第1章 メルダン王国の衰退 第4話
2020年7月23日 1730 日本国 首相官邸
現総理大臣 戸部 正造 は緊急事態宣言を行った後、防衛権を行使し自衛隊の出動を命じた。すぐに対策本部を置いた日本政府は、各国との連絡を密にとりつつ、事態の収拾に向けて対応を行っていた。
第二次政権を発足し、トベノミクスを半ば強引にも押し進める戸部内閣は、落ち込む一方の景気を一見落ち着いたかのように見せることに成功し一息ついていた。
そこへ東京都の京急蒲田駅にてテロが起きたという知らせを受ける。
聖火ランナーがちょうど通過している時間帯に起きたこの事件は世界に知れ渡る事が当然予想された。
戸部総理は次々と報告される状況に頭を抱えた。
「この規模のテロはさすがに隠蔽出来ないだろうな・・・。」
10年ほど前に起きた箱根での新幹線放火事件をただの焼身自殺と片づけたことにより、日本の新幹線安全神話に少しでも傷を少なくしようという目論見が成功している。
世界中で新幹線ビジネス競争が起こる中、高い技術力とどの国も追従を許さない安全性を誇り優位に立っていた日本が安全神話に傷つくのを恐れた為だ。
お隣の大国も新幹線ビジネスに参入しており、安値で新幹線を引けることをコンセプトに売り出していたのだが、大事故が起きて脱線した自国産新幹線を証拠隠滅するために埋めようとするなどが問題となり、新幹線ビジネスが大きく傾いていた。
そのお隣の大国が名誉挽回という選択をせず、日本の足を引っ張るべく行ったテロだという事を日本国民は知らない。
何かしらの圧力によって報道されなくなった乗客の証言を基にすると、自殺者の直前に取った行動が焼身自殺をするにはあまりに不可解な点が多い。
例えば、見知らぬ乗客にお金を渡そうとしたこと。これは本人がお金には困ってはいないというメッセージと受け取るのが正解だろう。
わざと乗客を後続車両へ移動させたこと。これも自殺するという最終手段をとる人間には思えない良識ある行動だ。そんな警告をするくらいなら部屋で首を吊ったほうが早い。
そして、すぐに後続車両へ逃げた方がいいと忠告する際の本人の表情は何かにどこか焦りにも似た表情だったと証言されている。何者かに操られていた可能性を示唆する証言だ。
そもそもなぜ新幹線で焼身自殺をしたのか。ただ自殺するなら焼身自殺はあまりに辛すぎる。自殺者は皆楽になれると信じ死を選ぶ。そうでない自殺方法には必ず理由がある。
自殺者は何者かに何かしら脅されたうえで新幹線に被害を与えて自殺しろと指示されていた。
その何者かは時期的に考えて不祥事の続いたお隣の国だと考えつくのは容易い。
足を踏まれると一歩下がる外交で世界から認められている日本は衝突を恐れた。そして手先となった組織は国内にいる傀儡政党によるものであることを当然政府も予想していた。
ここでテロと認定してしまえば、お隣の国が尻尾切りを行い、結局計画犯はデコイとしての日本人となることを予想し、安全神話も考慮した上で焼身自殺という事で処理を行った。
政府自身、新幹線を埋めるように指示した人物とこの焼身自殺テロ事件を画策した人物は同一人物もしくはその近辺だと睨んでいる。
今回は何の脈絡もなく起きたノーマークの組織による突然のテロ行為に総理は頭を抱えていた。
しかし、次々に届く報告はあまりに奇妙な報告ばかりだった。
一つ目は紫のような黒い靄のようなものが浮かんでいること。場所は聖火ランナーが消息を絶った付近。
二つ目はテロリストが中世騎士甲冑を着こんでいること。
三つ目は一般的な兵器とは思えない攻撃手段を使ってくること。鉢植えの土が襲ってきたり、水道管が破裂して水が槍のように降ってくるという報告まである。
未知なる攻撃手段に苦戦しながらも着実に制圧している自衛隊の報告もあるが、依然として国民の被害状況報告の方が多い。行方不明者数も把握しきれていない。
戦争弱者である女性の性的被害や、親と引きはがして子供を連行、高齢者の処刑というような見せしめともとれる方法で殺害するテロリストに、総理は憤りを覚える。
「総理。お隣の共和国よりご連絡です。」
報告書に書類に目を通す総理に秘書が話しかける。
戸部は露骨に嫌な顔をしながら電話を取った。
『戸部総理。今回テロ事件について速やかに情報を公開するアル。我が国の尊い人民の安否すら公開されぬというのはどういう事アルか?』
戸部総理は同じ国民であるチベットの人々を下等種族と差別を行い、虐げている共和国が何をホザいているのかと思い、顔を顰めながらも、声には一切出さずに現状を淡々と伝える。
「現在総力を持ってテロリスト達の鎮圧中です。救出作戦も並行して行っております。情報がまとまり次第速やかに公開致します。それをお待ちいただけますようお願い致します。」
『我が国の人民に被害があった場合の賠償責任は果たしてもらうアル。そしてオリンピック開催国としてしっかり役目を果たすアル。まぁ、どうしてもというのであれば条件付きで支援部隊を送るアルよ。』
総理が返答する間もなく向こうが受話器を置き通話が終了した。
戸部首相は一時の沈黙の後、作業に戻った。