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あるゆうしゃの物語  作者: 清水裕
創製の章
488/496

チュー族の3年間

視点はチュー族のハツカです。

 3年前、あの豚……間違えた、ゆうしゃという肩書きを持ったドブをハスキー殿に預けてから我は数日かけてチュー族の集落へと戻った。

 そして、族長へと少し問題はあったけれど最終的にドブをハスキー殿に送り届けたことを告げると……。


「これで……少しは元の性格に戻ってくれれば良いのだが……。無理だろうな」

「……でしょうね」


 疲れた顔で我らはそう言い合ってから、深い溜息を吐いた。

 ……そして、それから数日が経過したある日のこと。

 突如、絶壁を挟んだ人間の国が黒い何かに覆われた。……それからしばらくして、人間の国が愚かにも魔族の国へと戦争を仕掛けたという話が我らの集落に届いた。


「い、いったい何を考えているのだ人間の国はッ!?」

「落ち着けハツカ、それよりも現状……人間の国がああなったのだから、人間の国に近いこの集落も何か起きるかも知れない。今の内に出来る限りの準備をしよう」

「わ……分かりました」


 族長の指示に従い、我らは速やかに行動を開始した。

 男や戦える女たちは周囲の魔物や動物を狩り、それらを干し肉へとしていき、戦うことが無理な女子供たちは収穫出来る作物を速やかに収穫し、それらを長期保存が出来るように塩に漬け込んだり、干し野菜にしていった。

