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母を求める子供達

「ボクが陽一!

  ボクが陽一!

   ボクが陽一!

    ボクが陽一!

     ボクが陽一!

      ボクが陽一!

       ボクが陽一!

           …… 」

 その言葉をひたすら繰り返す龍麒、バタバタドタドタ音を立てる床と壁。その二つの音が、『自分を認めて! 愛して!』と同じ必死な想いを訴えてくる。

 考えてみたら『ボク』と自分を呼んでいる所から陽一になりきる事を失敗していたのだ。自分の息子である陽一はどうであってもやはり可愛い、しかし自分を母親と必死に求める龍麒の事を切り捨てるような事も出来ない。

「二人とも静かにして! 俺の話を聞いて! 龍麒!

 俺はお前を怒るために来たわけではない。 ずっと一緒に暮らしていたのに気付いてやることが出来なかったこと悪かった。だからお前とお話したいんだ。 お前が良いヤツなのも分かっている。

 陽一悪いけど少しだけ静かにしてくれない? 龍麒とお話させてくれ」

 孝之の穏やかな声が、部屋に響いていた二つの音を止める。

「姉さんからお前の話を聞いた。とても頭も良く、優しい子供だって褒めていたよ」

 そう話しかけてくる孝之を龍麒は戸惑うように見つめ返す。孝之は優しく微笑み返し頭を撫でる。

「そんなお前がなんで、こういう事したの?」

 龍麒はビクリと身体を震わせ目を伏せる。しかし覚悟を決めたように顔をあげた。

「ヨウちゃんが、ママをいらないって言ったからもらったの! ボクは欲しくてたまらないのに! ボクならあんなに困らせない! 泣かせない! 助けるのに!」

 その途端に壁がバンバンと叩かれる音がする。龍麒がソチラを怒りに満ちた目で睨みつける。

「嘘じゃないじゃん! ヨウちゃんが言ったんじゃないか! 【イラナイからあげる】って」

 バタバタとした音だけが聞こえる方に手を伸ばすが何の感触もなく私の手は宙をきる。

「陽一静かにして、お前の声は俺達には全くきこえないんだ。だからそうだったら壁を1回叩いて、違ったら二回叩いて、分かった?」

 孝之の言葉にバタバタは止み、【コン】と音が一回だけなる。

「龍麒の言った事本当? お前がお母さんを要らないからあげるといったの?」

 暫く間かあり【コンコン】となる。

 すると、龍麒の顔が赤くなりその顔に怒りがこもる。

「嘘つき! 言ったよね! 【ママはイラナイ】、だからヨウちゃんは俺にくれるって!」

 そう鋭い口調で龍麒は陽一がいるであろう方向を睨んだまま訴える。


 コン


 暫くして小さな音がする。龍麒は勝ち誇ったように笑い私と孝之を見上げてくる。

「でもそれは、本当の気持ちではなかったんだよな?」

 

 コン


「そして陽一、今すごく後悔しているのだろ? そして困っているんだろ?」

 孝之の言葉に、龍麒はハッとした顔をして不安そうに陽一の方をみる。


 コン


 その方向から一つ音が響く。その音に龍麒は項垂れる。顔は怒っておらず、泣きそうになるのを必死でこらえて震えている。


「龍麒くん、お願い私に陽一を返して。貴方のように良い子、賢い子でもなくても私には大切で、ずっと私の子供としてやってきてくれるのを待っていた子供なの」

 私はそっと話しかけると、龍麒は傷ついた顔をしてくる。その表情に心が締め付けられる。龍騎がこんな事しでかしたのは悪意ではなく、純粋な想いからなのだ。

「ヨウちゃんは、ママが病気で苦しんでいても気にしないし、ママの気持ち全く分からないで困らせてばかりなのに?

 ボクの方がずっと良い息子になれるよ! そしてママの為になんでも頑張るよ!

 ボクの事は大切な子供ではないの? 本当の息子じゃないからダメなの?」

 私はその言葉に何も答えられない。

「違うの! そうではないの」

 私は不安と哀しみに震える龍麒を抱きしめる。龍麒がダメなのではない。陽一を失うことが出来ないのだ。龍麒の頭を孝之が優しく撫でる。

「龍麒、また俺と一緒に暮らさないか? 姉さんのようにはいかないけど、お前の兄貴代わりにはなりたいと思う。なんとかお話する方法も考えるし、今度こそちゃんと一緒に暮らしてみないか?」

 その言葉に私は驚くが、それ以上に龍麒も驚いたようで、私から離れ孝之を見上げ目を見開く。

「タカユキ兄ちゃんは、ボクが怖くないの?

