一方、お嬢様は……。
タイトルの如く、ポーク将軍の屋敷に滞在するお嬢様のお話を挟ませていただきます。
暗い、暗い闇の中を、何も見えない……何処へと向かえば良いのか分からないまま、わたくしは走り続けます。
走り過ぎて、脚が痛く……息もぜぇぜぇと切れかけている。もう立ち止まって休みたい。
それなのに……走るのをやめてはいけないと、何故かは分かりませんがそう感じています。
「れか……だれか……たす、けてください……」
息絶え絶えにわたくしは誰かに助けを求めます。
けれど、その声は誰にも届くことはありません。
そんなとき、足が何かに引っ掛かり……わたくしは転びました。
これで、これで休める……そう思ったわたくしですが、倒れた身体はそこに沼があったのか沈み始めていきます。
暗い中であるにも拘らず、尚も暗い……そんな沼にわたくしの身体は沈み、目の前は暗くなっていき……。
危険だと理解したときには、もう遅く……身体は完全に沈み、意識も真っ暗に――。
不意に――消え入りそうになる意識を繋ぐように、何者かがわたくしの手を掴むと一気にわたくしの身体を沼から引き抜きました。
「だれ……ですか……?」
『もう、安心して……、今助けるから……』
朦朧とする意識の中、わたくしは自分を引き抜いた人物を見ましたが……その方は、光り輝いており……顔は見えませんでした。
ですが、その光を浴びたわたくしの身体は……溜まっていた穢れが取り払われ、霞掛かっていた頭の中がはっきりしていくのを感じました。
そんなわたくしの様子を満足そうにその方は見ているのか、口元に笑みが浮かんでるのが見えます。
……あなた様は、いったい……誰なんですか?
そう思いながら、わたくしは手を伸ばそうとしますが……
『もう目覚める時間だよ? 目が覚めたら、あなたも……メイドさんも、きっと救ってもらえるから』
「え? いま、メイドさんって……あなた様は――――」
一瞬、とある人物が頭を過ぎりましたが……、わたくしの身体は舞い上がるように空高く飛んで行きました。
そんなわたくしを、その方は微笑みながら、手を振っていました……。
そんな、夢の終わりと共に、わたくしの意識は浮上して行きました。
◆
「……う……ぅ、ここ……は?」
「お嬢様ッ! よかった……目が覚めたんですね」
「ウ……ボア? わた、くしは……?」
目を覚まし、ボーっとする意識の中で……今にも泣きそうな顔をしながら、ウボアがわたくしの手を握り締めていることに気づきました。……が、どうしてこうなっているのでしょうか?
分かりません……。そう思っていると。
「キミは、街が襲われて……ポーク将軍たちが迎撃に出てから、しばらくして倒れたんだよ。覚えていないのかい?」
「たお、れて……? …………そう、だ。わた、くしは……」
街の外から迫り来る何か良くない気配に中てられて……。
ゆっくりと手の甲の石を見ましたが、白ではなく黒く濁っていました……。
なる、ほど……、危険な状態だったみたい……ですね。――っ!! わたくしもこうだというなら、シトリンもっ!?
漸くシトリンのことに頭が動き、わたくしはウボアを見ます。
「ウボア……シトリンは、無事……なの?」
「え、あ……えっと……」
「正直に、答えて……」
「…………お嬢様が倒れてから、しばらくして……シトリンさんも、具合が悪そうで……今は隣の部屋で寝ています」
「そう……。シトリン、大丈夫かしら……」
「えっと、それじゃあ……誰かにお願いして――あ、はい?」
ウボアが立ち上がったと同時に、部屋の扉が叩かれ……ウボアが顔を出すと、使用人のかたが立っていたようです。
そして、話を聞いている限り……ポーク将軍がわたくしに用事があるようでした。
用事……なら、わたくしも……行かなければ……。
そう思いながらわたくしは立ち上がろうとしますが、身体に溜まった穢れは量が多すぎたらしく……立ち上がろうとしたわたくしの体力を奪い去っていきます。
「お、お嬢様っ!? 大丈夫ですかっ!? お嬢様っ!!」
「だい……じょう……で……」
大丈夫と口にしようとするのに、口も重く……喋るのが難しいです。
これは……危ない、ですよね……。シトリンは、無事……でしょうか?
そう思っていると、使用人の背後に何時の間にか誰かが立っていたらしく……使用人へと声を掛けてきました。
「失礼させてもらう。ますたーに言われて来たのだが、これは……危険な状態だな」
「え? あ、あなたは……ポーク将軍たちのところで待っていたのでは?」
「ますたーに指令を受けて、あの場から抜け出させてもらった。……良いだろうか?」
「え、あ……え?」
だれ……ですか? 薄く開かれた目に見えるのは、ピョコンと頭から生えた細長い耳。
……じゅう、じん……?
朦朧とする意識の中で、その人物を見ましたが……その獣人は何処かからか、液体が入った瓶を取り出しました。
光り輝く、液体が入った瓶……です。
その瓶をわたくしの口元へと近づけ……、中の液体を口へと含ませてきました。
……それは、甘い……果実の絞り汁で、口の中に芳醇な甘みが広がって行きます……。
「………………あ、……え?」
甘みが身体中に沁みこむのを感じていると、頭がはっきりとし……だるかった身体が軽くなるのを感じました。
その感覚に、驚きながらも……わたくしは起き上がります。
「お、お嬢様っ!? か……身体のほうは……?」
「え、……っと、なんだか……凄く軽くて、蓄積されている穢れは……え?」
黒く穢れていた手の甲の石を見ましたが、わたくしは唖然としました。
何故なら、手の甲の石は……今まで見たことも無い程に透き通り、窓から差し込む光にキラキラと輝いていたのですから。
一体全体これは……?
わたくしは驚いていましたが、すぐにわたくしに何かの果汁を飲ませた獣人を探しましたが……見当たりません。
「もしかして、シトリンのほうへ……?」
「あっ! お、お嬢様っ!?」
飛び出すように部屋から出たわたくしはすぐに、隣の部屋へと駆け込みましたが……ベッドの上で唖然とした表情をしたシトリンだけが居ました。
ですが、わたくしが部屋に入ったのに気づいたのか、戸惑いつつもわたくしを見ました。
「お、お嬢様……? 身体のほうは、大丈夫……なのですか?」
「そう言う、シトリンこそ……平気、なの……?」
「は、はい……、いきなり現れた獣人が……じぶんに何かを飲ませたら、一気に身体が軽く……」
「わたくしもよ……」
いったい、わたくしたちは何を飲まされたのでしょうか?
疑問は抱きますが……、はっきりとし始めた思考が、わたくしたちにポーク将軍の下へと向かうように告げてきます。
多分、その場所に向かえば……わたくしたちを救った人物が何者か知ることが出来るはず……ですよね?
そう考えて、わたくしはシトリンと共に寝巻きを脱ぎ、ちゃんとした服装に着替えを始めました。
呼びに行ったお嬢様、地味にピンチな状態になってましたとさ。