白銀
アルト視点です。
ティアの腰に差した剣の柄を掴むと、わたしは彼女の願い通り胸元へと押し付けた。
……一瞬、それは違う。という風な目でティアがわたしを見た気がするけれど……これで良いよね?
そう思っていると、彼女に変化が訪れたのに気が付いた。というよりも、劇的な変化過ぎて……気づかないほうが可笑しいと思うほどだ。
突然、彼女の身体のくすんだ……と表現すれば良いのか、それとも濁ったと言えば良いのか……。そんな淀んだ部分が一気に無くなり、わたしが何時も見ていたティアの姿になった。と思ったら、突然眩いほどの光を身体から放ったのだ。
その反応に驚きながらも、わたしは何とか彼女の上から降りた。
そして、わたしが連れて来られると思っていたらしき女は信じられないと言わんばかりの金切り声を上げ始めたのだ。
「な、何なの?! これはいったい何なのよぉ~!! マーリアちゃんの命令に従いなさいよっ! どうして、命令を聞かないのよっ!? 黒瘴珠の創造主であるマーリアちゃんの命令なのよぉ~!?」
「……何が創造主だ。お前のそれは、ただの虐殺だろ…………」
喚き散らす女へと、ティアが淡々と……ううん、長年の付き合いだから分かるけど、これって怒りを抑えながら喋っている状態だ……。
そう思っていると、ティアの身体から放たれている光が収まると……彼女はゆっくりと立ち上がった。
いったい、彼女に何が起きたのだろうか? ほんの一瞬で、何故こんなにも怒っているのだろうか?
それに……。
「ティ、ティア……?」
わたしはそんな彼女を見ながら、恐る恐る彼女に声を掛けた。
何故恐る恐るかというと……今現在わたしの前に立つ彼女の姿は、今まで見ていたティアの姿の筈。それなのに光を浴びて何処か輝いて見えるからだ。
すると、ティアはわたしのほうを見ると……おとぎ話で見たことがあるような神さまみたいに優しく微笑んで見せた。
「アルト、ごめん。怖い思い……したよね?」
その微笑みに魅入っていたわたしだったが、ハッとしてすぐに何か喋ろうと慌てた。
「う――ううん、ティアは何とかしてくれるって……わたしは信じてたから……」
「そうか……。だったら、あたしはあたしに出来ることをしよう。……今度こそ、キミを絶対に護ってみせるから、心配しないでくれ」
ティアはそう言って、わたしに優しさと力強さを兼ね備えた瞳を向けた。
その視線は、同性愛なんて無い……と思うわたしの胸をドキンと跳ねるほどの威力だった。
それに連動するように頬もかぁーっと熱くなるのを感じた。
「……ティ、ティアとわたしは友達、親友……落ち着け、落ち着くのよアルトォー……!」
自分を自制するようにしながらぶつぶつと呟き、ひとり悶々としているわたしに気づいているのか居ないのか、ティアはわたしから視線を外すとあの女を見た。
視線が反れたことでわたしは安堵すると同時に、若干寂しさを覚え――って、だからわたしは普通なのぉー……!
一方、女は女で、わたしたちを睨み付けており……妙な威圧感を感じるどころか妙な黒い気を身体から放出していた。……多分何かをしてまたティアを操ろうとしているのかも知れない。
そう思っていると――
「……無駄だよ。もうあたしには、アナタの命令は届かない」
「――ッ!? う、嘘よっ!! 何で、何で邪族であるはずのあなたが、この超絶可愛いマーリアちゃんの命令を何で聞けないのよっ!?」
「決まっているだろう? それはあたしがキミを……お前を倒すために……犠牲となった者たちのために戦うのだからだっ!!」
ティアはそう叫ぶと、身体から白い気が放出され始めた。そして、未だ胸元に付いていた柄を掴むとそれを引き抜いたのだ。
わたしは引き抜かれた柄を見て、驚いた。
何故なら、わたしがティアに跨って、その胸元に突き刺したとき、それは普通の何の変哲も無い剣の柄だけだったのだ。
それなのに、彼女が胸元から引き抜いた柄には……純白、ううん、まるで白銀とも呼べるような細長い刀身が伸びていた。
光を放つ刀身にわたしは思わず「綺麗だ」と状況に場違いだけれど、そう思ってしまった。
その一方で喚き散らしていた女は、伸びた刀身が信じられないと言わんばかりにまたも金切り声を上げ始めた。
「な、何よその剣っ!! あ、あなたたちっ! マーリアちゃんを護りなさいッ!!」
「あー」「うー」
大声を上げながら素早く後ろに下がる女と入れ違うようにして、彼女を護るために兵士たちは盾を構えながら前へとゆっくりと進み始めてきた。
そんな兵士たちに向けて、ティアは白銀の刀身を持った細剣を突き出した。――って、距離がまだあるのにどうしてそんなことをっ!?
