71 平和の終わり
ロムルス王の放った言葉に、その場にいた全員が耳を疑ったことだろう。
いったい誰が、この事態を予想しただろうか。
「小国ロムルスはネレディクト帝国と名を改め、セラメリア王国から独立する事を此処に宣言する!」
会議室がどよめきに包まれる。
こいつ、よりによって。
「静粛に! 静粛に!」
ロウゲン王がどうにか宥めるも、各国の王達は不安と驚愕の入り混じった表情をしていた。
「ロムルス王、何事にも手順と言うものがある。それこそ、この国王会議で過半数の賛成を得るか、独立戦争でもしなければ」
「ロウゲン王、私は面倒な事が嫌いなのだよ」
ロムルス王がパチンと指を鳴らすと、魔法陣から兵士達がなだれ込んできた。
その鮮やかな手際の良さは流石としか言えず、私達は瞬く間に取り囲まれてしまった。
「さあ、もう一度言おう。我がロムルスはネレディクト帝国と名を改め、セラメリア王国から独立する事を此処に宣言する」
兵士達は剣を抜き、王達の首元に突き付けた。
「お前達の魔力は、私の魔力感知で見張っている。魔法のひとつでも使えばどうなるか」
分かってる。
だから私も、手が出せずにいるんだ。
「どうか冷静な判断を。勇気と無謀は異なるからな」
「わ、分かったから、剣を納めさせろ」
ロムルスはもう一度指を鳴らすと、兵士達は剣を鞘に納めた。
ロウゲン王は悔しさを押し殺しながら、ロムルス王に話しかけた。
「お前の目的は何だ、ロムルスよ」
「答えると思っているのか? さあ、議長よ。国王共に賛否を問え」
「……分かった。ロムルス国は独立し、ネレディクト帝国とする。これに賛成する王は沈黙を以て答えよ」
私を含め、その場にいた誰もが言葉を発しなかった。
「では、本日この時よりロムルス国は独立。以後、同国はネレディクト帝国とする」
まさかこんなことを仕出かすとは、思いもしなかったよ。
でも、どうしてロムルス王は独立を?
ロムルス国のままでも、問題はなかったはず。
〔国王会議により、小国ロムルスはネレディクト帝国となりました〕
〔ロムルスのスキル:国王がスキル:魔帝へ進化しました〕
〔各種ステータスが大幅に上昇しました〕
〔スキル:魔帝によりロムルスの種族が変化〕
〔ロムルスは種族:魔族から種族:魔帝へ変化しました〕
〔各種ステータスが大幅に上昇しました〕
「王達よ、感謝するぞ」
ロムルス王改め魔帝ロムルスは、高笑いをしながら会議室から出て行った。
兵士達も後を追うように、会議室から瞬く間に退出していった。
残された王達は、何も言えずにいた。
いったい誰が、何を言えようか。
まったく、セラメリアとサーペントだけで手一杯だったのに、どうして面倒なことばかり起こるんだろう?
……帝国に変わったところで、今すぐ何か行動を起こすわけでもないだろう。
ネレディクト帝国の動向を探らせつつ、今は様子を見る。
それしかできないって。
「……では、国王会議はこれにて閉幕とする。国王達よ、ご苦労であった」
大広間に戻った私達は、ロウゲン王と共に今後について話し合うことになった。
「サキ殿、此度の件は何と言ってよいか」
「ロウゲン王が落胆されることではありません。それよりも、ロムルス帝国が今後、どのような行動に出るかが問題です」
「サキ殿は強いな」
強くない。
内心、めちゃくちゃ焦ってるし、とてつもなく不安だ。
でも、それを嘆いたところで進展なんかない。
起こってしまったことは仕方がないし、これからのことを考えないと。
後ろは振り向かない、真っ直ぐ前だけ見る。
そう、いつも通りに、行き当たりばったりでやっていけば良いんだ。
「サキ殿、ロムルスは何を考えているのだろうか?」
「それは私にも分かりませんが、もしかしたらスキルが目的だったのではないでしょうか?」
「スキル? あの魔帝のスキルか?」
どうやら、あの場に居た全員に、システムアナウンスが入ったようだ。
つまり、それだけ重要なスキルだってことになる。
ライブラリで調べてみようか。
〔魔帝:魔族の帝国を統治する者が手にするレジェンドスキル。このスキルは世界に一人しか所有する事が出来ない。全てのステータスに大幅なプラス補正が掛かり、種族も魔帝に進化する。種族:魔帝はFエネルギーを吸収し、自らのステータスへと変換する事が可能となる〕
Fエネルギー?
〔Fエネルギー:生物の放つ感情エネルギーのひとつ。権限LVが不足している為、これ以上は表示出来ません〕
「サキ殿、どうかされましたかな?」
「いいえ、何でも。ロムルスが何を企んでいるのかは分かりませんが、ロムルスは属国と言う鎖から放たれ、自由となってしまいました。何が起こっても不思議ではありませんし、用心しておいた方が良いと思われます」
それは私も含めてだ。
これだけ引っ掻き回されてしまうと、ライブラリ以外での情報収集が困難になる。
……まさか、それも狙いなのか?
サーペントやセラメリアに、目を向けさせないために?
「私は独自に、ネレディクト帝国の動向を探らせるとしよう。サキ殿も何か情報を掴んだら、すぐに知らせてほしい」
「分かりました」
「それから、サキ殿はもう、国に帰られた方が良いだろう。属国が独立したのだ、混乱や事後処理に追われるだろうからな」
「お気遣いいただき、感謝いたします」
私達はロウゲン王に別れを告げ、サクラノ王国をあとにした。