神殿へ
時間は少し戻ります。
「師匠、どうしてるでしょうね……」
「サ、サリーさん。もうこれで出発してから20回目ですよ?」
「え、そうですか? 心配しすぎでしょうか……」
馬車に揺られながら、溜息を付きながらお留守番をしている師匠のことを想いながら、ワタシは呟きました。
その呟きがフォード君にも聞こえていたらしく、苦笑しつつそう言ってきました。
20回ですか……、10回ぐらいだと思っていましたがそれ以上だったことにワタシは驚きます。
ですがそれほどまでにワタシは師匠が心配なんですから仕方が無いですね。
そんなワタシたちの様子にハスキー叔父さんがクスリと笑いました。
「フフッ、サリー。あなたはまるでアリスさんを妹みたいに見ているんですね」
「はい。何て言うか、血の繋がりも種族違いというのも関係なく、師匠をワタシの妹にしたいですね。本当、真剣に」
「そ、そうですか……。何ていうか今のあなたの瞳は、姉さんを思い出しましたよ……」
「何だか褒められてるのか貶されているのか分かりませんが……ありがとうございます」
何故だか怯えるハスキー叔父さんに首を傾げつつも、礼を言ってワタシは進行方向の先を見ます。
山の一角から黒い光の柱が上るのが見える光景。その光の下に神殿があって、四天王のひとりである……【叡智】のクロウが居る。
正直な話、四天王といわれるくらいなのだからその強さは尋常でないだろう。……師匠には無事に帰ってくるって言ったけど、大丈夫か心配になってきました。
そんなワタシを励まそうとしているのか、フォード君が動こうとしているのが横目で見えましたが……話しかける度胸が無いのか、悩んでいる素振りが見えました。
……根性無し。そう心でワタシは思います……って、まだ何も気にしていないって言われたことをワタシは気にしているのでしょうか? ううん、どうなんでしょう……。
モヤモヤする自分の心に首を捻りながら、ワタシはこのままではいけないと気を引き締めます。
そして……馬車が山へと近づいて行くに連れて、周囲の空気が重く感じられ……空から差し込んでいた太陽が当たらなくなってきたと思った瞬間、馬車を引くバッファローホースが慄きました。
もしかしたら、異常な気配を察知したのかも知れませんね。
馬車を操車していたモォ族の冒険者のお陰で、何とか馬車は山の麓まで辿り着くことは出来ましたが……そこから先へは一歩も動きたくないと言うようにバッファローホースは動きません。
「仕方ありませんね……。皆さん! ここからは、歩いていきましょう!」
「「はいっ!!」」
「ですが、【叡智】のクロウのモンスターが襲ってくる可能性もあるので十分注意してください!」
「「わかりましたっ!!」」
「では行きましょうっ」
馬車から降りた冒険者たちにハスキー叔父さんがそう言うと、全員周囲に警戒をしながら山の神殿に向かって歩き始めました。
神殿への道は普通ならば整地された道を通って行くのが通常ですが、ワタシたちはそこから少し離れた獣道を歩いて移動しています。敵も馬鹿ではないので、きっと整地された道にはモンスターが点在していることでしょうし。
ワタシも周囲に警戒をしながら、皆さんの後に付いていますが……隣ではフォード君がかなり挙動不審になっていました。
……ああ、そういえばフォード君ってこういう戦いの場は初めてでしたよね。……ワタシもですけどね。
そんなフォード君を横目で見てから、一度目を瞑り……浅く深呼吸をしてから、目を開けます。
……そうすると緊張が少しだけ解れて、震えていた腕が止まりました。それを確認してから、ワタシはフォード君に話しかけました。
「フォード君、そんなに緊張していたらいけませんよ」
「サッ――サリーさん……で、でもっ!」
「まあ……緊張するなと言うほうが無理ですよね。ですが、フォード君もハスキー叔父さんに選ばれたんですから、実力があるということですよ」
「そ、そうですか?」
「はい。ですから、無事に師匠のもとまで帰りましょう」
「わっ、わかりましたっ!!」
緊張が解れたフォード君に優しく微笑みかけてから、ワタシも前を向きました。すると、ハスキー叔父さんが微笑ましく……ワタシとフォード君を見ているのに気が付きました。
いったいどうしたのかと首を傾げると、見ているのを気がつかれたハスキー叔父さんは何も言わずに優しくワタシを見てから、正面へと視線を戻しました。
どうしたのでしょうか、叔父さんは……。っと、もうすぐ神殿に着くから気合を入れないといけませんよね!
師匠、絶対にワタシは帰ってみせますからね! ハスキー叔父さんとフォード君と一緒に戻って、ただいまと言って抱き締めますから!