72 陥落
国王会議から数日、私は混乱の収拾に奔走していた。
まさかロムルス国の独立が、これほどまでに影響を与えるとは、正直思ってもいなかった。
エレヌスさんに相談しようと思ったのに、どこを探しても見つからないし。
「魔王様、ご報告いたします!」
騎士が血相を変えて玉座の間に飛び込んできたけど、また従者が逃げ出したか?
本当に勘弁してほしい。
ロムルスが独立を宣言してからと言うもの、魔王城内は酷い有様だ。
独立したから侵略戦争をしてくるだとか、根も葉もない噂が飛び交っている。
噂の独り歩きと言う奴だ。
そして、その噂を信じ込んだ従者達が、ことごとく逃げ出そうとしている。
逃げたところで、何が変わるというのだろうか。
「魔王様?」
「ん? ……ああ、ごめん。報告して」
「はっ! 先ほど、伝令から通達がありました。テルメピスト王国がネレディクトの軍に襲撃され……陥落した模様です!」
はぁ!?
あの馬鹿ロムルスは、なんて事をしてんだ!
「更にジュエリス商国、ドルフノルス鍛冶王国もネレディクト軍の攻撃を受けており、両国から救援要請が出ております!」
「………」
「魔王様!」
「……みんなを集めて。どうするか話し合うから」
「はっ!」
騎士は玉座の間から出て行った。
陥落……実際にこんなことが起こるなんて、かなりショックだ。
アイリス女王やテルメピストの民は無事なのだろうか?
いつものみんなと爵位持ち貴族が集まったところで、先ほどの騎士に何が起こったのかを、もう一度報告してもらった。
騎士の報告を聞いて、その場にいた全員が険しい表情を浮かべている。
「みんな、状況は最悪な方向へと進もうとしている。手遅れになる前に、みんなの力を貸してほしい」
「力を貸す。それは我らに、戦争をしろという事ですか?」
ドランがそう聞いてきたけど、そんなつもりはない。
「ジュエリス商国とドルフノルス鍛冶王国への救援及び、テルメピストの奪還。これを、誰も死なず誰も殺さず遂行してもらいたい。そのために、みんなには力を貸してほしいの」
「死なず殺さず……。魔王様は現状を理解していなさすぎます。これは、ネレディクトによる侵略戦争。被害を出さずに解決など出来ません」
やっぱり、そう簡単に説得なんかできないか。
でも無血の勝利、必ずしも不可能ではない。
「私の考えを説明する。本当に不可能かどうか、それを聞いてから決めてほしい」
私は急遽作らせた勢力図を、テーブルの上に広げた。
ネレディクト帝国はセラメリア王国の東。
テルメピスト王国はネレディクトの更に東に位置していて、そこから遥か東にエレヌスさんの小屋だ。
ネレディクト帝国の南にはドルフノルス鍛冶王国、北にはジュエリス商国。
そう、ネレディクト帝国は諸国に囲まれている。
ネレディクト帝国が侵略していく上で、どこが手を出しやすいか。
それは、他国に隣接していない、ある意味孤立しているテルメピスト王国だ。
そこから間髪入れずに、北と南を抑える。
平和ボケしたこの世界だ、兵の数も最小限で済んでしまう。
考えてはいるようだが、攻めやすい所から攻めるしか、選択肢がなかったとも取れる。
つまり、まだ軍備の拡張には至っていない。
元々、小国と呼ばれるほど規模の小さい国だ。
捕虜を洗脳して徴兵するにも時間がかかる。
止めるなら今だ。
戦力を増やしていない、このタイミングしかない。
別に私は、戦争を仕掛けるつもりはない。
これから起こる戦いは戦争ではなく、ネレディクト帝国に対する抵抗だ。
魔帝ロムルスは多少頭が回るようだが、前世で様々な戦略シミュレーションゲームをプレイしてきた私に、勝てるとでも思っているのか?
私を敵に回したこと、後悔させてやる。
作戦を説明してから一時間。
準備を整えた私は、騎士団と共にジュエリス商国を訪れた。
カグラの転送大方陣のおかげで、騎士団の移動に時間がかからないのは本当に助かる。
さて、町はまだ無事のようだけど、今は一刻の猶予もない。
この戦いを指揮しているはずの、商売王か隊長に会わないと。
ジュエリス軍の本部は、町の中央にある塔に設営されたようだ。
私達はジュエリスの兵士に案内され、塔内部の本部を訪れた。
「いい加減にしろゴルドロット! そんな簡単な話ではないのだぞ!」
作戦司令部の表札のある扉を開けようとした瞬間、室内から怒声が聞こえてきた。
いったい何を話しているのかなんて、分かり切っていることだ。
ジュエリスは、世界屈指の富豪国だ。
ジュエリスの王、ゴルドロット商売王は、この戦いを金で解決しようとしたんだろう。
金の亡者め。
「お取り込み中、失礼します」
「何だ?」
「セラメリア王国より、救援部隊が到着しました!」
報告の兵士の声から、喜びと安堵感が伺える。
余程、緊迫した状況だったんだね。
室内に居たのはゴルドロット商売王と、大柄の騎士だった。
こいつが隊長か、いかにも堅物そうだ。
さて、上手く説得できるかな?