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第1章 メルダン王国の衰退 第9話

~2020年7月23日 1230 メルダン王国聖域 聖なる丘 魔法陣前~



 行きと同じように瞬く間に聖域の丘に転移した。


 (葉月は無事保護されただろうか……。それにしても、数時間でここに戻ってくるとは思っていなかった……。)


 日は高く登っており、おそらく正午前後。


 いつ追撃に敵兵が現れるか不明な状態で、時間を無駄に使うことはできない。

 (すぐに部隊再編に取り掛かろう……。)


 ユリウスは周りを見渡す。

 目にしたのは、多くの負傷兵と明らかに連行してきたであろう敵国民の女性や子どもたちだった。


 (何をやってるんだ義勇兵あいつらは……。)


 負傷兵の手当もせず、捕らえた女性を囲みゲラゲラ笑っている十数人に歩み寄る。


「こりゃ、攻略中は処理に困らねぇぜ。今日はどれを使おうかな」

「楽しむのは献上品確保してからにしろ。義勇兵とは言え、そういうのやっておかねぇとと最前線送られるからな。まだ俺は死にたくない」

(……火事場泥棒タイプの義勇兵たちだな。戦わずに女子供だけで攫って戻ってきた口だろう。それならば、最前線に送ってやろう。)


「そうか、死にたくないか……。」


「「ふ、副参謀!」」

 十数人の義勇兵は二人の声を聞いて、突然の上官の登場に驚く。


「私は……死地より命からがら戻ったのだがな……。」

もちろん嘘だ。ジリ貧ではあったもの、殺しに来ている相手を殺さないように対処するという大きなハンデを自らに課していただけであって、そこまで追い詰められてはいない


「えぇ! 俺達も何度か交戦してまして……。」

「敵の騎馬隊の攻勢は激しくて、大事な捕虜を失う……とこ……ッ!」

 ユリウスの手刀が嘘たれる義勇兵の心臓を貫いた。魔法による身体強化によって肋骨がユリウスの腕に刺さるということは無い。


 非現実的な出来事に連れてこられた女性たちも真っ青になる。


「さ、副参謀! なんの権利があって我々義勇軍を手に掛けた!」

 義勇兵たちは義勇軍に参加するだけあって、経験は積んできたようだ。仲間を突然殺されたにも関わらず、動揺せずすぐに剣の柄を握った。


「実は私はもう副参謀ではない。」

「ふっ、遂に解任されたのか?じゃあ、ここで殺しても「まぁ、最後まで人の話を聞けよ。」……なんだよ……。」

「軍を任されたんだよ。私は軍を再編しなければならない。そこで、君たちには殿を務めてもらうよ。敵の騎馬隊・・・を退けた腕を見込んでね。」

 もちろんそんなことは無い。ユリウスが解任を宣言されたとこを知るものはここにはいない。そして、この移転魔法陣付近にいる中でユリウスが一番高い地位であることは、すぐに分かった。


