転生ゆうしゃ
翌朝、目が覚めて3人で朝食を取りながら、彼女たちはいろいろな話をするためにギルドマスターとの面会をしようという話をしていたわ。
ちなみにギルドで出された朝食はベトベトになるまで煮込まれたお粥だったけど、鳥の出汁で煮込まれているのかあっさりとした中にも深いコクがあって美味しかったわ。
それからしばらくして、サリーが受付に話を通して再びギルドマスターとの面会が可能になって3人で昨日と同じ部屋に向かったわ。
部屋の中に入ると、昨日と同じように笑みを浮かべたギルドマスター・ハスキーが椅子に座っていたの。
「やあ、サリー。おはよう、ゆっくり休めたかな?」
「おはようございます、ハスキー叔父さん。疲れは取れましたから、昨日聞きそびれた依頼の話を聞きたくて来ました」
「確か、ドリンの実の調達だったね。まあ、持ち帰ろうにも帰れないから依頼はキャンセルとさせてもらうか、調達した実を別の冒険者に頼むかと言ったところだね」
「あー……やっぱそうなるかー。というか、しばらくは俺もここで暮らすことになるんだよな……」
「まあ、そうなるな。あとは、もう一つの依頼のほうはどうなったんだ?」
「「え? もう一つの依頼??」」
彼女がハスキーに言うと、サリーとフォードは初めて聞きましたといった表情をしたわ。事実初めて聞いたんだものね。
それを聞いたハスキーの表情も何処かがっかりとした表情を取っていたわ。そしてそれに気づいた彼女は訝しむように彼を見たわ。
その視線に気づいたハスキーだったけど、何処か申し訳無さそうながらも諦めたといった表情をしていたの。
そして、その理由は本人から語られたわ。
「ええ、本当ならもう一つの依頼はそのまま行ってもらおうと思っていました。ですが、アリスさん……でしたね?」
「ああ、別に問題は無いから依頼を教えてくれればすぐに行動に移るぞ?」
「いえ……今のあなたにはこの依頼を任せそうにはありません。むしろ、任せたくありません」
「…………どういう、ことだ?」
「言葉通りの意味ですよ。ボルフさんからあなたの実力は聞いていますが、今のあなたに任せたいとは私は思いませんね」
「だから、理由を言えって言ってるんだ!」
「良いのですか? では言わせていただきます。今のあなたは心此処に在らずと言った風に、覇気が感じられません。そんな人間に依頼を任せたいとは思えません」
そう言われた彼女はかなりイラッとしたわ。もしかすると事実だったから苛立ったのかも知れないわね。
だからだと思うの、苛立ちながら彼女は立ち上がると同時に、敵意を込めてハスキーを睨みつけたわ。
彼女の様子にサリーはおろおろとし始め、フォードは一歩引いていたんだけど……彼女は気づいていなかったわ。
そんな彼女の反応から理解もしていないと感じたのか、呆れたように彼は溜息を吐いたわ。
そして――。
「分かりました。では、あなたに任せたくないと言うのを実力で教えてあげましょう」
「ご高説どうも……。だったら、教えてもらおうじゃないかよっ!!」
「し、師匠……叔父さん……」
「お――おい、落ち着けよアリス……」
「此処ではいろいろと危険ですし、修練場のほうに行きましょうか。着いて来てください」
ハスキーが先頭に立ち、彼らは冒険者ギルドを出てしばらく歩き……街外れの修練場へと辿り着いたわ。
修練場に辿り着くとハスキーは彼女から少し離れた位置に立ち、彼女へと笑いかけて……片手をクイッと彼女のほうに向けたわ。
要するに、何処からでもどうぞ。という挑発だったのね。
直後、彼女は全身に力を込めて拳を握り締めたわ。
「あんたが死なないように、拳だけで相手してやるよ!」
「そんな余裕もすぐに無くなると思いますが、存分に言っていてください」
「だったら、にやけた笑みを崩してやる――よっ!!」
「ボルフさんからの情報でかなり速いと知っていましたが、これほどの速度ですか。ですが――単調ですね」
「えっ? ――がっ、はぁっ?!?!」
にやけた笑みを殴りつけるべく、一気に近づいてハスキーを攻撃しようとした瞬間……彼女の身体は浮いていたわ。
そして、浮いたと思った瞬間には彼女の背中は力強く地面に叩きつけられていたの。叩きつけられた痛みは彼女の背中を伝い、全身に襲い掛かったわ。
まるで全身の骨が砕けたんじゃないかと思うぐらいの痛みを感じ、何が起きたのか頭の中が『?』で埋め尽くされたわ。
そんな彼女へと、ハスキーの声が届いたわ。
「今の攻撃、当たれば私は死んだと思いますが……その攻撃は単調すぎて、とても受け流し易いです」
「そりゃ、どう――もっ!!」
「それに……今のあなたは心と身体のバランスがまったく取れているようには思えません。だから、動きが全て単調なんですよ」
「はぐっ!?」
「し、師匠ッ!!」
「ウソだろ……あのアリスが……?」
きっと、ハスキーは彼女にアドバイスでも送ろうとしていたんでしょうけど、今の彼女はイライラし過ぎてその言葉に耳を貸そうとしなかったわ。
そして何度も地面に叩きつけられたり、突進する彼女の前に拳を置くことで自身の力で自爆させたりするハスキーの攻撃を浴びてしばらくたったわ。
地面に叩きつけられた彼女はもう一度起き上がろうとしたの。だけど、身体がまったく動かなかったわ……。
「くそっ、何で……なんで身体が動かないんだ!?」
「心は戦う気がまだまだ在るみたいですが、あなたの身体は違うみたいですよ。アリスさん」
「え、師匠が……泣いてる?」
「な――何言って……え?」
驚くサリーの声に、自分の顔に手を当てると……眼から涙が零れているのが分かったの。
どういうことだと理解出来ないながら、起き上がろうとしたんだけど……彼女の身体はまったく動かなかったわ。
まるで怯える子供のようにガクガクと身体が震えて、再び戦うことを拒否しているようだったの。
けれど彼女はもう一度起き上がろうとするんだけど、涙を流して震えるだけで身体が起き上がってくれなかったわ。
そして、そんな彼女の様子にサリーとフォードは戸惑うばかりで、信じられないという視線を向けていたのが分かったの。
そんな彼女へと、ハスキーが近づき……2人に聞こえないように小さく声をかけたわ。
「あなたは戦う気でしょうけど、彼女の身体はそれを拒んでいる証拠です」
「っ!? な、何で知って――」
「人間の国は秘匿にしていますが、世界中にあなたのような人たちは数多く居るんですよ――あなたのような、転生ゆうしゃがね」
「転生……ゆうしゃ」
その言葉を聞きながら、彼女は唐突に襲われた眠気に逆らえずに――意識を失ったわ。
見切り発車怖い!