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第1章 メルダン王国の衰退 第6話

~2020年7月23日 1200 日本国 東京都 京急蒲田駅前 魔法陣前~


「速やかに人質を開放し、両手を頭の後ろで組んで膝を付け!」


 言葉が通じないからと言って、雰囲気まで通じないとは限らない。ユリウスは投降を勧告さていることなど重々承知だ。


 ユリウスは敵兵に360度囲まれていた。魔法陣まであと100メートル。魔法陣自体は国道と環八の交差点のほぼど真ん中に位置する。主幹道路同士の交差点は見晴らしも良い。


 背中にも敵が回り込まれている状況は一般的に言えば絶望的な状況だが、魔法が扱える者にとっては注意さえ怠らなければどうということはない。

 ユリウスは有効性については不明だが、無いよりはマシだろうと考え魔法障壁を展開し、状況の打開に踏み切る事にした。この女性が射線上にいる限り、下手に発砲はできない。しかし、それを逆手に取るとしても、100メートルの移動には彼女に協力してもらう必要がある。


「キミ、ナマエ、ナニ?」

「……。」

 ユリウスは女性に名前を聞くが、女性は自衛隊員に囲まれて少なくない希望を抱き始めた所為か、無言による抵抗を始めた。


「ワタシ、ユリウス。」

「……。」


(答えないか……。)


 困ったユリウスはダンマリを打ち崩すべく奇策を考える。


(まずは相手の意表を突く事。っと、いいのがあった……。)

 足元に転がっていたガラス片と折れた剣先を見てユリウスは思いつく。


 ユリウスは魔法によってガラス片と折れた剣先を持ち上げる。ユリウスは指一本動かしていない。一般的に自分以外のものに干渉するときは干渉相手をターゲットするために手を掲げたりすることはよくある。だが必須というわけではない。

 魔法を知らない葉月たちにはなんの脈絡もなく、物が浮いているように見えている。

 ガラス片と剣先を葉月の目線に合わせた高さまで持ち上げ、魔法によって周囲から集めた砂粒で砂塵研磨を開始した。見る見るうちに変化していく様子に葉月は思わず見入っていた。


 数秒後、ガラス片と剣先はイヤリングへと姿を変えた。


 耳元で「アゲル……、コワイ、ナイ」と囁き、そのイヤリングを彼女に握らせた。

 一連の行動に女性は目を見開く。

「ナマエ、ナニ?」

 態度が崩れた瞬間を突いて、もう一度質問した。


「……葉月。」

「アリガトウ。」

 渋々といった声色だったが、なんとか名前を聞き出すことに成功してユリウスの作戦は次の段階へ進む。


「ワタシ、カエル、ハヅキ、トモダチ。」

「……帰りたいの?」

「カエ――ッ!」

 交渉の余地を見出したユリウスだったが、突如障壁が破砕した事により一時中断となった。

 ガラスの割れたような音が響き、葉月の体が強張る。ユリウスは彼女の背中を優しく擦りながら考察する。

 このタイミングでの射撃はほぼ狙いすました射撃であることは明白。だがユリウスに直撃していないことを考えれば障壁は割れてしまったものの、攻撃を逸らすことは成功したようだ。

 破砕音そのものはガラスとあまり変わらないが、少なくとも大きく着弾点をズラすほどの強度はある。完全に防ぐことはできなかったとは言え、着弾点を大きくズラすことができたのは良い結果だといえる。


(おそらく……"ジュウ"による狙撃だろう。)

 魔法においても狙撃は有用だ。この威力は受け止めるより、逸らすほうがいい。


 ユリウスは障壁の展開角度を防ぐ角度から逸らす角度に変更し、もう一度葉月に囁いた。

「ワタシ、カエル、ハヅキ、ハナス、ワタシ、ハヅキ、イエ、カエル。」

「……わ、わかったわ。」

 ユリウスは葉月が怯え気味に小さく頷いたのを確認し、魔法陣の方向に軽く引く。

 葉月はユリウスに引かれるまま、魔法陣の方へとゆっくりと移動を始めた。


「う、動くな! 止まれ!」

 動き出したユリウスに隊員たちが静止を勧告。しかし、言葉の分からないユリウスが止まることはない。そもそも止まる気など無い。引き金かけた指を引くか否か。

 障壁はユリウスを中心に固定された位置に存在する。ユリウスが移動すれば、移動した分だけ障壁も移動する。進行方向に居た隊員はユリウスの障壁に押されて少しずつ後ずさる。

 普通は剣なり斧なり盾なりで魔法陣を破壊するのがセオリーだが、破壊する素振りすら見せない。対応方法がわからいといったような様子だ。


 明確な攻撃を加えることなく相手を移動させることができることは交戦を避けたいユリウスにとっては、満点に近い解決方法だった。ユリウスはコレは幸いと障壁を操作して隊員を押しのけ始めた。


 徐々に魔法陣が近づく。


「くそ! 何だこれ! うぁ!」

 あと50メートルといったところでユリウスの障壁に押された隊員が尻もちを着いた。

 ユリウスはこのチャンスを逃さない。自分が展開可能な限界数の障壁を展開すると、

「アリガトウ、ハヅキ。」

 葉月にそう囁いて軽く突き飛ばし、魔法陣に向けて走り出した。


 人質が射線から外れ、ここぞとばかり自衛隊員がユリウスを無力化するために89式小銃のトリガーを引く。発射された銃弾に次々と撃ち破られていく障壁。

 ユリウスは悔しさに唇を噛んだ。今までの努力を持ってしても、対抗する手段を見つけきれていない自分の無力さに。


「ユリウス!!」

 後ろから葉月の声がした。


 銃声と自分の障壁の数、減少数を感覚的に感じて、2秒の余裕があると判断したユリウスは、魔法陣を踏む直前に振り返る。


 


 そして、葉月に向けて出来る限りの"笑顔"を見せた。


 決して良かったとは言えないが、夢にまで見たファーストコンタクトの相手に今できる最大の礼を――


"ハヅキ、トモダチ。"

 ユリウスは展開した障壁が無くなる寸前でそう言い残し、最後まで葉月から目を離すことなく魔法陣を踏んだ。


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