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第1章 メルダン王国の衰退 第7話

~2020年7月23日 0930 日本国 東京都 京急蒲田駅前 魔法陣前~



 異変に気づいた時にはもう手遅れだった。


 四羽しば 葉月はづきは、買い物に出かけるために京急蒲田駅に向かっていた。

 いつものように環八(かんぱち)沿いを歩き、京急蒲田駅前の交差点で信号を待っていた。車の往来はいつも通り激しかった。個々では当たり前の光景だが、異質な点は右車線も左車線も同じ方向に走っていた事だ。車が逆走している状況は普通ではない。

 当然逆走車との衝突事故が次々と起きた。


 あちらこちらから悲鳴が聞こえ始めたが、それもすぐに聞こえなくなった。静かになったという意味ではない。


 掻き消されたのだ。

 世界史の教科書でしか見たことのない中世甲冑に身を包んだ、剣や弓を持った男たちの雄叫びに。


(に、逃げよう……。) 


 葉月も逃げようと走り出そうとするが、出遅れた葉月は当然狙われていた。


 背中から衝撃が走った。

 西洋馬に乗った中世騎士に槍で突かれた。刃がついでいる部分ではない。石突と呼ばれる反対側の部分で、だ。

 それでも痛みに対し、訓練もしていない無耐性の人間が鈍器による衝撃を受ければ当然大きなダメージを負う。


 そして何語かわからない言葉を吐き捨てて、逃げ惑う通行人たちを追っていった。


 葉月は力なく道端に倒れ込む。武装した男たちは葉月の前を通り過ぎていく。どの男たちも底冷えする狂気の笑いを浮かべていた。


 それから見た光景はまさに地獄だった。


 男たちは抵抗できない老人を殴る蹴るなど散々暴行を加えてからトドメを刺し、カップルを引き剥がし、彼氏は目の前で彼女を陵辱されて絶望した表情のまま刺殺し、そのショックから呆然とした彼女をゲラゲラと笑いながら陵辱を続けた。抵抗した男は両腕と両足を切り落としてから首に縄を掛けて馬で引き摺り回したり、子供は抵抗しなくなるまで暴行を加えてから何処かへと連れ去られた。




 ――葉月は母の連れ子で2年前の中学三年生の時、再婚相手の男から強姦されそうになり、咄嗟に近くにあったハサミで喉を一突きして殺した。これまでの経緯や再婚相手の男に性犯罪の余罪が見つかり、正当防衛であることが全面的に認められた。毎日性的行為を要求していた夫を咎めないどころか、葉月を敵視していた葉月の母は刑務所にいる。

 現在は遠い親戚の警察官と看護師の夫婦を頼って暮らしている。最初は心を閉ざしていたが、その夫婦は不妊治療の甲斐なく子供を授かることが出来なかったということもあり、葉月と実の娘のように接し続けてくれた。お陰で生活リズムを大分取り戻し、私立高校に入学して通常生活を送っていた。


 葉月は過去に大きな心の傷を抱えていても目の前の光景を見て取り乱したりはしなかった。若干意識が朦朧としていたのもあるかもしれないが、どこか絵空事、他人事のように感じていた面もあった。