 その前に部屋に来た人ボクの姿みたらみんな怖がって、嫌がって、逃げた」

 孝之はフフと笑う。優しい顔で。

「みんな怖がったのは、お前がどういう子供か分からなかったからだと思う。でも今こうして話していても、俺にはお前が普通の子供にしか思えないから怖くはない」

 私達姉弟は霊感といった才能がないのか、まったく見えていないというのもあるのかもしれないが、私も陽一として過ごしていた違和感はあっても、龍麒自体を怖いと思った事はなかった。しかし幽霊だとはいえ、その子供を引き取ろうとする弟のおおらかさにも驚かされた。そして黙ったまま孝之を見上げ考えている龍麒を見て、私も龍麒と共に過ごした時間の事を思い返しながら考える。陽一も子供だけど、少し大人っぽく見えても龍麒も子供なのだ。同じ母親の愛を必要としていてそれを求め甘えたい儚き存在。

「龍麒くん、私の話を聞いてくれる?

 実はね、私とパパは陽一が生まれる前に二人の子供がいたの。でもその二人とも生まれてくる事もできなかったの。だから会う事も抱きしめる事もしてやれなかった。やっと生きて産まれてきてくれたのが陽一。どんなに我儘で困った子供でも私たち夫婦が待ちに待って出会った子供なの。ここでまた私の子供をまたなくすなんてしたくないの。だから陽一を返して」

 龍麒は私の言葉を聞きながら、その目から涙を流す。

「貴方とこうして会えた事は、本当に嬉しかった。私の会えなかった子供がこうして私の元に戻って会いにきてくれたそんな風に感じたから」

 見つめてくる龍麒の瞳は涙で濡れ溢れ続けている。

「ママみたいなママをボクは欲しかった! なんでボクのママはこういうママではなかったの? なんでボクのママはいなくなったの? ボクの所に帰ってこないの?」

 私は龍麒の頭を撫でる。

「龍麒、もしもよ。

 貴方が嫌でなければ、この家に一緒に住む?  そして陽一のお兄さんにならない? 

 まだ私の事ママと思ってくれるなら、私は貴方のママにもなりたい。陽一の振りをした貴方ではなくて、龍麒のママになりたい」

 龍麒は涙を流したまま私をジッと見つめてくる。

「ボクのママ? いいの? そう思っても」

 私は頷くと龍麒は流れたままの涙を袖でぬぐう。

「陽一、貴方も兄弟出来るのは嬉しい? 私と陽一と孝之の三人だけの秘密の家族だけど」


 コツン


 壁から大きな音がする。

「……ヨウちゃん、ごめんね。身体とママとパパとバアバとジイジと取って」

 龍麒が陽一のいる方向を向いて謝る。陽一が何かいったのか、龍麒は困ったような顔になるが少し笑う。いつもの大人びたのではなく子供っぽい不器用な笑みだ。

「ママありがとう、そしてタカユキ兄ちゃんもありがとう。

 ボク、兄ちゃんの事は大好きだけど、やっぱりママといたい」

 孝之はその言葉に笑い頷く。

「そりゃそうだよな、俺は昼間ずっと会社にいっていてお前といられる時間少ないものな。まっコチラの家にも遊びにきてやるし。俺の事は叔父さんだと思ってくれていいから。頼りないかもしれないけど」

 龍麒はブルブルと頭を横にふる。

「頼りなくないよ、最高の叔父さんだよ! 一緒に暮らしていても楽しかったし」

「サンキュー」

 孝之は龍麒の頭をガシガシと撫でた。龍麒はそのまま孝之に顔を押し付けるように抱き付き、そのあと私にも抱き付く。

「じゃあ、戻るね……」

 そう小さい声で囁き声が聞こえ少し抱き付く力が緩む。

「あっ」

 腕の中で小さい声が聞こえ少し離れ腕の中の子供を見つめると、その子も私をビックリしたように見上げている。その表情を見た瞬間に感じる。コレが陽一だと。陽一の目がみるみる見開かれ私も見つめ顔をクシャっとさせていく。感情が整理しきれなくなった時の陽一の表情である。

「陽一おかえり」

 私がそう言ってあげると、陽一は私に抱き付いてきた。

「ママ!

  ママ!

  ママ!

   ママ!

  ゴメンナサイ!

    ゴメンナサイ!

  オレも大好きなの! ママが!

  リュウキに負けないくらい大好きなの!

  だから許して~!!!

 良い子になるから!

  もう困らせないから!」

 興奮したように叫び私に訴えてくる陽一を私はただウンウンと答えて抱きしめてあげた。



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