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春と沙羅

after the rain

作者: 川里隼生

 図書館を出ると、雨は既に上がっていた。梅雨の終わりを感じさせる。そろそろ帰らないと、夕食ができる前に夫が帰ってきてしまう。有栖川有栖の『Yの悲劇』を借りた。これを読むのは確か中学生以来だ。どんなトリックだったか、犯人は誰か、完全に忘れてしまった。


 駐車場に停めた愛車は、独身時代に買った軽自動車。夫は原付免許も持っていない。ルームミラーを調節していると、自分の顔が映った。明るい茶髪だ。大学一年生の夏に初めて染めた。中学生の頃は不登校でも、髪はいじっていなかった。今のほうが不良っぽいかな。中学生の自分が見たら怒るかもしれない。カーステレオからは雨に合うジャズが流れ始めた。


 フロントガラスの汚れが目立つ。雨の後はいつもこうだ。ワイパーを変えるべきかな。もし高くつくのなら、夫とも相談しなければいけない。結婚するまでは小さな会社の総務部で働いていた。中学校がほぼ丸々不登校でも、高校が通信制メインの学校でも、無名の大学で微妙な成績でも、私は採用された。人事担当もいい加減だな、なんて思った。


 ある日、私にしては珍しく婚活パーティなんてものに参加した。多少は取り残される危機感もあったと思う。そこで夫と出会った。私とは真逆で中高大と優秀な成績を残し、大手出版社の営業部長をやっている。本好きな私の性格を気に入ってくれたらしい。で、この『Yの悲劇』は別の会社の。だからある意味では浮気になる……のかな。なんて、学生時代の言い回しを時々真似してみる。


 不登校だったときにも、私は図書館だけには足繁く通っていた。教科書を読まないといけないとわかっていても小説を読んだ。今でも本当に馬鹿だと思う。だけど、それはそれで楽しかった。とても自慢できる青春じゃないけど、きっとこれで良かったんだ。結婚するときにも、私が幸せになれるのかな、なって良いのかなと悩んだ。ちゃんと悩めた。


 まだいないけど、私の子には絶対に義務教育を受けさせたい。勉強していなかったら、きっと大人になって苦労するから。でも、義務教育を受けなかった私だって、今こうやって幸せに生きている。一応満足できる青春も送ることができた。正解はどっちなんだろう。こういうの、取らぬ狸の皮算用って言うんだっけ。何だか違う気がする。国語は得意教科だったんだけどな。


 雲の間から光が差してきた。家はもうすぐ。右足でブレーキをかけ、大通りから裏道に入る。急に車が減り、走りやすくなる。そう言えば、中学生の頃は同級生に会わないようにこそこそ隠れながら帰っていたっけ。あの頃の私や、友達に伝えたい。住吉すみよし沙羅さら改め秋山あきやま沙羅さらは、今日も楽しく生きています。

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