専属職人
今回もアルト視点です。
……多分、気を失った後に……この2人はわたしをカーシから連れ出したのだろう。
けど、いったい何のために……? いや、確か女性のほうが……わたしを見て服を作る人物かと男に尋ねていたはず……。
だったら、服を作らされる……ということ? でも、だったらカーシで強制的に作らせるだけ作らせれば良いはずなのに……。
……待って、思い出して……女性は何て言った? 確か……。
『光栄に思いなさい。貴女はこの超絶可愛いマーリアちゃんのための服を作る職人として邪族の一員にしてあげるわぁ~!』
そうだ。そう女性は言っていた。つまり、どういうわけかは分からないけれど……エルフであるわたしをその邪族とかに変える方法があって、そこに連れ出したと考えるべき?
……だったら、この2人の最終目的地に着いたらわたしはヤバイと言うことではないのだろうか?
そう考えるとわたしは何があったのかを思い出すよりも前に速く逃げなければいけないと言うことにようやく気づいた。
けれど、それに気づくのは少し遅かったようだ。
何故なら……。
「ブヒッ!! ようやく到着したでござるよ!! マーリアさまぁぁぁっ! 到着でござるぅぅぅぅぅぅぅっ!!」
「そうねぇ~。ご苦労様、ドブゥ」
どうやら目的地まで辿り着いたらしく……、わたしを担いで運ぶ速度が遅くなり……最終的には止まった。
……いったい、何処に連れて行かれたのだろうか?
そう思いつつも、わたしは愚かにもまだ気絶した振りを続けていた。
「マーリアさまぁぁっ! 芋ジャージっ子をそろそろ目覚めさせたら良いんじゃないでござるかぁぁぁっ!?」
「んぅ~? ああ、ドブは気づいてなかったのねぇ~? その女、もう目覚めているわよぉ~?」
「っ!?」
気づかれていたっ!? わたしは内心驚いたけれど、必死に動かないように心掛けた。
けど、きっと心臓のほうは鼓動が強くなっていたりするかも知れない。
「ぶひっ!? 本当でござるかっ!? クンクン、クンクンッ! もし起きていなかったら頬を舐められてもなんとも無いでござるなぁ?」
そう言いながら、男はわたしを地面に降ろすと鼻息荒くわたしの頬近くへと顔を近づけたのだろう。……激しく臭い。
目を閉じているから何が起きているのかは分からない。けど、何か嫌な予感が――
べろんっ。
まるで、そんな音が響くとでも言うようにわたしの頬をぬるっとした何かが撫で付けるのを感じた。
いや、何か……ではないだろう、きっとこれは……。
「――――ッッ!!? ぃ、いやああああああああああああああぁぁぁっっ!!?」
「ブヒィ!? お、起きていたでござる。本当に起きていたでござるっ!!」
瞬間――全身からゾワッと毛が逆立つのを感じ、大きな悲鳴を上げながら目を見開き間近に立っていたドブを突き飛ばした。
突然のことで気が動転してたのもあるけれど、突き飛ばされた男は体型通りにゴロゴロと転がって樹に激突したのが見えた。
そして、わたしを見下すような眼で見つつも、口元は笑っている女性が扉の前で立っていた。
「おはよう、根暗女」
「……あ、あなたたちは、誰なの……? わ、わたしをカーシに帰してっ!」
「それは無理よぉ~? だって、貴女はこの超絶可愛いマーリアちゃんの専属の職人になるのだからぁ~」
「…………は?」
なに、いってるんですか、このひと?
ついさっき眠らされる前にもそう言われたけれど、冗談だと思っていたのに……目の前の人物は本気のようであった。
そして、目の前の女性は楽しそうに……まるで歌でも口ずさむかのように、わたしを連れて来た目的を語り始める。
「マーリアちゃんはねぇ~、美しくて可愛くないといけないの~♪ だから、魔族の四天王になったときはドレスをい~っぱい作って、毎日着飾ったわぁ~♪
でもねぇ、満足行くかって聞かれたら、行かない品質ばかりだったのよぉ~? そんなときに、新入りの子が面白い服を作る職人の話をしてくれたのよぉ~? それが、あ・な・た・♪」
そう言って、女性はわたしを指差して愉悦気味に笑っていた。
……寒気を起こす笑みだとわたしは思った……。
「わ、わたしが……、服を作るとでも……思って居るのですか?」
「思っているわよぉ~? だってねぇ、この扉を抜けたとき……貴女は邪族に変わるの。そして、邪族はマーリアちゃんたち上位の存在の命令には至上の悦びを感じることが出来るようになるわけ♪
だからねぇ~、貴女の是非なんて問うつもりは無いの。マーリアちゃんは貴女を扉に叩き落せば、貴女は命令どおりに何も考えずに綺麗で可愛い衣装を作ってくれるようになるだけだって思ってるんだからぁ~♪」
女性は、笑みを浮かべながら……わたしの手首を掴みます。
あの扉を潜ってしまったら……何も考えず、ただただ……服を作るだけの存在へと変わってしまう……?
それはきっと、感情もだけれど……記憶も全て消されるか塗り潰されるということだろう。
つまり……ティアとの思い出が、消される……?
そんなの……そんなのは……。
「……や。いや……!」
「嫌って言っても無理よぉ~? さあ、早く行きましょう♪」
ズリズリと引き摺られるようにして、わたしの身体は扉へと押されていく。
嫌だ! 忘れたくない……! 消されたくない……!
ティア……! ティア……ティアッ!!
「助けて…………っ。助けてっ、ティアーーーーッ!!」
声が張り裂けんばかりに、わたしは叫んだ。
この場には、この国に居ないはずの親友にわたしは助けを求めた。だがその声は……届く筈はないだろう。けれど、わたしは叫んだ。
――助けて……、助けて、ティア! ティアッ!!
必死にわたしは彼女を心の中で呼んだ。
そして、そんなわたしを嘲笑うかのように、女性はゆっくりと開き始めた扉へとわたし連れて行こうと腕に力を入れるのが分かった。
けれど、その瞬間――、わたしと女性の間に入り込むようにして黒い影が上空から落ちてきた瞬間、黒い影よりも更に黒い何かが軌跡を描いた。
突然のことで女性は驚いたらしく、わたしの腕から手を放すと距離を取り始めた。
そして、その黒い影はわたしを護るようにして立ち塞がるのが……見えた。
「――っ!? な、何ッ? いったい何者よっ!?」
苛立つ女性の声が遠くに聞こえるように、わたしは護るように立ってくれた人物に目が行っていた。
……いや、正しくは、その人物の……くすんだ銀色の髪に……だ。
そして、その人は……お腹から力を込めるようにして、叫んだ。
「あたしの…………、あたしの親友を連れていかせはしないっ!!」