悪夢の後に
熱に侵された深くドンヨリとした暗い眠りから覚めて、最初に感じたのは明るい光だった。カーテンの開けられた窓から、嫌になるほどの青空が見えていた。ビッショリと濡れて身体に張り付く寝間着が気持ち悪いので脱いで着替えて少しだけホッとする。高熱ではなくなったためか身体が少し楽になっているのもあるが、私は部屋に差しこむ太陽の眩しさに目を細める。私はベッド脇のテーブルに置かれたペットボトルに入った水を飲みゆっくりと深呼吸をするが、思ったよりも空気吸えず少し息苦しい。
控えめなノックがして答えると、陽一の『ママ』という小さい声がする。私が返事すると陽一はらしくなく大人しい様子で部屋に入ってくる。いつもなら中の事なんて気にすることも無く激しくドア開けて入ってくるというのに。それだけ彼を怯えさせてしまったという事だろうか? 陽一は静かに近付いてくるのでしゃがんで怯えさせないように笑顔を作り迎える。私の額に手を置き心配そうに首を傾け私を見てくる。
「ママ、身体の具合はどう?」
その優しい言葉に涙が出てきそうになる。恐らくは舅に怒られて言われた通りの事をしているだけなのだろうが嬉しかった。しかし涙の意味を違う風にとったのか陽一は慌て、大丈夫かとまた聞いてくる。
「いっぱい寝たからかなり楽になったわ。今日寝たら元気になると思う」
そう言ったのに、陽一は頭をブルブル振る。
「無理しちゃダメだよ! ママいつも大変なんだからこんな時くらい寝ていないと! ジイジとボクで頑張るから」
陽一らしからぬ言葉に首を傾げてしまう。
「貴方、本当に陽一?」
そう言うと、陽一は身体をビクリとさせる。怯えたその瞳が私を見て揺れる。いつになく弱気で私に恐る恐る接している様子に、陽一を叩いてしまった事を今更のように後悔する。こんなにも息子を怖がらせてしまったのかと。
「あの、ママ……。ゴメンナサイ。
昨日のこと。ジイジにもイッパイ怒られて分かったんだ。ボクがどんなに悪い子なのか。ママに甘えて困らせていたのか。コレからは良い子になるから、もう泣かないで、困らないで」
陽一の言葉に、心が震える。
「ママ、泣かないで! ボクが悪かったから! 良い子になるから」
そう尚も言葉を続ける陽一に私は微笑む。
「叩いたのはゴメン。でも、これだけは分かってママ貴方が大好きなの。愛しているの」
そう言いながらそっとその頭を撫でる。陽一ははにかんだように顔を少し赤らめ嬉しそうに笑う。
「分かっているよ。ボクが悪い子だったから。ママをいつも怒らせていた」
私は顔を横にふる。
「陽ちゃんは悪い子なのではなくて、よく分かってなかっただけ。でもこれから イッパイ色んな事に気がついて! そして色々覚えて考えて大人になるの」
そう言いながら我が子を抱き締めた。陽一も私を小さい手で抱き締めかえしてくる。
「ママ、大好き!」
その言葉が心に暖かく広がっていく。
なんかホッとしたことでまた眠くなってきてた陽一が幼稚園に行く気配を遠くに感じながらウトウト眠ってしまった。夢現で陽一が相変わらずドタドタと音を立てて廊下や階段を移動する音を聞く。良い子になると言っても、陽一は陽一で変わらないようだ。私は眠りながら笑ってしまう。でも何故かその煩い足音が今日は許せて楽しめた。