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74 鍛冶王国

 ゴルドロット商売王とシルバ隊長に大まかな説明と作戦内容を伝えた私は、再びカグラに頼んで騎士団と共に、ドルフノルス鍛冶王国へ訪れた。

 さすが鍛冶王国と呼ばれるだけあって、鉄や炉の臭いが煙に乗って充満し、辺りでは鉄を打つ音が鳴り響いていた。

 恐らく、兵士用の武具を急ピッチで仕立てているのだろう。

 ……あるいは、ネレディクトへの献上用か。


 さて、ブラハ王に会わなければならないけど、ジュエリスの二人のような説得は難しいかも。

 彼は言わば職人気質の王だ。

 王と言う立場ながら、その本質は鍛冶屋なんだろうね。

 寡黙で気難しく、それでいて決めたことは曲げず職人ならではの拘りを持っている。

 抵抗すると決めたら徹底抗戦の構えを示すだろうし、戦わないと決めたら属国化も厭わないだろう。

 極端と言うか面倒くさいと言うか。

 正直なところ会いたくないけど、状況が状況なだけに仕方がない。


 私達は兵士に案内され、王城内に設営された作戦司令部へ通された。

 そこにはブラハ王と、何故かコルタの姿があった。

 こんなところで、いったい何を?

 と思ったら、コルタは顔を伏せて出て行ってしまった。

 どうやら、私には気づかなかったようだけど……。



「ブラハ王、セラメリア王国が救援要請に応じてくれました」

「来たか」



 ブラハ王は兵士を下がらせた。



「直接会うのは、これで二度目だな。しかし、魔王が直接出向くとは。救援に応じてくれた事には感謝するが、我が国は魔王にとって重要な拠点でも無かろう。何が目的だ?」



 あら、寡黙だって聞いてたけど、意外と喋るわね。

 それにしても、目的か。

 裏があるように思われてるのかな?



「我々の目的はただ一つ。無血の勝利です」



 それを聞いた瞬間、ブラハ王は大声で笑い出した。



「究極の幻想だが、無理だからと言い訳をする輩よりはマシか。気に入ったぞ」



 おお、一発で気に入られたよ。

 これなら事を運びやすい。



「この幻想、魔王なら実現させる事が出来るのか?」

「私達だけでは難しいでしょうが、ドルフノルス軍の協力もあれば必ずや」

「お前は前魔王と何処か違うと思っていたが、なるほどな。……分かった、我が軍を好きに使うと良い。ただし、一つだけ条件がある」





 王城の中庭。

 そこは、ここが鍛冶王国だと言うことを感じさせないほど、見事な薔薇の庭園だった。

 中央には噴水のある広場があり、その噴水の縁にコルタは座っていた。

 こんなに落ち込んでるコルタを見るのは初めてだ。

 どう声をかけよう?



「ん……魔王ちゃん? どうしてここに?」

「ちょっとね。隣、良い?」



 無言で頷くコルタを見て、私はコルタの隣に座った。

 穏やかな風が薔薇の香りを運ぶ。

 ネレディクトが侵略しようとしているなんて、嘘のようだ。

 この庭園を満喫していたいけど、ブラハ王からの頼まれ事を片付けないとね。

 さて、どう切りだそうかな?