「俺達はてめぇら正規軍の使い捨てになんかならねぇよ。お断り……っ!?」

 ユリウスはこの場の誰の目にもとまらぬ速さで剣を抜いて、命令を突っぱねようとした義勇兵の首筋に剣先をあてがった。


 そして噂に聞く丁寧なユリウスから想像もつかない冷酷な眼差しで義勇兵を睨みつける。


「君たちに拒否権はない。それと上官の命令に従わなかった罰として、捕虜は没収する。」

「な!? そんな! 横暴だ……っ!」

「それとも、今この場で死ぬか? 敵の騎馬隊・・・を退けた優秀な兵士を戦わせずして処罰するのは、私としてはとても心苦しいのですが。」

「っく!」

 義勇兵は騎馬隊という言葉に含みがあることを察し、これ以上は藪蛇。逃げる機会はいくらでもあると考え黙り込んだ。

 ユリウスは沈黙を確認すると、剣を鞘に収め、「整列!!」と号令を掛けた。

 義勇兵たちは渋々整列する。


 作戦指示されると思っていた義勇兵の表情は驚愕に変わった。なぜならば、ユリウスは魔法を発動したからだ。


「な!? 何するんだ!!」

「足元見てみ?」

 ユリウスは義勇兵の足元を指差した。


 義勇兵たちの足には鎖が巻かれていた。味方に治癒魔法を除いて、同意も無く強化魔法を掛けることは御法度とされている。もちろん拘束魔法を掛けるなんてことは論外だ。

「こ、拘束魔法! 友軍に使っていいもんじゃない! 今すぐこれを解け! んがっ!」

 未だ反論を続ける義勇兵の口を鎖で巻きつけた。


「別途指示があるまでここに拘束されたまま立っていること。命令は以上だ!」

 ユリウスは命令を下し、もう用はないといった様子で、女性集団の方へ歩みを進めた。




 数珠つなぎに両手を拘束されている女性たちは、怯えた顔、浮かない顔、泣き疲れた顔、諦めたような顔、どこか虚空を見つめているだけの者までいる。


 (25人かみんなひどい顔だな……。ん?)

 自分より少し年下くらいの娘だけがすごい形相でユリウスを睨みつけていた。


 (あの娘は…………馬鹿なのか?)

 良い悪いを比較すること無く確信を突いてユリウスは納得し、しばらくは無視することにした。


「"ワタシ"、ユリウス、"トモダチ"、……"キミ"、"カエル"」

 いきなり日本語を話し始めたユリウスを見る目は、冷ややかだった。

 とても聞きにくい発音で、不信感を募るには十分だった。


 ユリウス自身、ファーストコンタクトでそれは痛感しているので、言いたいことは何となく分かる。


 言葉より行動。ユリウスは無理やり女性たちを立ち上がらせる。


 最初半分くらいはユリウスが順々に立たせていた。

 睨みつけてきた娘の番になり、ユリウスが彼女の前に立つと彼女は反抗するように自主的に立ち上がる。

 女性たちは凍りついた。刺激しないでほしい、そんな雰囲気だった。

 ユリウスは彼女の右肩をポンと軽く叩くと、次の女性を立ち上がらせに移る。


 ユリウスは内心感心していた。この娘が肩を叩く瞬間も怯えず、真っ直ぐこちらを睨んできていたからだ。

 (……肝が座ってる。こういうのは嫌いじゃない。)

 

 ユリウスは気にした様子無く次に移ったことから緊迫した雰囲気はすっと収まり、残りの女性たちは自主的に、それでもあまり刺激しないようにゆっくりと立ち上がった。



 実は今すぐ・・・向こうに返すつもりはない。

 希望も持たせて人を動かす所業は外道といえば外道なのだが、こちらも軍人。交渉材料をそう安々と手放したりしない。それに説明するだけの語力が無いのもある。


 まずは彼女達の野営地だな。


「シルフィ!!」

 いきなり虚空に向かって叫んだユリウスに女性達は驚き怯える。


 数秒してユリウスの膝元に紫色の霧が現れる。

 それは次第に収束して、小柄な少女が現れた。


 なんの種も仕掛けもない空間に少女が現れ、女性たちは動揺していた。これはなんのマジックなのかと。もちろん自分たちを楽しませるためにショーを始めたなど思っては居ないが、科学社会に暮していた者が魔法を見ればまず、何かのマジックにしか見えないのだ。




 ユリウスの前に出現した少女はシルフィ。彼女はユリウスの率いる私兵団のリーダーだ。私兵団と言っても全員少女で、全くそんな風には見えないのだが。


 ユリウスは町の中で少女性愛者ロリコンという疑惑があるが、それは間違いだ。

 この世界を支配する教会から彼女達を守るために、私兵団を立ち上げた。

 決して少女性愛者ロリコンではない。


 ユリウスの世界では様々な国々で"教会"が糸を引いていることが多い。国王が信者であったり、国教に指定していれば尚更影響力は大きい。

 教会は政治的権力だけでなく戦力もとても充実している。聖魔法を中心とした聖騎士や巫女が数多く所属しているからだ。

 彼らは皆、聖魔法の素質を見出され、5、6才のときに召集されて来た者たちだ。

 召集とはいうものの実際は強制連行以外の何物でもない。教会はそういった子供を集めて、聖騎士や巫女に育てている。特に巫女は信者たちから崇められる存在で一見すると大出世なのだが、実態は司教による性的暴行や洗脳教育、巫女になった後も高額寄付を行う信者に貸し出されたり、祭典時に生贄にされたりと、碌な未来は待っていない。根本的に間違っている意見ではあるが、本人たちはそれが幸せであると思い込んでいるのが唯一の救いではある。


