おばあさん、あぶない。
昔々、あるところに、おじいさんとおばあさんが住んでいました。
おじいさんは山へ柴刈りに、おばあさんは川へ洗濯に行きました。
おばあさんが川で洗濯をしていると、川上からどんぶらこ、どんぶらこ、と大きな桃が流れてきました。
おばあさんは桃を拾おうとしましたが、うまくつかむことができずに川へ落ちてしまいました。
慌てて川から上がろうとするおばあさんでしたが、桃が邪魔でうまくいきません。
おばあさんは桃に対して川下にいたため、あたりの強い桃の支配から逃れることができません。
少しでも重心がずれてくれれば……と思うおばあさんでしたが、桃の圧力の前に成す術もありません。
雨が、降ってきた。増水した川がうねりはじめる。
いまだ桃の支配下にいるおばあさんだったが、桃の重心がずれ、手を離す好機がやってきた。
しかし、おばあさんの手は痺れ、離すことができない。
おばあさんは、桃を中心とした円運動に巻き込まれてしまった。
ぐるぐる桃と踊り続けながら、おばあさんは下流へと押し流されてゆく。
おばあさんが流れ着いた先は、海だった。
雨は上がったが、代わりに太陽がさんさんと照りつける。
太陽は真上にあり、方角がわからない。
もう、こうなっては桃を手放すわけにはいかない。
飢えと渇きをしのぐため、桃を口に運ぶおばあさん。
すると、どこからか声が聴こえる。
いったいどこから?こんな、何もない海原で……。
耳を澄ますおばあさん。
……桃だ。桃の中に、赤ちゃんがいる。
そんな馬鹿なとおばあさんは思ったが、確かに聞こえた。
おばあさんの目に涙が浮かぶ。
もし、無事に帰ることができたなら、この子を私の子として育てよう。
名前は何が良いだろう。そうだ、桃太郎が良い。桃から生まれた桃太郎だ。
気が付くと、おばあさんは船の上で寝ていました。
どうも、気を失ったところに漁船がたまたま通りかかったようです。
ほっと安堵の表情を浮かべるおばあさんでしたが、桃がどこにも見当たりません。
桃はどこかと船員に尋ねると、向こうから、切り分けた桃を持った別の船員がやってきました。
私の赤ちゃんはどこ!おばあさんは叫びます。
船員たちは、わけがわかりません。
桃の中に赤ちゃんがいたはず、とおばあさんは船員たちに言います。
桃の中に赤ちゃんなどいるはずがない、と船員たち。
返して!桃太郎を返して!おばあさんは、船の上で泣き続けました。