呑み込まれているのを見ていた者たち
ルーナ視点です。
「ヒカリちゃんっ!?」
「ヒカリ様っ!?」
わたしたちの目の前でヒカリちゃんは肉の塊に呑み込まれるのを見た瞬間、悲鳴に近い叫び声でわたしたちはヒカリちゃんを呼んだわ。
けれど、ヒカリちゃんからの返事は無く……、呆気に取られたような声が耳に届いた瞬間にはヒカリちゃんの身体は肉塊に完全に呑み込まれ……直後、肉塊からは再び触手が襲い掛かってきた。
しかし……シターちゃんが張った結界はまだ有効らしく、触手の攻撃はまるで薄布のカーテンに遮られるように攻撃を防いでいた。
呑み、込まれた……!? ヒカリちゃんが呑み込まれた!
驚きながら、わたしは急いでシターちゃんが張った結界から飛び出そうとするけれど、その前にわたしの行動に気づいたシターちゃんが焦った声を上げて、わたしを取り押さえた。
「行ってはダメです! 落ち着いてください、ルーナ様ッ!!」
「放して! ヒカリちゃんが、ヒカリちゃんがあっ!!」
飛び出そうとするわたしを何とかシターちゃんが抑えてくれていたお陰か、少しだけ冷静になって来たらしく……わたしはアリスを睨み付けた。
……アリスは、まるでヒカリちゃんのことを心配していないとでも言うように初めに立っていた場所から全然動いていなかった。
それを見た瞬間、わたしは頭がカッとなり……ツカツカとアリスへと近づくと、広げていた手で頬を叩いていた。
パァン――と気持ちが良いほどに乾いた音が周囲に響き渡り、わたしの手は力いっぱいにアリスを叩いたからヒリヒリと痛むけれど……アリスのほうは叩かれたことを何にも思ってないとでも言うように、わたしの顔を見てきたわ。
「いきなり何ですか、ルーナさん?」
「何ですかじゃ……、何ですかじゃないわよっ!! あなたは何にも思っていないの!? ヒカリちゃんがあの肉塊に呑み込まれたのよ!? それなのに、何で助けてくれないのよ!!」
「呑み込まれましたね。……それが何か?」
「それが、何か……? あなたは……、あなたの中にあるっていう力はヒカリちゃんのお兄さんじゃないのっ!? それなのに、それが何かですって? まるで他人みたいじゃないのっ!!」
「ええ、他人事ですよ。だって、アタシはアタシで彼は彼です。ですからアタシにとっては他人事です」
冷たい瞳で見てくるアリスにわたしは怒りに任せて怒鳴りつけるけれど、アリスは何の感情を籠めないままそう言ってきた。
信じられない……! 親切に見えたし、マズいと思ったら力を貸すって言ってたのに……まったく手を貸してくれない上に、呑み込まれたヒカリちゃんはどうでも良いみたいに言う。
そんなアリスの態度に、今度はグーで殴りつけようと拳を握り締めるけれど……不意に、アリスは笑った。
いったいどうしたのかと思いながら、彼女が見ている方向を見ると……ヒカリちゃんを呑み込んだ肉塊を見ていた。
何か、あるの? そう思いながら見ていると、シターちゃんの張った結界が限界を向かえたのかビリッという音と共に破け、触手がシターちゃんへと襲い掛かってきた!
「きゃ――きゃあああああああーーーーっ!!」
「シターちゃん! いけない、助けないと!? ――え?」
シターちゃんを助けるために呪文を詠唱し始めようとしたわたしだったけれど、それよりも先に動く人物が居た。
その人物が軽く腕を振るうと、シターちゃんに巻き付いた触手が引き千切られ、シターちゃんはその人物の胸の中に抱かれていたわ。
「え……?」
「大丈夫? 何とも無い? は、はい……何とも、ない……です」
「そう。なら良かったわ。……それと、ルーナさん。アタシはね、他人事だけど……本当に危なくなったら助けますよ? ……言いたいこと、分かりますよね?」
「え、あ……え、……ええ」
顔を紅くするシターちゃんを抱き抱えながら、わたしに近づくアリスはわたしにそう言う。
突然のことで驚きつつも、わたしは返事を返した。……同時に、わたしはアリスが言ったことを噛み砕き考え始めた。
――本当に、危なくなったら助ける。
つまりは、ヒカリちゃんは……危なくないって言うの?
けど、肉塊に呑み込まれたのよ? それにあの肉塊はそもそもが瘴気のはず……。
本当に大丈夫なの? そう思っていると、変化が訪れた。
「? なに……この、臭い……」
「……気持ち、悪いです」
初めの変化は、何処からとも無く感じ始めた異臭だった。
その臭いにわたしは顔を顰め……、シターちゃんは顔を青くさせながら口を手で押さえ始めていた。
そして次の変化は……、周囲が暑く感じ始めたのだ。
……いいえ、これは暑いではなく熱い。その表現が正しいと思う。
そして最後の変化は、ボバッ! という何かが弾けるような音が周囲に聞こえた。
何処からそんな音が聞こえたのか、そう思いながら周囲を見渡すと……音が聞こえた場所が分かった。
「……え? なに、あれ?」
燃えていた。
ヒカリちゃんを呑み込んでいた肉塊が……、いいえ、その中心にいる真っ赤に燃えている何かによってドロドロと融けていた。
見たことも無いその姿に驚きつつ、わたしたちがそれを見ていると真っ赤なそれは――雄叫びを上げた。
『うがあああああああああああああああああああッッ!!』
「マズッ!?」
その叫びに呼応するかのように、真っ赤なそれの身体からは真紅の焔が周囲を燃やすように放たれた。
その様子にアリスは焦りながら《土壁》を展開したらしく、わたしたちと入れ替えた林を護るように巨大な土の壁が盛り上がってきた。
土の壁に阻まれた向こう側からは、それの雄叫びが未だに聞こえ……どうなっているのかわたしは混乱していた。
だから、多分状況を理解しているであろうアリスへと声をかけた。
「アリス……、これはいったい……どうなってるわけ?」
「……えっと、簡単に言いますと……ヒカリさんの中に眠っている神使の力が暴走を始めました……」
そう申し訳なさそうに、アリスはわたしたちへと告げてきたわ。
Q.扱えない力を無理矢理解放したらどうなるか?
A.暴走する。