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第1章 メルダン王国の衰退 第8話

~2020年7月23日 1000 日本国 東京都 京急蒲田駅前 魔法陣前~


 手を引かれて行った先は、学園祭の受付でもテントくらいあるよ? という程度のただ机が並べられている場所だった。


「"遅いぞ! ユリウス! 敵の城の攻略は既に始まっている。会議を行う前に、……その隣にいる乳のデカい女はなんだと聞いておこうか? ユリウス……。後輩たちから好意を向けられても気にも留めなかった為に男色とすら噂されたお前が……。まさか!? お前は異国民が趣味なのか!?"」


 私の手を引く彼の名はどうやらユリウスと言うらしい。言葉が理解できなくても、同じように呼びかける様子と合わせて話される中で、同じ単語が含まれいれば流石に気づく。


 葉月はユリウスに片手を掴まれているため、うまく服で隠せなくままモジモジしていた。

 ぶっちゃけてしまうと周りからの好色な視線に耐えられない。


 何やらユリウスは叱責されているようだった。

 (私のせいなのかな……。集合時間に遅れた……とか?)


 ユリウスは叱責を受け流し、何か質問を投げかけた。

「"参謀長は?"」

「"参謀長は尋問中です。敵の貴族階級を思われる女を捕まえることに成功したので尋問を行うと。"」


 返答にユリウスは呆れたような態度に変わった。

「"敵に国の言葉もわからないのに? それこそ異国民好きじゃないのかねぇ……。"」

「"上長になんてことを!! ユリウス副参謀長今の言葉を軍紀違反とし、軍法会議にかけさせてもらう!! そこの兵士! こいつを牢屋にぶち込んでおけ!"」


 ユリウスのため息混じりの言葉が悪かったようだ。

 ユリウスと同い年くらいの男の叱責がより一層激しくなった。


 葉月はあまりの急展開に状況の理解に追いつけない。


 ユリウスは剣を抜いて葉月を庇うように立った。


 (え? いきなり斬り合い始めるの!?)

 剣呑な雰囲気に葉月は息を呑む。


 (流石に多勢に無勢よ、こんなの……。)

 しかし、葉月の不安はすぐに解決する。


 この場にいる全員、回転翼が風を切る音が近づいてきていることに気付いた。

 葉月は眼の前で怯えている時代遅れな人達と違い、聞き慣れた文明の音に期待した。

 あ、助かるかも? と心の中で呟くと希望が湧いてきた。


「"りゅ・・・竜だぁぁぁ! 逃げろぉ!"」

 ヘリが姿を見せると男たちは女々しい悲鳴を上げながら一目散に逃げていく。


 一拍おいてヘリからミサイルが発射される。それは旧世代の大砲に着弾して、爆発を起こすと、周りに居た男たち共々粉砕した。

 葉月はその光景にあまりショックを感じなかった。

 感じる暇がなかったというのが正確か、ユリウスがミサイルが着弾したと同時に動き出していた為、釣られて急に走り出すことになったからショックを受ける暇はなかった。


 ミサイルの着弾を皮切りに、発砲音が鳴り響く。自分たちの左右に居た男たちは弾丸の雨に倒れていく。


「"移転魔法陣に逃げ込め!!"」

 ユリウスは大声で叫びながら走る。誘導しているのだと分かる。


 走りながら、なぜユリウスが撃たれないのか考えて、そして気付いた。

 自分がいることによってユリウスに向かって引き金を引けないのだと。


 ユリウスはきっと理解してわかってやってる。

 でも不思議と嫌な感情は湧いてこなかった。それどころか、ユリウスの無事に一役かっている事の方が嬉しかった。


 手を引かれるまま走り続ける。


 葉月は彼はどこへ向かっているのか疑問に思った。闇雲に走り回っている様子はなかったが、ふと気になって行く先を見ると矢を番えて、こちらに向けて構えている男が視界に映った。

 さっきユリウスを叱責していた男だ。


 ユリウスはスピードを緩めなかった。目の前に矢を番えた弓を構えている男が居ても。 

 

 (え! ちょ! 危ない!)

 

 遂に男が弦を放し、(つが)えられた矢が射出された。

 葉月は目をギュッとつむる。

 不思議とユリウスが避けて自分に当たるという想像はしなかった。それよりもユリウスが怪我をしてしまうと不安だった。


 しかし一向に立ち止まる気配も、転倒する感覚も衝撃もやってこなかった。


 予想した展開とは異なる結果に葉月は混乱する。


 (あれ? 何があったの? 矢は?)

 葉月は何が起きたのかわからなかった。


 ユリウスが何をしたのか背中越しではわからなかった。


 ユリウスがどう対処したのか疑問に思いながら、葉月はすれ違い様に棒立ちになっている男の顔が唖然とした表情になっているのを見た。


 この人は何で同じ組織にいるユリウスに弓引いたのかな……。


 (――あっ!)


 よそ見していた上に考え事をしたせいで、ユリウスが急停止したことに気付かず、顔面からユリウスに激突する。


 (痛ったぁ……。ってあれ、自衛隊の人たち……。)


 鼻先から顔全体にじわじわ広がる軽い痛みに顔を顰めながら周囲を見ると、ユリウスと私は自衛隊員に包囲されていた。


 (やった。助かる! っちょ、変なトコさわんないでよ! 何!?)

 安堵も束の間、ユリウスに盾にされた。


「速やかに人質を開放し、両手を頭の後ろで組んで膝を付け!」


 勧告されているのはユリウスも理解しているようだった。

 すぐに数枚の少しぼやけた魔法陣のようなものが浮かび上がって、二人を守るように覆った。


 (これ……。魔法? バリア?)

