シバの思い出(S&F)
視点はシバです。
紙が色を浸み込むように……全身が徐々に黒くなり、身体の感覚が消え、理性もなくなり始め……最終的に全身が真っ黒になるとドロドロになって融けてしまう。
そんな病があるころを境に街には蔓延し始めました。
そしてその病が発症するのは老人と子供を中心に……ではなく、希望を捨てた者たちが中心的に見受けられました。
……当然、わたしたち治療院の職員もその病気の原因の解明、被害が広がらないようにするために努力を行いました。
けれど、その病は治まるどころか、爆発的に蔓延していきました。
当時のわたしも、原因を調べたり……病を治す手立てを調べようとしていましたが……まったく手がかりは見つけることが出来ませんでした。
「今日も、また一人…………。いったいどれだけ助けられないというの……?」
業務が終わり、薄暗い室内に蝋燭の灯りがポツンと灯る中、わたしは診断書とも呼ぶべき物を紙に書き連ねつつ、悲観にくれながら呟きました。
……それも当たり前でしょう。だって、今日も一人病で亡くなりました。
……わたしたちの間では『黒融病』と呼んでおり……事実、そのような症状なのだから違うだろうと言う意見は出ませんでした。
昨日は4人、今日はまだ1人だけど……明日はどうなるのかは分からない……。
先の見えないこの状況に悲観しつつ、わたしは利き腕じゃない手を見ます。
……そこには、病の症状である黒い染みが出来ており……わたしは顔を歪めた。
「……あと、どれだけ……わたしは患者を診ることが出来るでしょうか……? 数週間? 数ヶ月? それとももっと短い……?」
「……シバさん、少し良いでしょうか?」
「――――っ!!?」
そう呟きつつ、握り締めた羽ペンを潰しそうな勢いで握り締めたけれど……不意に背後から声が掛けられ、バっと振り返るとそこには……。
「ハ、ハスキー……。どうしたの? また手首が痛み出したとか……?」
「いえ、貴女の《回復》のお陰で傷は特に問題はありませんよ。……ですが、貴女の表情が芳しくないと周りから聞かされたので不安になってしまって……」
「そう……ごめんなさい。少し、考えすぎていたみたいで……」
いけない。どうやら悩み過ぎていたからか、周りが心配してしまっていたらしいですね。
焦るにしても、周りにばれないようにしないと……。
心の中でそう思いながら、わたしはハスキーへと頭を下げる。
……正直、そう言ってくれる人間が居るだけで助かることを知っているからわたしは落ち着きを取り戻した。
「それは、別に構いませんが……私たちは神さまではないのです。ですから、助けられなかったと思って自分のせいにしたりしないでください」
「っ!! そんな風に軽々しく言わないでよっ!! 今日死んだ人も、最後にわたしに縋るような瞳で死にたくないって言葉を残して融けたのよッ!? なのに、助けられなかったのはわたしのせいじゃないって言い切れるのっ!?」
今日死んだ人はそう言った。昨日死んだ人には子供が泣いた。その前は家族が……。
毎日毎日、助けられない自分自身を責める者が居るのは知ってる。けれど、死なれた者の家族は皆何も言わないのだ。
それが何よりも辛い。……辛いのだ。
「……それは分かりません。ですが……こんなとき、アリスさんが居たら……いえ、たらればなんて意味が無い言葉ですよね」
「アリス……っていうと、あなたの姪が連れていた転生ゆうしゃの子……よね?」
約2年前にここに運ばれて治療した覚えは微かにはあるけれど、何とか出来るような力を持っているようにはわたしには思えなかった。
けれど、この国が壊滅の危機に陥ったのを救ったのが彼女だとそれを見ていた冒険者や兵士が言っているので、にわかには信じられなかったりする。
……でも、もし本当にそうだとしたら……全てを何とかして欲しいとも思ってしまう。……って、ダメだダメだ! ありもしない幻想を抱くなんてどうかしている……!
縋りつきそうになった幻想を振り払うと、わたしはハスキーを見た。
「ハスキー、わたしはもう大丈夫だから……今日はもう帰っても良いわよ」
「……いえ、まだ帰りませんよ。……一人で悩みすぎていると悪い考えしか浮かびませんから」
そうハスキーはわたしに微笑み、対するわたしは……その言葉に少し恥かしくなりつつも、頬を染めながら。
「そ、そんなことを言ったら、変な意味で取っちゃうよ?」
「……別に、そう取っても構いませんよ? と言うよりも、こんな事態で言うのもなんだと思っていましたが……貴女が持っている物を半分でも、私に持たせて貰えませんか?」
「え……っと、それって…………」
いきなりすぎる言葉に驚きつつ、わたしはハスキーを見ると……彼は真剣な瞳で、わたしを見ていた。
そして、言われた言葉を生涯忘れないだろう。
「シバ、私と――結婚してください」
「え? えっと……、ごめん。いきなり過ぎて……あたまが、追いついていないんだけど……?」
「すみません。ですが、私自身も感情が追いついていない状態だったりしますが……、今の貴女を見ていると支えになってあげたい。護ってあげたいと思えたんです」
そう真摯に答えるハスキーをわたしは、改めて見るけれど……今まで親しい友人の間柄と思っていたし、わたし自身は出会いが無い地味な顔立ちと体型だと自覚している。
それなのに、目の前に居るこのギルドマスターで眉目秀麗な男性はわたしの求婚をしているのだ。
……わたしはハスキーのことが好きだったりしたが、自分を選ぶわけが無いと思って、その感情を忘れようとしていた。
なのに、彼はわたしに求婚をしたのだ。
「それで……どう、でしょうか?」
「え、えっと……その……は、はい」
顔を近づけてくるハスキーにわたしの胸がドキドキと高鳴るのを感じる。
けれど、返事をしないと。そう思いつつ、わたしはしどろもどろになりながらも……頷いた。
その言葉に、ハスキーはわたしに感謝の言葉を述べ、わたし自身心の中で……選んでくれたことを感謝していた。
そして……流されるというよりも必然的にと言うべきか、わたしは彼と愛し合った。
けど、その幸せな時間は……あまり長くは続きませんでした。
あっさり結婚とかしていますが、その前に色々とあったんですよ。色々と。