67 DISC
私は、キルナス迷宮の祭壇の前に居た。
肩の傷も腕の痛みもなくなってる。
あれは、いったい何なのだったのだろう?
夢にしてはリアルだったし痛みがあったし、セラメリアが力ずくでとか何とか言ってたから、あれは魂の世界か精神の世界だったりするのか?
……あまり深く考えない方が良いのかもしれない。
目の前の祭壇に祀られていたのは、一枚のディスクだった。
いかにも中世風のこの世界に、どうしてこんなものがあるのか。
セラメリアは、これが何なのか理解していたみたいだし、余程重要なアイテムなんだろう。
とにかく持ち帰ってエレヌスさんに報告しようと、私はディスクに触れた。
〔魔王:サキに対して対象ディスクのデータをダウンロードします〕
〔ダウンロード完了〕
〔魔王:サキはチートアイテム:ハッキングプログラムを獲得しました〕
〔権限LV8になりました〕
〔システム内ライブラリの閲覧が可能になりました〕
〔スキルの獲得条件を満たしました〕
ディスクはまだ目の前にあるが、このディスク内のデータを手に入れることはできたらしい。
いや、それよりもだ。
これは、とんでもないものを手に入れたんじゃないか?
アイテムのジャンルもチートアイテムだったし。
エレヌスさんは、どうしてディスクの存在を知っていたんだろう?
じゃなければ、私をこんな迷宮に送り込むはずがない。
……本人に直接聞くしかないか。
私はダンジョンメニューから魔王城へと戻った。
魔王城へ戻った私は、カグラの転送魔法陣からエレヌスさんの小屋へ向かった。
今日は邪魔してくる輩も居ないね。
私は小屋の扉を開けた。
しかし、小屋の中には誰も居なかった。
出かけてるのか?
置き手紙もないし、どこに行ったんだろ?
……試してみるか。
妖精さん、ライブラリを表示して。
〔魔王:サキよりライブラリ閲覧要請あり〕
〔システム内ライブラリを表示します〕
私の目の前に、人族や魔族、それからモンスターなど様々なジャンルの名前が表示された。
試しに人族を選択すると、恐らくこの星に住む全てであろう人族の名前が表示された。
そこから、予言者エレヌスを表示っと。
〔該当するデータは存在しません〕
……え?
データが無いってどういうこと?
じゃあ、試しにカグラ……はシステム外の転移者だから、アナスタシアを表示してみようか。
これで駄目だったら……。
〔アナスタシア・レイクロフト:魔王に仕える側近〕
〔総合戦闘力:B+〕
〔総スキル数:0〕
〔対象の現在地:魔王城1F中庭〕
〔詳細〕
必要最低限の情報が表示された。
たぶん、詳細を選択すると色々と見れるんだろうけど、さすがに他人のプライバシーを覗き見るような真似はしたくない。
……ダンジョンメニューでみんなの様子を見てたけどさ、それとこれとは話が別だよ。
それにしても、エレヌスさんの情報が表示されないのは何故だ?
そもそもデータが無いって表示されたし、あの人はいったい?
そうだ、セラメリアについても調べてみよう。
あいつのことが分かれば、対策だってできるでしょ。
〔セラメリア・ネレ・アルシウスのデータはプロテクトされています〕
だろうね。
一筋縄ではいかないか。
もしかしてこれに、ハッキングプログラムを使えってことなのか?
「何をしておる?」
び、びっくりした……。
突然背後から話しかけるのはやめてほしい。
振り返るとそこには、紙袋を持ったエレヌスさんが小屋の入り口に立っていた。
買い物にでも行ってたのか?
「キルナス迷宮をクリアしたから、その報告に」
「おお、制覇したのか。思ったよりも早かったな」
エレヌスさんは紙袋の中から、スミロンの実を取り出し、私に差し出した。
スミロンの実は、簡単に言えば蜜柑のような果実だ。
皮も種も食べられるし、甘くて美味しいから私は好きだ。
「祝いの品は、後日改めて送らせてもらう。今はそれで我慢しとくれ」
私はスミロンの実を受け取った。
帰ってから食べることにしよう。
エレヌスさんは紙袋をテーブルに置くと、安楽椅子に腰をかけた。
「さてサキちゃん。あれを手に入れた感想を聞かせてもらえるかの?」
「感想って言われても、ただただ凄いとしか。ああ、そうだ。あれを手にしようとした時、セラメリアに邪魔をされたよ」
エレヌスさんの顔つきが変わった。
「……セラメリアちゃんは、何か言っていたか?」
私は思い出せる限り、セラメリアの言っていたことをエレヌスさんに伝えた。
全てを聞き終えたエレヌスさんは、背もたれに寄りかかり溜め息をついた。
そしてただ「そうか」と答えるだけだった。
「エレヌスさん。セラメリアはまだ、私を狙ってると思う?」
「セラメリアちゃんの言葉を信ずるなら、サキちゃんはターゲットから外れたことになるが……まだ何とも言えんの」
「それじゃあ、私以外にセラメリアが復活できそうな肉体に心当たりは?」
「……いいや、残念ながら」
エレヌスさんは、何かを隠してるような素振りを見せた。
隠してるということは言いたくないってことで、私はそのことを無理に聞き出すつもりもない。
調べる方法なら、いくらでもあるからね。
「分かった。その辺りのことは、私が調べるよ。もうひとつ聞きたいことがあるんだけど、良いかな?」
「なんじゃ?」
「エレヌスさんは、どうしてあれの存在を知ってたの?」
エレヌスさんの表情が曇る。
エレヌスさんは隠し事が多いね。
ただ、あまりにも隠し事が多いと、私はエレヌスさんを疑わなければならなくなる。
「それは言えん」
「どうしても?」
「どうしてもじゃ」
頑固な老人だね。
「分かった、今は諦めるよ。でも、いつか必ず、隠してることを色々と話してもらうからね」
「時が来たらな」
私はエレヌスさんに別れを告げ、小屋をあとにした。
魔王城に戻った私は、アナスタシアを呼んだ。
これから一仕事しなければならないから、邪魔をされないように上手く言いくるめるためだ。
「魔王様、お呼びでしょうか?」
「実は今朝から、どうも体調が優れないんだよね。休めば良くなると思うんだけど、ゆっくり体を休めたいから、朝までは誰も私の部屋に通さないよう配慮してほしいんだ」
「そう言う事でしたら、今すぐ医者を呼びましょう」
そうきたか。
「……少しは察してよ」
私は少しだけ顔を赤らめたうえで、小声でそう呟いた。
アナスタシアもさすがに察してくれたようで、部屋で休むことを承諾してくれた。
アナスタシアも女だから、辛いのは分かってくれると信じてたよ。
前世はかなり苦しんだ記憶がある。
実際仮病ってわけじゃないから休みたいのも事実だし、女は本当に便利だよね。
逆に、男性はこんな言い訳できないから、休みを貰うのも大変だろうね。
女で良かったとつくづく思うよ。
「では、こちらのお薬を。痛みや鬱症状に効きますよ」
アナスタシアは小袋から、薬を一錠取り出した。
普段から持ち歩いてるのか。
そう言えば、アナスタシアとこういう事を話したことがない。
今の私の年齢的に、アナスタシアは人生の先輩だ。
この世界ではどうなのか、色々とアドバイスを聞いてみたい。
まあ、それは後での話で、今はやらなければならないことがある。
私は薬を受け取り、少しだけ足早に、しかし体調が優れないことを大げさにならないようアピールしながら部屋へと戻った。