 シルフィ達は聖魔法の適正を生まれ持っていた。

 だからユリウスは少しでも多く彼女達を保護下に置き、生きる力や抗う力を持たせ、その子達が一人前になって、教会とは無縁の生活を送って貰いたいと考え日々活動している。

 そうして一人前になった娘達が、ユリウスの活動を支え、範囲を押し広げていき、更に多くの少女達を保護下に置けるようにするのだ。


 個人活動の為、殆ど補助は得られていない。ユリウスの給金は彼女達の生活費に全て消えている。非戦闘員を含め40人程度まで膨らんできていて、給金だけでは下着を作るための小さい布地すら買えない状況だ。

 ユリウスは任務外の時間は殆ど彼女達の訓練や商人からの使いをこなしたり、盗賊頭などの賞金首を狩るなどに費やしている。

 ここ最近は私兵団から卒業した娘が、ユリウスの活動の手助けをするために、ユリウスの魔法技術を使った商売を中心とする商会を立ち上げて、そこから殆ど送られてくる寄付金は少なくない収入源となっていた。

 活動圏を広げていくというユリウスの思惑は着実に実を結びつつある。

 増収傾向にはあるのだが、私兵団もそれ以上に増加していて、依然苦しい状態が続いている。



 聖魔法適性を生まれ持つには性別が女でないといけないわけではない。当然男でも適正を持つ子もいる。助けたいのは山々だが難しい状況だ。

 男の場合は聖騎士という道に進む。巫女と違い一部の例外の除いて名実ともに花形の職業ではあるのだ。かなりぞんざいに扱われることは同じで、巫女より幾分か恵まれている程度。消去法を行った結果が、少女達を助けるに至ったのだ。

 ユリウス自身、親友を召集と言う名の拉致にあっている。助けたくても所在もわかっていない。恐らく聖騎士として活動しているのではないかと推測している。

 向こうは洗脳教育によってユリウスの事だけでない、自分自身のことすら覚えていなかも知れない。それでもユリウスは未だに少しの時間を情報収集の為に使っている。




 ユリウスはシルフィに指示を出した。

「血を抜き取った者達の死体の山から魔法陣を挟んで反対側、魔法陣から100メートル離れたところに天幕を張ってくれないか? 大きさは大を2つ、中を1つ、小を1つ。小は俺が使う。その周りを軽く柵で囲ってくれ。」

「……。かしこまりました。」

 ユリウスはシルフィの一時の沈黙に嫌な予感を感じた。

 シルフィはいつも指示を出せば、子犬のように喜び、大きな返事を返す。今の彼女は正常とは思えない。


 シルフィーがインベントリー魔法を行使した。何か手に入ったのか。

「えっと……、これ。」

 シルフィが取り出したのは敵の兵士が使っていた"ジュウ"だった。


 片手で持てそうなナイフくらいの大きさもの。

 ……確か、"ケンジュウ"だったか?


「シルフィ、これは……鹵獲品か?」

「はい。」

 悪い予感は現実味を帯びてくる。


「メンバーは無事か?」

「……。」

 シルフィは黙った。

「答えろ! シルフィ!」

「2人重症を負いました。"ジュウ"によって射出された金属片が体内に残ったままで、治療が完了できておりません。」

「なぜすぐ――、もういい、まずは治療からだ。どこにいる?」

 予感は現実となった。ユリウスは時間を惜しむ。

「ここから東に2000メートル進んだ森の中です。メンバー全員集まっています。」


「シルフィ、この人達を監視しておけ。逃がすな、殺すな。以上!」

 そう言って女性たちに繋がれた縄をシルフィに握らせると、すぐに身体強化の魔法を施して東に駆け出した。

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