表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR

奈良落語 「身入り」

作者: 古川アモロ
掲載日:2016/07/08

 

 えー、先輩後輩の関係というのはシビアなもので、お互いにナメられたら最後、とついつい気を()ってしまうものでございます。これが冗談を言いあえるくらいの仲でしたらいいのですが、さて、その関係になるまでが難しい。

 これが学校の先輩後輩でしたら、まあマシなものでございます。


 と申しますのも、1歳、2歳の年の差でしたら共通の話題もございましょうが、これが仕事となると10歳、20歳、はては後輩のほうが年上だったりすることもあるわけでございまして。

 さて天気のことくらいしか話のネタがない、なんてこともございます。


 さてさて。

 相手が何を言ってるのかわからない、これは年の差ばかりが理由ではございませんでして……



「おい、何してる木村。約束の時間に遅れるだろ。早く歩け」

「ま、待ってください先輩。あ、足が(いた)あて、かなしませんねん」


「……は? 悲しませないってなにが? 俺をか?」

「へ? なにって? なにが悲しいんですか先輩」


「いや、俺が聞いてる」

「え? あ、違います。かなしません、(かな)わないって()うたんです。足痛くて、かないませんて」


「バカタレ、最初からそう言え。東京本社に来たからには、きちんとした標準語つかえ」

「は、はい、気ィつけとるんですけど。あ、いえ、気をつけてるんですけど、つい……」


「まあ若いんだからすぐ慣れるだろ……って早く来い!」

「せ、先輩。も、もうちょう、ゆっくり歩いてください」


「木村。いまなんて言った?」

「へ? なんスか?」


盲腸(もうちょう)ゆっくりってなんだ?」

「盲腸ちゃいます。もうちょう! もうちょっとゆっくりって意味っスよ」


「お前な、奈良の方言きつすぎるぞ。ちゃいますってのもやめろ」

「あ、あの先輩。もうちょう、じゃないもうちょっと、ゆっくり歩いてください」


「一体なんなんだ。会社出てからの、そのヒョコヒョコ歩きは」

「いや、両足とも()ィいってるんスよ。もう、(いた)(いた)て……」


「なに?」

「こないだの連休に、奈良の実家に帰ったんですよ。したら……」


「待て。さっき何て言った?」

「奈良」


「バカ! ちげえよ両足がなんとかって言ったろ」

()ィいってる」


「ミニってる?」

()ィいってる」


「ミイとテル」

()ィいってる」


「なんだ、その……なんだって?」

「あれ? ()いませんか? ()ィいってるて」


「聞いたこともねえよ……なにしてる、早く来い!」

「せ、先輩が早すぎますねんて。僕、()ィいってんのに」


「だからどういう意味なんだ?」

「え? マジで知りませんか? ほなクイズにしましょうか。まずヒント①……」


「答え言え」

「えー、正解は筋肉痛でした」


「なんとなくそう思ったよ。奈良じゃ筋肉痛のことを、身っていうのか?」

「いえ、()いません」


「……なんでだよ。「身」ってのが筋肉痛って意味だろ?」

()ィって言葉はないです」


「……あ……え?」

「だから「身ィいった」でひとつの単語なんすよ。筋肉痛になるってゆう意味の」


「じゃあ、筋肉痛のことはなんていうんだ?」

「筋肉痛は筋肉痛です」


「じゃ「いった」って何だ? 痛いってことか?」

「え? 「いった」はホラ、「()った」やから「(はい)る」ってことです」


「じゃあ「身が(はい)る」でもいいわけだな?」

「身が(はい)るは、集中するって意味スよ。勉強に身が入るとか」


「お前、俺をキレさせる気だろ」

「ちょ、ちょ、ちょう、待ってくださいよ。ホンマなんですって!」


「じゃあ、筋肉痛が治ったらなんていうんだ。身が出た、か?」

「治ったときは、筋肉痛なおったです」


「つまり……「身が()る」ってのは、足の中身がパンパンに()れてるってことか?」

「そ、そうゆうことです! すごい近づきました。そんな感じです」


「じゃあ、たい焼きの中身がたくさん入ってたら、たい焼きの「身が()ってる」って言うのか?」

「いえ、アンコぎっしりって()います」



「……もういい、いくぞ」


「あ、ちょう! 待ってくださいって。先輩、お、置いてかんといてください。僕、東京の道わかんないスよ。はあ、はあ、待ってください。あ、痛い、いたい。足、足が痛た、(わん)なる! 足、(わん)なります! (あこ)なる! 小指こちょばなってきた! あ、せ、先輩! わ、い、いきなし、え、えらい人やんけ。ちょ、のいとくんなはれ、すんません、ちょう、のけとくんなはれ。せ、先輩、あ、あかん、もうめえへんようなってもうた。先輩! 待ってください、先輩……」



 明日は我が「身」でございますゆえ、どうぞご用心ご用心。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] 初めまして! 奈良県民と三重県民のハーフ(笑)なので、つい読んでしまいました! 大体の言葉は分かりましたが、東京人(?)の先輩のツッコミが面白かったです♪ 方言って面白いですね! 身近な言葉…
[一言] これが奈良弁ですか! 「もうちょうゆっくり」 「もちーとゆーに」 山口弁と似てるような似てないような。 「足がいとーてかなしません」 「足がいとーてやれん」 似てるのか似てないのか分からな…
[一言] 面白かったです。 うち出身が四国の山奥なんですが、ミィイッテル、使ってました。さすが落人集落。関西弁が千年の時を超えて残ってるっぽいです笑 あと、落語も結構聞いてた時期があって。だいぶ前…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