 精神的苦痛を受けた被害者はその後大きく分けて2つのタイプに別れる。自分自身を追い詰めていしまうタイプか、他人事のように記憶の端へ閉じ込めてしまうタイプとに。

 葉月は後者だった。



 武装した男たちの大半が付近から移動して閑散とし始めた頃、

「"お? いいね、こいつ生きてんじゃん。"」

 視界いっぱいに男の顔が映った。葉月の顔を覗き込み、どこの国の言語かわからない言葉を喋っていた。


 男はまだうまく体を動かせなかった葉月を仰向けにさせ、馬乗りになって乱暴に服を脱がせ始めた。

 葉月のブラウスに手をかけたときの男の顔は支配欲に塗れた笑みが浮かべていた。


 その笑みは2年前に自分が殺した男の顔と重なる。

 葉月はトラウマを呼び起こされて金縛りから開放された。


「イヤーーーー!」

 目一杯の悲鳴。でも男の表情に興奮の色を足しただけだった。

「"もっと喚け。そっちのほうがヤり甲斐があるってもんだ。"」

 ブラウスをボタンごと引き千切られ、水色のブラジャーが現れる。


 男が葉月のブラジャーに手を掛けた時、彼が現れた。


「"おい! いまは突撃任務中だぞ!"」

「"ちっ……。"」


 綺麗な金髪にマリンブルーの瞳。つり目気味で少々無愛想な印象だった。


 私に馬乗りになっていた男は彼を見ると逃げるように去っていった。

 彼は走り去る男を気にも留めず葉月に歩み寄る。


「"コン……ニチハ?"」

 日本語を学んでいない中国人でももっとマシだろう発音の日本語で呼びかけながら、手を差し伸べてきた。


 彼はなぜ私を助けたのか。それとも彼が自分を犯したいだけなのか、これから自分はどうなるのか。不安だった。


 だから、

「いや! こないで!!」

 発音があまりに不自然過ぎた為に不信感が頂点に達し、彼の手を叩いてしまった。


 ハッとなって彼の顔を見上げる。

 最初は驚きのあまり声も出ないといった顔だった、しかしそれもすぐに怒りの表情に変わった。


 刺激してしまった。葉月は彼の怒りの表情に恐怖を覚えた。どこか冷たい印象を受けた。



 「"各隊に伝令を送れ!! 戦闘の意思の無い者は生け捕りにしろ! 危害を加えることを禁ずる! 大本営まで一人残らず連れてこい!"」

 周囲の男たちに向けて何を言っているのだろうか。人払いか何かか。英語であれば節々の単語で理解できるが、聞いたこともない言語でそれは不可能。


 一時の沈黙の後、周りに居た男の一人が発言した。


「"し、しかしユリウス副参謀、王国民以外は皆等しく奴隷。……重要人物でもない限り、犯すも殺すも各自の判断に委ねられております。"」

 どこか腫れ物でも扱うかのような表情を浮かべユリウスに何かを訴えている。

 どこか2年前に自分が周囲から向けられた表情に似ていた。


「"もう一度だけいう!!各隊に伝令を今すぐに送れ!! 戦闘の意思の無い者は生け捕りにしろ! 危害を加えることを一切禁ずる! 大本営まで一人残らず連れてこい!"」


 彼はさっきより大きな声で怒鳴ると、男たちはそそくさと去っていった。


 (やっぱり人払いなのかな……。)


 彼は男たちを数秒見送った後、どこか影曇(くぐも)っていながら、それでも十分美しい瞳で真っ直ぐ私を見た。

 そして、私の胸に指差した。人差し指は確かに私の体に向いていた。

 服を脱げとでも言いたいのか。


 それは勘違いだった。


「ソノ、ムネ、フク、タカイ?」

 身振り手振りで必死に日本語で話しかけてくる彼にはそんな気は無いのだと感じ取った。

 ブラの事を言っているのだろうか? こんなの別に高くない。ブランド物でもない。サイズがなかなか無いので専門店で購入しているけど、それでも数千円で購入できる。


「高くない。誰でも買える。」

 私は正直に答えることにした。この場で一番の正解だと思ったから。


「アナタ、セイジカ?」

 何が知りたいのか。

「政治家? 違うわ。」

「チガウ?」

「違う。いいえ。NO。」

 英語圏でなくてもNOくらいは理解してくれるはず。それにしても高校生が政治家なんてありえないけど……。なんの質問だったのかな。


 彼は私の解答に少し思い詰めたように考え込む。

 だが、その沈黙は長くは続かなかった。



 ――大きな炸裂音と共に、京急蒲田駅の外壁が削れたからだ。



 最近世界中で頻発するテロ事件。ニュースで頻繁に報道されていた。平和ボケ日本国民の一員として周りと同様にどこか他人事だと思いこんでいた。実際に巻き込まれてみると(たま)ったものではない。

 隣国が日本国内にある傀儡政党を使って日本の国力を削ぐため、国民の為という大義名分のもと、国防力に直結する国防費の削減に務めている。

 国民には今は平和だから今以上に国防費を掛ける必要はないと周知されている。


 だから、ニュースでも見ているような感覚から目を覚ました。


 ――テロは戦争なんだと。


 (何が平和よ……。)

 背中に受けた衝撃から回復し、思考もしっかりとしてきた葉月は、少ない知恵を絞ってこれからの身のふりを考えた。


 (逃げる? どこへ? 助けはいつ来るの? これから私はどうなるの?)


 言いようのない不安に飲み込まれそうになる。


 だが、考え込むのはそこでストップした。

 彼に引き起こされたからだ。


 (私はどこへ連れて行かれるの? もう怖いのは嫌だ……。)

 そんな不安とは裏腹に彼は私に危害を加える事はなかった。

 私を掴む手を器用に組み替えて、私の右手を握った。何をしているのかと思えば、握手をしたいようだ。


 突然の行動に私は彼を見上げた。


 (えっ……。)

 彼の表情はどこかぎこちなくも、優しい笑顔だった。


 見えない手で心臓を掴まれた。そんな感覚だった。

 中性的でかっこいいというよりは美しい、綺麗と言うよりは可愛いといったような顔立ちにその笑顔は反則だ。

 この笑顔を見ると先程の無表情の顔はどこか儚げな印象に変化してくる。


 (えっ? なに? え!?)

 葉月は彼に手を引かれるまま、自分がホイホイ着いて行っていることに気付きもせず、少し甘い混乱の渦の中にいた。

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