 出来上がったそれらは、我らの食べる量としてみればあまりにも造り過ぎともいえる量であったが……何故かは分からないが、それでも足りない。

 そんな予感が我らの胸の内にはあった。

 そして、出来上がったそれらはアリスが温かい泉の敷地内で創った新たな脱衣所の中にあるろっかーとか言うある程度の大きさの倉庫へと収納していった。

 その準備に4月ほどは掛かり、準備が終わってしばらくすると……周囲の警戒をしつつ、嵐の前の静けさとでも言うように静かな日々が過ぎていった。

 ……なお、その間に街との交流は出来ていたため、ハスキー殿からドブが何処かに逃げ出したという情報を聞いて、我らは呆れ果てていた。


「このまま、何も起きなければ良いのだが……」

「そうであれば良いのだが、万が一のための準備と警戒だ。しておいて、問題は無いと思うぞルモット」

「まあ、そうだけど……」


 ぶつくさと文句を言うルモットを窘めつつ、警戒をし続け……1年の時間が経過したある日、ついに恐れていた事態は起きた。

 何処からとも無く現れた、黒い魔物が集落を襲ったのだ。

 獰猛で手が付けられないその魔物は、見た目と攻撃力だけではなく……その血を浴びた者の身体を黒く溶かすという厄介な特性を持っていた。

 そして、斥候が得た情報で、黒い魔物は地面から這い出るように現れたと言うことを知った……が、攻撃を返す手立てが無く、我らは窮地に陥った。

 結果……、我らチュー族の集落は呆気なく壊され、我らは唯一残っている温かい泉がある小高い丘へと逃げた。


「何故、何故逃げるのですか族長ッ!? 我らはまだ戦える、戦えるのですよっ!?」

「分かってる。分かっているが……、無駄に死にに行くような戦いにお前らを行かせるわけにはいかねぇ!!」


 喚き立てる歴戦の戦士たちが族長へと抗議の声を出すが、族長の言葉に唇を噛み締めながらも丘へと逃げることを選んだ。

 だが、何時もならいざ知らず、黒い魔物が襲い掛かってくる中を戦えない女子供を護りつつ丘に向かうのは至難の業であった。

 しかし、何名かが怪我を負ったが……何とか丘へと辿り着くことが出来た。


「……くそっ、このままじゃマズいな……。ハツカ、ルモット! お前たちは怪我人と女子供を建物の中に入れろ!」

「「わかりましたっ!!」」


 族長の指示に従い、我らは怪我人を含めた女子供を泉の脱衣所の中へと連れて行った。

 けれど……脱衣所はすぐに埋まり、泉へと怪我人たちも連れて行くこととなった。

 周囲に見えないように設置された薄壁を見つつ、何時壊されるかと思っていると……怪我を負い、傷口が黒くなった男が足を滑らせたのか、泉に身体を沈ませてしまった。


「っ!? だ、大丈夫かっ!!」

「あ、ああ……だいじょう……な、なんだ……これは?」


 起き上がろうとした怪我人の男が驚愕の表情を浮かべる。

 そして、我も……それを見ていた他の者たちも驚愕の表情を浮かべた。

 何故なら黒く染まった傷口が湯に浸かった途端、黒い煙を立てながら傷口から黒いものが消えて行ったのだから……。

 我らは驚きつつも、腕に傷を負い……黒くなり始めている戦士の腕を、泉に浸けさせた。

 すると……彼の腕も、同じように傷口の黒いものが煙となり消え去って行った。


「ま、まさか……この泉の水が奴らに効果があると、言うことなのか?」

「分からない、けど……試してみる価値は、ある!」


 我らはそう言うと、すぐに行動を開始した。

 木枠で作られた桶に水を掬うと、脱衣所を抜け……今まさに戦いを繰り広げている族長たちの下へと戻り、周囲に桶の水をぶちまけた。

 いきなりの行動に族長たちは呆気に取られた表情をしていたが、気にしないで欲しい。

 そして、我らの行動は当たっていたらしく、かけた水が黒い魔物の1体に命中すると、黒い煙を上げながら苦しそうにもがいていた。

 これはいける……いけるぞっ!! そう考えて、水をかけるだけ掛け続け、もがき苦しんだ黒い魔物は我らから逃げるように踵を還し……その場から逃げ出した。

 その光景を見て、皆から歓声が響き渡った。

 その様子を見ていた族長は……。


「集落は失われた、けれど……今ここには備蓄した食糧もあるし、何よりあの黒い魔物と奴らにつけられた傷を癒す効果があるであろう泉がある。

 ……ここは、しばらくこの場所で暮らして様子を見るとしよう」


 そうして、我らの新たな生活が始まった。

 傷を負った者たちは泉に浸かり、傷を癒し……動ける者たちは周囲を警戒し、生き残ったゼブラホースを駆る者たちは周囲の集落に生き残りは居ないかと泉の水を筒に入れてしばらく旅立っていった。

 そうしている間に、周囲の村や集落の生き残りが少しずつ増え始め、同時に新たな事実が発覚したのだ。


「これは……この土地、と言うよりも建物が何か黒い魔物に対して効果があるみたいだな」

「まさか、アリスが何かしていた結果……だと言うのだろうか?」

「可能性としては、あり得るな……ゆうしゃだし」


 そうして篭城を続けて、約2年の歳月が過ぎ……備蓄していた食糧が底を尽き掛けていた。

 そのため、我らは体力を温存するためにあまり動こうとはせず……静かに丸まって眠りについていた。

 ……時折、腹を空かせた者のお腹の音が聞こえたが……、静かに耐え続けていた。

 そんなある日、空から五月蝿い豚の声が聞こえたが無視していたのだが……、突然聖地のある方角から激しい音が響き渡り、我らは驚きながらもフラフラと脱衣所から這い出た。


「な、なんだ……アレは?」


 光、その一言に尽きる光が聖地のほうから見え、我らが唖然としていると……空から何かが近づいてくるのが見えた。

 唖然としている我らだったが、敵かも知れない。その考えが頭を過ぎり、立て掛けられた武器を手にする。……ただし、黒い魔物のせいで殆どの武器は欠けたり溶けたりしていた。

 ゴクリと、息を飲み込み……接近する存在を見続け、互いに姿が見えるようになった距離になると……。

 人間の女性であることが分かり……そして向こうも我らの存在に気づき、女性は――。


「ス、スナ族長ッ!? それに、ハツカさんも!? 集落は潰れているみたいでしたけど、温泉のほうに住んでたんですかっ!?」


 そう驚いた様子で、我らを見つめていた。

 ……誰だ?

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