魔力を充填した。
魔神爪サイカは、歪で禍々しい形状へと変化していく。
さすがに、どれだけの魔力が充填されたか理解したようだ。
ユノの顔から、恐怖が滲み出ている。
「クソガキ、よく聞け。お前はこれから、ネレディクト軍を撤退させろ。そして、帝国に帰ったらロムルスに、絶対に魔王を怒らせるなと伝えること。それが出来ないのなら」
私はユノの喉元に、魔神爪サイカを突き付けた。
ユノの、私に対する恐怖心が強くなっていく。
「わ、分かった……言う通りにするから、殺さないで……」
今にも泣き出しそうだ。
ここで泣かないのは、エリートのプライドからだろう。
まったく、可愛げのない。
私がユノを離してやると、ネレディクト軍は瞬く間に撤退を始めた。
私の力を目の当たりにしちゃったし、仕方がないよね。
そして、ジュエリス軍と騎士団は歓喜の雄叫びを上げている。
うむ、見事な勝利だ。
負傷者は出たものの、死者は出ていない。
上手くいって何よりだ。
さて、呆然と立ち尽くすシルバ隊長の鳩尾を、私は少し強めに殴ってやった。
吹き飛びはしなかったものの、シルバ隊長はその場に膝をついた。
そしてシルバ隊長の目の前にしゃがみ込み、目線をシルバ隊長に合わせた。
「シルバ隊長、殴られた理由は分かりますか?」
「……私情を、挟んだからか」
「それだけではありません。親族を喪う苦しみは痛いほど分かりますが、それで自暴自棄になり、貴方は大切な部下の命を危険にさらしたのですよ?」
「しかし!」
私はシルバ隊長の胸ぐらを掴んだ。
お願いだから、これ以上怒らせないでほしい。
「貴方は私とは違う! 貴方が死んだら、貴方には悲しむ家族が居る! 貴方だけの命ではありません! 身勝手な動機で、無駄に命を散らさないでください!」
「それは魔王も同じだろう! お前が死んだら」
「国民は悲しんでも、私には涙を流してくれる家族は居ないのよ!」
「……!」
シルバ隊長は何も言えなくなった。
周りの兵士も黙ってしまったけど、私は構わず続けた。
「私には喪う家族も、私が死んで悲しんでくれる家族も居ない。でも、家族を喪う苦しみは、その悲しみは嫌と言うほど経験してきた。だから私は、誰にも死んでほしくないのよ。この悲しみは、家族全てを喪う悲しみは、私だけが背負えば良いんだから」
私はシルバ隊長を離した。
そして、呆然と立ち尽くす兵士達をかき分け、カグラのもとへと戻った。