番外編:アリス・6
そして、窓の外がまた別の光景に移ると、アタシのお尻にも穿きなれたパンツが戻ったのを感じました。やっぱり下着は大事ですね。
そんなことを考えていると、窓の外のアタシはワン族の男性と話しているのが見えました。
その男性にサリー様が親しそうに話しているのが気になって、集中して周りの声を聞いてみるとこの男性は獣人の国のギルドマスター様であり、サリー様の叔父様でした。
サリー様の紹介でフォード様と窓の外のアタシにも挨拶をしてくださったので、挨拶を仕返していました。
サリー様の叔父のハスキー様は、何というか人が良さそうな顔をしているのですが、何故でしょうか……まるで窓の外のアタシではなく、窓を見ているアタシを見ていると感じるのは……?
気のせいだと思いながら、話を聞いていると信じられない事実が発覚しました。
どうやらアタシが知らないうちに、窓の外のアタシは何かを仕出かしたらしく……人間の国の中で手配を受けていたみたいです。
じょ、冗談……ですよね? 心からそう思いながら冗談であると願いましたが、覆すことが出来ないほどに現実だということでした。
「何で、何でこうなったの? 窓の外のアタシが原因なの? 街に戻ることが出来ないのはアタシ……ううん、あなたのせいなの?」
ぶつぶつと呟きながら、アタシの心の中に隠していたのか見ようとしていなかったのか分からないけど、これまでに感じたことが無い感情が浮かんできました。
嫉妬じゃない、怒りでもない、呆れでもない、恨みでもない……この感情はいったいなんなの?
制御出来ない感情を胸の中に抱きながら、アタシは獣人の国の料理を見ていました。
辛そうに見える料理も多そうでしたが、味が気になって食べてみたいと思ったりします。
でも、この部屋に居る限りは無理……ですね。
そして翌日になり、ハスキー様はまるで窓の外のアタシを挑発するかのように、微笑みながらいろいろと言います。
ここ最近機嫌が悪かったのか、窓の外のアタシはその挑発に乗ってしまい……ハスキー様と戦い始めました。
窓の外のアタシは偉そうに、手加減してやると言ってハスキー様に殴りかかりますが、自身の力を逆に利用されてダメージを与え――。
「っ痛!? え、なんで? 何でアタシも痛いの? やだ、痛いのやだっ。やめて、やめてよ!」
どうしてかは分かりません。ですが、窓の外のアタシが傷付く度にアタシの身体もずきずきと痛み始め、服が土で汚れる度に寝巻きが汚れて行きます。
何で? 何で? どうして?? 今まで痛くなかったのにっ! 何でアタシも痛いの?! やめてよ! 痛いからやめてよ! もう動かないでよぉっ!!
身体が砕けてしまいそうな痛みにアタシは部屋の床を転げ周り、頭の中を痛みに満たされていきます。
痛みなんて久しぶりに感じているからか、アタシは我慢することが出来ません。
「どうして? どうして、痛いの? アタシは悪いことなんてしていないのに、助けてよ。帰りたいよぉ……」
目から涙がボロボロ零れて、鼻から水のような鼻水が垂れて、……きっと誰かが見たら不細工だと思うくらいです。
それでも動きたくない、泣いてそのまま眠りたい。そう心から思い続けていると、窓の外のアタシの身体は動かなくなり……死んだように眠りに付いたのが周りの反応で分かりました。
けれどアタシはそれを確かめる術がありません。だって、動きたくないし、ボロボロになっているアタシの体を見たくないからです。
ですが、しばらくするとベッドの上に誰かが居るような感覚を感じましたが、身体が痛いし……帰りたいと泣きながら、アタシはおかあさんに助けを求めます。
そんなアタシに、アタシは大丈夫かと訊ねてきましたが……アタシはアタシの姿をした化け物から逃げるために後ろに下がりました。
そんなアタシを化け物は困ったように見てきました。その顔を見て、アタシの心に沸々と湧き上がる感情が在りました。
何でそんな眼で見るの? 何で心配そうにするの? 全てあなたが原因じゃない……許せない、許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない。
許せない許せない許せない許せない許せない許せない――気がつくと、アタシは叫び……化け物を押し倒して、その首に両手を当てていました。
許せない許せない許せない許せない――徐々に力を込めるに連れて、化け物は暴れてアタシの手を引き剥がそうとアタシの腕を掴んできた。
許せない許せない許せない――掴まれた腕に爪が食い込んで痛かったけど、湧き上がる感情は抑えきれず……力を込める。
許せない許せない――化け物は目を見開き始め、口から泡を零し始め……徐々に食い込む力が弱くなってきた。
許せない許せ――弱くなった手はアタシの手から離れ……スッと頬を通り抜けた。
「と――さ――。か――ん」
とうさん、かあさん。アタシにはそう言った一言が聞こえた。聞こえてしまった。
そして化け物の空に向けられた手は床へと落ち……、震える手をアタシは化け物の首から話した。
何をした? アタシは何をした?? 湧きあがった感情に身を委ねた結果、どうなってしまった?
「あ――ああ――ああ……うわあああぁぁぁぁぁっっ!!」
今の今まで化け物の首を絞めていた手でアタシは顔を覆い、今自分がしたことを悔いるように悲鳴のような泣き声を上げた。子供みたいにワンワンと泣き続け……。
湧きあがった感情が、憎悪であったことに気づくのでした……。
●
暗くなった部屋で、アタシはこれまでのことを思い出しながら……目をゆっくりと開けて……周囲を見ます。
アタシの部屋じゃない、冒険者ギルドの2階の割り当てられた部屋だ……。
アタシはもうあの部屋から抜け出すことが出来たのだ。
そう思いながら、アタシは座っているベッドでより縮こまるように膝を顔に近づけます。
「アタシは帰ってきて……もうあの部屋に閉じ込められなくても、良いんだ……」
アタシは小さく呟きながら、やりきれない感情を胸に抱いて……先程ハスキー様が言った言葉を思い出します。
あなたはこれからどうしたいですか? ――その言葉がアタシの胸にこびり付いて、剥がれない……。
それと一緒に、目覚めてくれたことを嬉しがってくれたサリー様とフォード様……でも、目覚める前のアタシと目覚めた後のアタシは中身が違う何て言えるわけが無い……。
お二人の笑顔を思い出して、アタシはまた泣きそうになってきた。泣いたらダメだと言い聞かせながら、アタシは目を瞑る。
「これで、良い……これで良いんです……だって、この身体はアタシのなんですから、これで良いんです……これで良い…………」
呟きながらアタシは自分に言い聞かせて、やってくる眠気に逆らうこと無く眠りにつきました。
その夜、アタシは知らない場所なのに知ってる場所で何時ものように目覚めると、両親と妹の3人と一緒に朝ごはんを食べる夢を見ました。
夢であって夢でない……きっとこれは思い出なんだろう。そう思うと、自然と涙が出てきます。
あなたとアタシは互いのことを知らなかったんだ……そう夢の中で、目覚めると忘れるであろうことを思いました。
これでアリスから見た視点は終了します。
次からは本編に戻ります。