73 救援要請
私の目の前に居る大柄の騎士、名をシルバと言うらしい。
ジュエリス軍の隊長で、ゴルドロットの弟だそうだ。
兄弟とは大抵似るものだというけど、この兄弟は似ているところがない。
うむ、ないと断言して良い。
それだけ似ていない。
本当に兄弟か?
おっと、いつもの癖で、余計なことを考えていた。
目の前の堅物を説得しないと。
「救援要請に応えてくれたのはありがたいが、お前は誰だ?」
シルバは疑いの眼差しを私に向けている。
私の顔は知られてないからね、疑うのも仕方がない。
「馬鹿、このお方は魔王様だ!」
「ほう。どの様な御仁かと思っていたのだが、かような小娘とはな」
いちいちイライラする言い方だけど、この際気にしない。
だってこれから、シルバの方がイライラするだろうからね。
「ゴルドロット商売王、そしてシルバ隊長。我がセラメリア王国は、ジュエリス商国の救援要請に応じます。この危機的状況を、共に脱しましょう」
「確かに救援はありがたいのだが魔王よ。金貨を支払えば、これ以上の侵略はないとネレディクト側から持ち掛けられたのだ」
「まさか、そんな提案に乗るつもりですか?」
「民の命には代えられん。金が欲しければ、いくらでもくれてやる。それで、民の命が守られるのなら」
そんなうまい話があるわけがない。
金を払ったら最後、ネレディクト帝国はジュエリス商国を資金源とするために属国化を謀るだろう。
そうなればこの富豪国は、あっという間に絞り尽くされてしまう。
命はあっても、その後のジュエリスは悲惨なものになる。
貧困の苦しさは、痛いほどよく分かってる。
だから、そんなことはさせない。
「ゴルドロット商売王。そこまで民のことを思っているのなら尚更、金貨を支払ってはいけません。それに私は、戦争をするために救援に応えたわけではありません。この戦いを、何の犠牲もなく終わらせるために来たのです」
そう、無血の勝利を納めるには、ジュエリスの協力は絶対だ。
「少しは言うと思ったが、やはり小娘だったか。そんな甘い考えでは、戦争では生き残れんぞ」
やっぱり、シルバは反発してきたか。
でもそれは、兄以上にこの国を考えてのこと。
だったら私は、他の選択肢を除外してやるまでだ。
「シルバ隊長。貴方は恐らく、兄以上に国のことを、そして民のことを考える武人だと見受けました。確かに戦争とは、貴方の言う通り、考えの甘い者から死んでいくものです」
「そ、その通りだ」
思った通り、シルバは軍人かぶれだ。
こんな平和ボケした世界で、大きな戦争なんか五百年は起こらなかった世界で、戦争の何たるかを語ってもらっては困る。
揺さぶれば、すぐに折れるだろう。
「ですが貴方は、戦争で戦う相手側のことを考えたことはありませんか?」
「相手の事だと?」
「戦争に兵士として駆り出された者達は、どなたも皆、人であり国民なのです。民の命を最優先に考えるのなら、まずは戦場で戦う兵士の命を最優先に捉えなければならないはず。ならば我らの戦いは、命を奪い合う戦いに非ず。人命を守るための戦いなのです」
よしよし、シルバの心が揺れてきた。
ここから更に追い込んでいこう。
「話は分かったが、ではどうすれば良いのだ。ネレディクトに侵略されるのを待てと言うのか?」
「そうではありません。私に全てを任せて頂ければ、誰も命を落とすことなく、この戦いを終わらせて見せますが?」
「お前に任せると言うことは」
「ジュエリス軍の全権を、私に譲ってほしいのです」
「ふ、ふざけるな!」
シルバは怒りにまかせて私の胸ぐらを掴んだ。
しかし、その怒りは私に対してではなく、決断付けられず迷いに迷っている自分に向けてのものだった。
そう、私が選択肢を除外したせいで、シルバはどうすれば良いのか分かっていないのだ。
これなら些細なことでも、シルバの心は折れるだろう。
私はシルバの手に、そっと自分の手を乗せ、風音魔法でシルバにだけ話しかけた。
「この条件を飲んでいただければ、戦後処理も我が騎士団にやらせましょう。ですが、もし貴方が条件を飲めないのであれば、我々はジュエリスから撤退します」
「う……ぐぬぬ……」
「とは言え、貴方には隊長としてのメンツもあるでしょう。そこで、もう一つだけ提案します」
藁にもすがる、シルバはそんな表情だった。
「私の出す指示通りに、隊長である貴方がジュエリス軍を動かしてくだされば、それでも構いませんよ?」
結局は同じことだ。
私が直接指示するか、間接的に指示するか、それだけの違いだ。
「……分かった。お前の条件を飲もう」
「そう言っていただけると、信じていましたよ」
そう答えるしかないように、私が仕向けたんだけどね。
「では、これから細かい作戦を伝えます。宜しいですね?」
大柄だった体が小さく見えるほど、シルバは精神的にやつれていた。
でもそれは、私には関係のないことだ。
恨むなら、私を怒らせた魔帝ロムルスを恨むんだね。