 自衛隊員も同じように思っているらしい、驚きの感情が隊員たちの表情から伝わってくる。


 それから数秒間の膠着状態を経て、ユリウスが背後から耳元で囁く。


"キミ、ナマエ、ナニ?"

 葉月は口を閉ざしたまま、内心では「助けて……。」唱え続ける。


"ワタシ、ユリウス。"

 葉月は口を閉ざし続け、内心では「別に知ってる。あぁ、もう早く助けてぇ……。」と唱える。


 それから数秒の間を置いて足元にあったガラス片と金属片が浮き上がる。俯き気味だった葉月は当然それに気づく。


 突然の出来事に無視を決め込んでいたのを忘れて、浮き上がるそれらに見入った。


 (え? なに? ユリウスがやったの? これも魔法?)


 ガラス片と金属片は見せつけるかのような高さで葉月の前で静止し、小さい竜巻のようなものに覆われた。


 そして次第にガラス片は綺麗な球に、金属片は雑貨屋でよく見るイヤリングの形に変化していった。それは短いチェーンの先にガラス玉が付いただけの、500円でももっと良いイヤリング買えるんじゃないかなと思うほどシンプルなデザインだった。


 ユリウスは私の手を取り、そのイヤリングを握らせた。


 ……私に渡すために作ったの?


"アゲル……、コワイ、ナイ"


(怖くないと言いたいのでしょうけど……。あぁもぅ! 訳わかんない! 何がしたいの!? ユリウスを逃がせと、私に交渉させるつもり?)


"ナマエ、ナニ?"

 何か命令されるかと思えば、名前を聞かれただけだった。


 (あぁ、もうわかったわよ。名前くらい……。)

 葉月は遂に折れた。


「……葉月。」

"アリガトウ。"


"ワタシ、カエル、ハヅキ、トモダチ。"

 (帰りたいの? それに友達って……。)


「……帰りたいの?」

 友達という言葉を聞いたときに握手した時のユリウスの笑顔がフラッシュバックして、葉月は若干呆れながらも返事をしてしまう。

 ユリウスの笑顔を思い出した時に同時にときめいた感覚を思い出したことに気付かないフリをする。


"カエ――ッ!"

 葉月の言葉を真似して、"カエリタイ"と言ったのだったのだろうが、突如ガラスが割れたような音が鳴り響き、最後まで聞こえなかった。


 葉月がビックリして身を縮こませていると、ユリウスが背中を優しく(さす)ってくれた。



 葉月が落ち着きを取り戻すとユリウスは葉月に囁いた。

"ワタシ、カエル、ハヅキ、ハナス、ワタシ、ハヅキ、イエ、カエル。"


 (どうやらユリウスは帰ることができれば、私を開放してくれるらしい。)


 ユリウスと離れることに対して、心にチクリと刺すような痛みを覚える。

 葉月はその痛みの正体を考えないように思考の隅へ押しやり、自分を助けてもらった恩をここで返すと決めて、「……わ、わかったわ。」と言いながら小さく頷いた。


 それを合図に少しずつ移動を開始した。


「う、動くな! 止まれ!」

 自分に向かって言われているようで内心ドキッとするが、止まる気はない。


 それからジリジリとゆっくり移動していたが、時間の進みまでゆっくりになったのではないかと思えてくる程、長い時間に感じた。

 だが次の瞬間、事態は大きく動いた。


「くそ! 何だこれ! うぁ!」

 自衛隊員が体勢を崩したことをキッカケに。


 (うっ!)

 葉月は軽く突き飛ばされた。進行方向とは逆方面に。

「アリガトウ、ハヅキ。」

 突き飛ばされた時にユリウスは小さな声でそういった。


 (わ、私も助けてくれたお礼を言わなきゃ……。)

 そう思って崩しかけた体勢を無理やり立て直しながら振り返る。それと同時に自衛隊員が発砲を開始した。

 射撃音が鳴り響く。


 ユリウスはさっきまでとは違って、数え切れないほどの魔法のバリアを張り巡らせて、不自然に紫がかった霧へ向かう。


 幾重にも重ねられた魔法のバリアは、自衛隊の小銃にガラスのように次々と破壊されていった。


「ユリウス!!」

 その光景を目の当たりにして、自然とユリウスに呼びかけた。


 ユリウスの身を案ずる気持ちの方が大きく膨らんで、お礼を言うつもりだったことも忘れていた。


 声が届いたのかユリウスは振り返る。


 ユリウスは満面の笑みだった。ちょっとぎこちないけど、そんなの気にならない位の飛び切りの笑顔。

 次々と魔法のバリアが撃ち破られていることに、少しも危機感を覚えていないのだと感じた。そしてその安堵とともに気付かされる自分自身のユリウスに対する感情。




 ユリウスは葉月をじっと見つめたまま、一言残してスッと姿を消した。




 葉月は無意識的にユリウスの残り香を探すように、ユリウスの居た方向を見続けた。

 自衛隊員も呼びかけにも気づかずに。


 ユリウスは姿を消す直前に私に言った言葉……。

 聞こえなくてもわかる。


 『ハヅキ、トモダチ。』



 葉月は薄々気付いていた内心と向き合った。


 "トモダチ"という言葉に若干の寂しさを覚える気持ちの正体――


 凍りついた過去と重なる悪夢から救ってくれたユリウスへの温かい気持ちの正体――


 ユリウスにもらったイヤリングをギュッと握る。


 あぁ……、私は……。






 ――恋をしたんだ。

非表示設定にも関わらず、ご親切に評価してくださった方々へ


ご丁寧にありがとうございます。大変励みになっております。

これからも読んでいただけるよう、熟考して参ります。


左月市桔梗

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