「コルタ、差し支えなければ聞かせてほしいんだけど」

「うん?」

「コルタは、どうしてこの国に?」

「それは……」



 コルタは答えなかった。

 普段は明るくて男前なコルタが、こんなにしおらしくなっちゃって。



「じゃあ、私が先に、この国を訪れた理由を話す。だからコルタも、この国を訪れた理由を答えてね?」

「……ああ、分かったよ」



 私は、テルメピストが陥落したことを伝え、更にこの国が直面している問題を隠さず伝えた。



「そっか。だから……」

「さあ、今度はコルタの番」

「仕方ねえな、分かったよ。……あたしがこの国を訪れた理由は、伯父さんに呼ばれたからだ。どうしても、あたしに話しておきたい事があるって言ってね」



 コルタの伯父、それはブラハ王だ。

 ブラハ王の姪がコルタと言うことになり、つまりコルタは王族だ。

 で、ブラハの頼みってのが、コルタと仲直りをしたいと。



「その、話しておきたいことって?」

「……あたしの親父についてだ」

「お父様?」

「あたしの親父は、あたしが小さい頃に亡くなってるんだ」



 それは……聞いてはいけなかったか。



「良いよ、魔王ちゃんが気にする事じゃない。と言うか寧ろ、魔王ちゃんには聞いてほしいかな」

「でも、辛くない?」

「良いんだよ。あたしが、魔王ちゃんに聞いてほしいって、魔王ちゃんになら話せるって思ったんだから」



 笑顔でそう答えたけど、そんなの嘘だ。

 私の両親も、早くに他界している。

 両親のことを思い出すだけでも、胸が張り裂けそうなほど辛い。

 ましてや、他人に話すなんて……。



「あたしの親父は、有名な鍛冶職人だった。そして母さんも、ドワーフでは有名な職人だったんだ。魔王ちゃんには黙ってたけど、実はあたし、ドワーフと魔族のハーフなんだ」

「ハーフ……」

「親父も母さんも、鍛冶に関してはとても厳しかった。でも、普段はとても優しかったんだ。あたしは、そんな両親が大好きだった」



 ああ、駄目だ。 もう泣きそう。



「あたしが十歳になった頃。親父は伯父さんに呼ばれて、ドルフノルス鍛冶王国へ出掛けた。玄関先で見送った後ろ姿は、今でも鮮明に覚えてるよ」



 駄目だ……駄目だ。

 涙が溢れてきて……。

 この話、最後まで聞く自信がない。



「親父は、伯父さんの鍛冶仕事を手伝っていたんだ。夢を叶える為だって言ってたっけ。でもある日、工房で作業をしていたら突然、棚の上に飾っていた武器が崩れ落ちてきた。一緒に居た伯父さんは無事だったけど、親父は……帰らぬ人となった」

「うぅ……ぐすっ……」

「それを聞いた私は、夜な夜な泣いていた。それは、母さんも同じだった。あたしには、泣いてる姿を見せなかったけど、母さんの目に涙の跡が残ってたのは覚えてる」



 もう、涙で前が見えません。

 コルタ、普段は明るいのに、こんな過去が。



「それから母さんは、鍛冶仕事をしなくなった。それどころか、ご飯もろくに食べられなくなって、数年後には母さんも他界した。その後はじいちゃんに引き取られて、あたしは両親の仕事を継いだんだ」

「コルタ……なんて良い子なの……」

「魔王ちゃん、泣きすぎ」

「だって……」



 コルタがこれまで、どれだけ辛い思いをしてきたか分かるから。



「……大丈夫? 続けるよ?」

「ぐすっ……うん……」

「あたしは、あの日からずっと……伯父さんを恨んでた。伯父さんは悪くないと分かっていながら。そしたら昨日、伯父さんから手紙が届いたんだ。どうしても話しておきたい事があるって。伯父さんは何も言わなかったけど、どうしてこのタイミングだったのか、今なら分かる。伯父さんは、ネレディクトに戦いを挑む。最後になるかもしれないから、あたしに何かを伝えたかったんじゃないかな。……結局、その何かは分からなかったけどね」



 これは、私が解決することじゃない。

 二人がちゃんと話し合って解決しないと。

 そして私も、最後にさせるつもりはない。

 私は何とか涙を拭いて、未だ震える声でコルタに言った。



「コルタ。もう一度、伯父さんに会おう。そして、ちゃんと話し合おう。今ならまだ間に合う」

「でも」

「このままだと、コルタも伯父さんも、きっと後悔する。だから、行こう」



 最後になんかさせないけど、互いに気持ちを伝えないと。

 お節介だと思われても良い。

 私は、この二人を放っておけない。

 私はコルタの手を掴み、ブラハ王のもとへ向かった。



 コルタを連れた私は、玉座の間の扉を勢い良く開けた。

 ここまで来て怖じ気づいたのか、コルタは私の手を離そうとしている。

 でも、それは私が許さない。

 私は無理やり、コルタをブラハ王の前まで引き連れた。



「コルタ……」

「伯父さん……あたし」



 ブラハ王は何も言わず、アタッシュケースのような箱をコルタに差し出した。

 コルタがその箱を開けると、中には一振りの武器が置かれていた。

 それは、魔神爪サイカのような武器だった。



「これは?」

「お前のお父さんの追い求めた夢であり、私の夢の跡でもある」

「これが、親父の……」


 コルタは涙を流していた。

 つられて私も、涙が溢れてくる。




「私達は、古の伝承にある伝説の武器を作ろうとしていた。それが、私達の夢だった」

「親父の夢……」

「これはまだ未完成だ。そして私は、こいつを完成させる事が出来ないだろう」



 その言葉の意味するところは……。

 そんなの駄目、駄目に決まってる。



「コルタよ。お前のお父さんが追い求めた夢、継いでみないか?」

「………」

「コルタ……」

「ああ……分かったよ。その代わり」



 コルタは震える声を押し殺しながら、握り拳をブラハ王に突きつけた。



「絶対に、生きて帰ってこい! もし死んだら……絶対に、絶対に許さないからな!」



 涙が、涙が止まらねー!

 その後どうなったのか分からないけど、気がついたら私は、中庭でカグラになぐさめられていた。

 まあ、上手くいったんだろう。

 ようやく涙が収まった私は、次の目的地へと向かうことにした。

 思い出しただけで、涙が止まらなくなるから。

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