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あるゆうしゃの物語  作者: 清水裕
人の章
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奪還

 次に彼女が目が覚めたのは、自分の部屋だったわ。ただし、自分の部屋に見えるだけ……だけどね。

 目覚めたばかりで頭が回りきっていなかった彼女は一瞬、強制送還でもされたのかと思ったけど……すぐに此処が心の中だということに気が付いたの。

 だってね、部屋の隅にまたアリスが縮こまって泣いていたからね……。

 縮こまったアリスが纏う白い寝巻きは土汚れか分からないけど、汚くなっていてね。恐る恐る彼女は近づいたわ。


「痛い、痛いよぉ……もうやだ、やだよぉ……帰りたいよぉ、おかあさん、おかぁさん……たすけてよぉ……」

「ア、アリス……? 大丈夫……なのか?」

「――ひッ!! こ、来ないで……来ないでよぉ……!」


 彼女に気づいたアリスはまたも壁に身体を打ち付けるんじゃないかと思うくらいに後ろに下がって、怯えたように涙眼で彼女を見つめたわ。

 そのアリスを見ながら、また追い出されるかなと思っていた彼女だったけど……違ったわ。

 涙に濡れた瞳からは恐怖と同時に、自分に襲い掛かった理不尽な現状と彼女に対しての憎悪の感情が込められていたわ。

 そして、アリスの口からぽつりぽつりと彼女を攻める言葉が出始めたわ。


「アタシは悪くないのに、何で……なんでこうなったの? そうだ、あなたが……あなたが悪いんだ。あなたのせいなんだ……あなたがアタシを奪ったからいけないんだ」

「そ……それは、悪かっ――

「謝罪なんていらない! 返してよ、アタシの身体返してよ……返して……返してよ!」


 出始めた不満は徐々に溢れ出し、アリスは彼女を責めるように言葉を言い……そして、悲鳴に近い声を上げながらアリスは彼女を床に押し倒すと、自らは彼女に跨ったの。

 そして、感情に任せたままアリスは彼女の首に両手を押し付けたの。


「あなたが此処で死んだら、きっと身体はアタシに帰ってくる……。アタシの、アタシの身体を……アタシの全てを返してよ……!」

「ぐっ、アリ……やめ……」

「死ね……死ね死ね死ね死ね死ね……死ねぇぇぇぇぇっ!!」

「は……っひゅ……め…………」


 追い込まれすぎていたのかアリスにはもう言葉は届くことが無く、必死な形相で彼女の首を絞めていたわ。

 その表情を見ながら、初めは抵抗していた彼女だったけど……徐々に力が抜け始めて、脳裏に彼だったころの家族の姿が浮かんできたわ。

 薄れ行く意識の中で、彼女はもう届かない幻想に手を伸ばし……自分でも気づかない言葉をポツリと呟いて、意識が途絶えたわ。

 瞬間、首を絞める力が緩む感覚とアリスの悲鳴に近い泣き声が聞こえたような気がしたけど……多分気のせいだと彼女は思いながら、何処かに沈んで行く感覚を感じていたの。


 そして、彼女は目が覚めると……自分の部屋ではなく冒険者ギルドで割り当てられた部屋のベッドだったの。

 ベッドの横には心配して付き添っていてくれたサリーが居て、彼女が目覚めたのに気づいたサリーは喜びながら近づいたわ。


「よ、良かったです師匠! ハスキー叔父さんとの出来事のあとに眠りについてから、3日寝てたんですよ! 本当に心配してたんですからね師匠っ。……師匠?」

「ひっ! や、やだ……来ないで……こっちに、来ないで……」

「えっと……し、師匠?? いったいどうしたんですか?」

「おーい、サリーさん。アリスのヤツは目を覚まし――おっ、目が覚めてる! 大丈夫だったのかよアリス!」

「っ!! 来ないで、来ないで……! 話しかけないで、知らない。何も知らない、知りたくないの……!」


 まるで何かに怯えるように彼女はシーツを頭から被ってガクガクと震えながら、ベッドで縮こまったわ。

 その姿に笑顔だったサリーとフォードは、彼女の変わりように信じられないといった表情をしていて明らかに戸惑っていたわ。

 そんな彼らは未だ怯える彼女に近づこうとしたんだけど、それを止める者が居たの。

 その人物は、ギルドマスターのハスキーだったわ。


「サリー、フォードくん。アリスさんは目が覚めたばかりで少し混乱しているみたいですので、少し感覚をあけたほうが良いと思います」

「ですが、叔父さん……いえ、分かりました。それじゃあ師匠、早く良くなってくださいね」

「そうだぞ、お前は自分勝手みたいなのが一番なんだからよ。それじゃあな」

「あ…………っ」


 出て行った2人に悪いことをしたと感じながら、シーツから少しだけ顔を覗かせた彼女だったけど……そこにはハスキーがまだ残っていたの。

 目が合ったハスキーに恐怖する彼女は再びシーツを被り直し、外との交流を遮断するがハスキーは申し訳なさそうに口を開いたわ。

 その口調は、冷たくもあると同時に親切心を感じる声だったの。


「この様子だと、統合ではなく強制的な交替といったところですか……初めまして、本当のアリスさん」

「え……あの、ハス、キー……様?」

「ああ……今までの記憶は持っているんですね。でしたら説明する手間は無いと考えさせていただきます」

「は……はい……」


 怯えて縮こまったまま彼女はそう言って頷いたわ。凄く怖がりで気弱な性格をした頼り無さそうな印象がある少女……それが本当の彼女だったんでしょうね。

 そんな彼女へと、ハスキーは訊ねたわ。


 アリスさん、本当のあなたはこれからどうしたいですか? ――ってね。

 結論:大人しい人物ほど、追い詰めると恐ろしい事になる。

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