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あるゆうしゃの物語  作者: 清水裕
創製の章
467/496

幸せとの別れと、死に行く者の願い(S&F)

 受付の女性にハスキーが瀕死の重傷を負ったと聞かされ、一瞬気が遠くなったけれど……何とか気を持ち直して、わたしは彼女の後に付いて行って冒険者ギルドへと向かった。

 冒険者ギルドの前では、数多くの生き残った冒険者が心配そうに中の様子を窺っているけれど……わたしが到着したことに気づいた冒険者の声かけによって、道が作られた。

 その視線を感じながら、わたしは震えながら中へと入って行った。

 ……ギルドホールの中では、見覚えのある冒険者たちが苦痛の表情を浮かべながら、床に寝かされていた。


「いてぇ、いてぇ……のに、痛みが感じられねぇんだ……」

「腕、腕があぁあぁ……」

「な……なあ、脚……あるよな? おれの脚……あるよな? あるって言ってくれよ……!」


 何時もは活気に満ちた雄雄しい笑い声や荒々しい怒鳴り声が響き渡るホールは、怪我をした者たちの悲鳴に満たされていた。

 彼らの殆どは傷口から血が滲み、身体の殆どが黒い染みによって融けているのが見えました……。

 黒融病に近いけれど、これは黒い魔物の攻撃を受けたり、返り血を浴びた結果です。

 返り血を浴びた場所は、《回復》も効かず……徐々に身体を溶かしていく……そんな助かる手立てのない症状。

 まさか……ハスキーも、同じように……?

 不安になりそうな心を必死に繋ぎ止めつつ、わたしはギュッと拳を握り締める。

 そんなわたしへと、受付の女性が悲痛そうな面持ちで見つめ……。


「マスターは、部屋に居ますが……気をしっかりと持ってください」

「は、はい……」


 受付の女性の言葉にそう頷くと、女性は室内へと響き渡るほどの大きさで扉をノックし、部屋の主へと声を掛けた。


「マスター、奥様をお連れしました」

「入れて……ください……」

「……分かりました。どうぞ」


 彼女の言葉に頷き、わたしは部屋の中へと入ると……彼はソファーに座っていた。

 ただし……、見るも無残な様子で……。


「ハス、キー……」

「シバ……。すみません。このような醜い姿で……」


 口元に手を当てるわたしへと、彼は申し訳無さそうに謝った。

 謝らないで欲しい。謝らないで欲しいのに……!

 そう思いながら、わたしはハスキーの姿を……直視した。

 綺麗でサラサラとしていた灰色の髪は、短く千切れ……。

 女性みたいにスベスベとしているけれど筋肉が付いていた身体の殆どは、黒く変色し……利き腕である、わたしが度々回復をしていた腕はそこには無くなっていた。

 ……脚も、暗がりだから分からなかったけれど……無くなっている。

 わたしは黒融病の患者ばかりを見ていたけれど、黒い魔物と戦った人たちの治療を行っている仲間は凄く辛そうにしていたのを覚えているけど……こんなに酷いだなんて。

 その光景に言葉を失っていたけれど、ハスキーはもっと辛いのだということを思い出し、わたしは震える声で彼へと語りかけた。


「醜く、なんか……ない、です……! だって、ハスキーは……ハスキー、ですから……!!」

「……そう言って、貰えると……嬉しい、ですね……。……シバ、ひとつ、頼みごとをして……いい、でしょうか?」


 嬉しいような様子を見せるハスキーでしたが、不意にわたしを真剣に見つめてきました。

 その視線に、嫌な予感を感じつつ……わたしは返事を返します。


「な、なに? なにか、して欲しいの?」

「ええ、あります……。ですが、シバ……その前に覚悟を、してくれませんか?」

「かく……ご?」

「はい……。私は、もうすぐ……死ぬでしょう」


 ――ッ!!? ……ハスキーの言葉に、わたしの頭が真っ白になるのを感じた。

 死ぬ……死ぬ? ハスキーが、死ぬ……?

 その言葉を聞いて、わたしは目の前が暗くなるのを感じ……絶望が心の中に染み込み始めた。

 あ、ダメだ……これ、ダメだ……。

 ダメだというのはわかっている。だけど、ハスキーが死ぬと聞いて……絶望を抱かないわけが無い。

 そう思っていると――。


「シバ! 絶望しないでください……!!」

「ッ!! ……ハス、キー…………」

「大丈夫、ですか?」

「え、ええ……なん、とか……。それ、で……頼みごと、ですが……」


 ハスキーの声で立ち直ることが出来たわたしへと、彼は頼みごとを口にしてきました。


「私は、もうすぐ死ぬでしょう……。事実、身体の感覚が徐々に無くなっていますから……ですが、心残りがあるんです。

 ……それは、サリーたちが再び、この国に……やって来たときのことです。

 彼女は……きっと、私が死んだことを知ると、悲しみます。……一応側にはボーイフレンドが居ると思いますが……アレは頼りになりません。……ですから、この国に居るだけで良いので……貴女が彼女を支えてあげてください……」

「ハスキー……。分かったわ……」

「それと……サリーたちが来たとき、それはきっと……黒い魔物も黒融病も全て解決できるはずです……。

 ですから、希望を捨てないでください……。絶望を、しないでください……」

「はい……、はい……っ」


 気が付くと、わたしは涙が溢れてポロポロと零れていた。

 涙で滲む瞳には……徐々に死へと近づくハスキーの姿が見え……、本当は目を放したい。

 だけど、わたしは見届けなければいけない……。そう思いながら、彼を見つめていた。

 彼は、ハスキーは……言いたいことを言い終え、最後にわたしを見て……優しく微笑んだ。


「シバ、貴女との結婚生活は……凄く充実していました。ありがとう……ございます」

「こ、ちらこそ……、ありがとう……ござい、ましった……!」


 涙を流しながら、わたしもハスキーへとお礼を言います。選んでくれてありがとう、愛してくれて……ありがとう。

 その言葉を聞いて、ハスキーは満足したらしく……段々と目を閉じて行きます。

 そして……最後に彼は、先に向こうの世界へと旅立っている、姉へと掠れた声で行くことを呟きながら……彼の命の火は燃え尽き……、二度と目を覚ましませんでした。

 ……それを見ながら、わたしはしばらく立ち尽くし……そして、堰を切ったように泣き出しました。

 もっと、もっとずっと、一緒に居たかった! ハスキー! ハスキー、ハスキーハスキー!!

 ……涙を流し続けるわたしでしたが、ある程度泣き続けてから……立ち上がりました。


「悲しい……けど、泣き続けていたらダメ……今は、今は絶対に、彼との約束を……守り続けないといけないんだ……!

 それに、黒融病も……何とかしてみせないと」


 涙を拭い、わたしは普通なら融けてしまうはずなのに、自分の形を取り続けるハスキーを見てから……扉を開け、未来を見据えました。

 そして、今日この日……ハスキーが待ち望んでいた人物が姿を現したのです。

 長かった……本当に、本当に長かった……。

 そう思いながら、わたしは彼女たちを……ハスキーの眠る下へと案内するために歩き出しました。

現代に時間は戻ります。

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