そんなわたしの驚きとは別に、ティアの手にある細剣はまるで生きているとでも言うように突き出された輝く刀身はその身を伸ばし、盾を構える兵士たちへと突き進んでいった。
しかも、このままでは盾に弾かれるのではないのかと思った瞬間、キュッと曲がると盾を越えて……蛇のように兵士の首へと突き刺さった。
「「――えっ!?」」
そして、そこから起きた現象に、わたしは驚きの声を漏らした。
何故なら、兵士に突き刺さった刀身が眩い光を放つと、兵士の黒かった身体は一瞬で真っ白になり……その場に白い粉を落として崩れ去ったのだから。
……唯一、事情を知っているであろうフィーンが「おーっ」と感心したような声を漏らしているのが気になるところだったりするが、今は気にする余裕があまり無かった。
そしてティアの武器は、きーきーと苛立っていた女……いや、もうおばさんで良いや。おばさんにも衝撃的だったらしい。
何故なら……。
「そ、そんな……嘘ッ!? どんなに失敗作の邪族であっても時間が経てば回復するはずなのに、それが存在ごと消滅した……!?」
「違うな、消滅ではなく……、救済だ。苦しみから解き放つための……な」
「何をわけの分からないことを……!! おい、ドブゥ! いい加減、寝たふり止めて起きなさいよぉ!! そして、マーリアちゃんを護りなさいよぉ~!!」
「ブ、ブヒッ!? ば、ばれてたでござるよぉ!!」
苛立ちながらおばさんが、叫ぶと確か居たなと忘れかけていた存在感の薄いけれど気色が悪い太った男が樹の陰から顔を出した。
…………何というか、全然絵にならないような存在だなぁ……。
「本当、良い度胸してるじゃないのよぉ、ドブゥ~? それとも、マーリアちゃんからのお仕置きが欲しくて隠れてたのかしらぁ~?」
「ブヒィ!! おしおき、お仕置きがもらえるでござりゅぅぅぅぅぅぅ!! 拙者超頑張るでござるぅぅぅぅっ!!」
妙に興奮し、鼻息を荒くした男はドスドスとティアへと駆け寄っていく。
というか、お仕置きが欲しくて襲い掛かるってなんだろう……。
そんな近づいてくる男の存在感にかなりの嫌悪感をわたしは抱いてしまった。……正直、こういう感情をわたし自身あまり抱くことは無いはずなのに、これなのだ。
それほどまでに、近づいてくるあの男が気色が悪いというものなのだろう。
「ティ、ティア……」
「大丈夫だ、アルト……。あたしが、何とかするから、キミはじっとしていれば良い」
そう言うと、ティアは伸ばしていた刀身を手早く自分の手元へと戻すと……その刀身を変化させた。
刀身、と言うよりも巨大な太い棒のような……これは……棍棒、なのだろうか?
白銀に輝く太い非殺傷武器をティアは振り被ると――近づきながら、腹の肉をドタプンドタプンさせる男の腹をそれで力いっぱいに殴り付けた。
「ぶ――ぶひぃぃぃぃっ!? あ、ありがとうございましたぁぁぁぁぁぁぁっ!!」
……何か特別な魔法でも込められているのか、それとも純粋な力なのかわからないが……殴りつけられた男はその場から居なくなるとでも言うように綺麗な……それはもう見事なほどに綺麗な回転を空中で描きながら木々の間を突き抜けていった。
そして、遠ざかっていく声に一瞬周囲に気まずい雰囲気が満たされた気がしたが、気になるのはあとにするべきだと考え、ティアたちを見た。
「さて、頼みの綱であろうあのドブは吹き飛ばされた。今度こそ……お前を裁く時間だ」
そう言うと、ティアは凛とした佇まいで再び細剣の刀身に変えた武器を変化させ……、勝利すると思っていたおばさんへと細剣を構えた。
一方、おばさんはおばさんで、あの男に対しての怒りなのか、舐められた態度を取られているからかわからないがプルプルと震えているのが見えた。
それを、わたしは見つめるのだった……。