#1 予言の巫女
魔王城の回廊を、俺は人間の娘と共に歩いている。
この娘、名を「カグラ・ミヅチ」と言い、齢15にして、予言の力を得たという天才だそうだ。
護衛である俺からすれば、護衛対象の名や生い立ちに興味など無い。
そもそも何故、俺が人間の娘を護衛しなければならないのか。
いくらベルンハルト騎士団長の命令とは言え、納得できるものではないのだが。
「レイロフ様、私の護衛は不満ですか?」
カグラは俺の顔を見上げながら、そう聞いてきた。
この世界は500年前、人族と魔族による、大規模な戦争が起こっていた。 当時、魔族を率いていた魔王様と人族を率いていた勇者は、これ以上の犠牲を出さないよう和解をした。
以来500年間、人族と魔族は友好的な関係を築いている。
カグラの護衛に納得がいかないのは、俺のご先祖様が魔族の中でも、特に人族を憎んでいたからだと思う。
人族は信用できない。
俺も、俺の父上も、そう言い聞かされてきた。
だから、傍らに居るカグラも、信用することができないのだ。
「俺はただ、騎士団長の命令を遂行しているだけだ」
「そうですか。レイロフ様から疑惑の念が溢れていたもので、護衛の任に不満があるのか、人族を信用していないのかと思いました」
やはり、人間は信用できない。
俺のような奴以外は、人族も魔族も、互いを信頼し合っている。
だから、俺のような考え方は時代遅れだと言われるし、それは俺自身も理解している。
しかし、幼少の頃から言い聞かされてきたため、今更考え方を変えることなど、できるはずがない。
しばらく歩いていると、目の前に一際大きな扉が現れた。
そこは玉座の間。
歴代の魔王様が政務を執り行った、由緒ある部屋だ。
俺は大扉をノックする。
「騎士レイロフ・カラクトス、予言の巫女をお連れしました」
大扉が開く。
俺はカグラと共に、玉座の間へと入室した。
豪華な装飾、由緒ありそうな飾り武具。 先代の魔王様が、今もその場に居るかのような威厳が、部屋全体を包み込んでいる。
正直、息が詰まりそうだ。
真っ赤な絨毯が、玉座まで伸びている。
玉座の隣には、摂政である「アナスタシア・レイクロフト」が佇んでいた。
俺とカグラは、玉座の前まで行き、跪いた。
「レイロフ。護衛の任、お疲れ様でした」
アナスタシアは代々、魔王様の側近を務めてきた、由緒ある家の令嬢だ。
歳こそ若いが、政治の手腕は凄まじく、魔王様不在の今は、彼女が魔族を纏めている。
言わば、超エリートだ。
「頭を上げなさい、予言の巫女よ。私はアナスタシア。魔王様に代わり、政務を執り行っています。貴女をお待ちしておりました」
「予言の巫女、カグラ・ミヅチです。お会い出来て光栄です」
平然な風を装っているが、カグラはかなり緊張しているようだ。
「そう緊張なさらずに。と言っても、無理な話でしょうね」
それもそうだろう。
俺だってそうさ。
だから、早く済ませてもらいたいものだ。
「では、本題に入りましょう。その前に、レイロフには約束してもらいたい事があります」
「な、何でしょうか?」
急に呼ばれたせいで、声が少しだけ裏返ってしまった。
カグラは笑いを堪えているし、アナスタシアは顔をニヤつかせている。
恥ずかしいことこの上ない。
アナスタシアは、ひとつ咳払いをすると、真面目な表情に戻った。
「これからここで見た事、聞いた事は、誰にも口外してはなりません。他言は無用です。良いですね?」
アナスタシアの語気が、少しだけ強くなった気がする。
アナスタシアは政務の手腕だけでなく、剣の腕前も相当のものだ。
剣の腕には自信のある俺が、足元にも及ばない程だ。
そんな奴が語気を強めたら、逆らえる道理など、あるはずもない。
この人には逆らえない。
それは、俺を含む全ての魔族が理解していることだ。
だから、アナスタシアの言った“約束”とは、守らねばならない命令なのだ。
俺は無言のまま頷く。
「よろしい。予言の巫女よ、貴女がここに呼ばれた理由は、分かりますね?」
「次期魔王様がいつ現れるのか、ですね」
先代の魔王様が亡くなってから、未だに次期魔王様が現れていない。
この世界では、魔王スキルを持って生まれた者が、次期魔王になれる。
これは、500年前の魔王様が、貴族から魔王が生まれないよう、大戦の歴史を繰り返さないよう、その魔力の大半を使って施した処置だ。
なのでこの国では、生まれた子供に鑑定を行うと言う、一風変わったしきたりが存在する。
しかし、先代の魔王様が亡くなって数年、魔王スキルを持って生まれた子供は居ない。
それに危機感を抱いたアナスタシアは、予言の力を持つ人間の巫女に、助力を求めたと言うところなのだろう。
「魔王様の不在は、この魔王城に勤めている者以外は知りません。もし、この事を民に伝えれば、混乱を起こしかねません。何とか隠していますが、それも限界……」
アナスタシアは、俺のような一塊の騎士が居るにも関わらず、カグラに向かって深々と頭を下げた。
「お願いします。どうか、魔王様を探してください」
普段は冷静で、どんなことにも動じないアナスタシアだが、魔王様不在の中、一番不安だったのは、彼女本人だったのかもしれない。
そんなアナスタシアを見て、カグラは動揺しているようだ。
それは、俺も同じだった。
「ア、アナスタシアさん、頭を上げてください!」
「どうか……どうか……」
カグラは俺の顔を見て、どうしてよいのか助けを求めているようだが、俺に何ができるはずもない。
カグラはアナスタシアのそばへ行き、再度語りかけた。
「魔王様の事は、私が責任を持って予言します。なので、頭を上げてください」
カグラに促されて頭を上げたアナスタシアは、すぐに顔を背けてしまった。
涙を流していたように見えたが、それは俺の気のせいだろう。
アナスタシアが涙を見せるなど、あり得ないことなのだから。
カグラは玉座に手をかざすと、ゆっくりと目を閉じた。
そして、ブツブツと呪文を呟いている。
すると、カグラの足元に魔法陣が現れ、辺りに漂っている魔力を集め始めた。
派手な魔法は数あれど、ここまで美しい魔法は見たことがない。
これが、予言なのか。
「……え?」
魔法陣が消え、集まっていた魔力が消え去った。
予言は終わったのだろうか?
カグラがゆっくりと振り返るが、その表情は困惑していた。
「皆さんに、予言の結果をお伝えします。魔王様は、すでにこの世界に生まれています」
「何ですって?」
その言葉に、俺もアナスタシアも、驚きを隠せずにいた。
それもそうだ。
先代の死後、生まれてきた子供は全て、鑑定を行っている。
それだけでなく、魔族全員にも鑑定を行い、次期魔王様を探し続けてきた。
しかし、結局魔王様は見つからず、数年の月日が流れてしまったのだ。
それなのにカグラは、もう魔王様は生まれていると言う。
いったい、どう言うことなのだろうか?
いや、今はその事は良い。
「魔王様が生まれているとして、どこに居るのかは分かるか?」
俺の問い掛けに、カグラはもう一度、玉座に手をかざした。
そして振り返ると、まったく予想をしていなかった場所を告げたのだ。