スカウト(強制)
アルト視点です。
「…………っ」
ドスドスという足音と、揺らされる震動でわたしの意識は浮上してきた。
わたしは……いったい……?
遠ざかっていく光景を見ながら、わたしは目覚める前……違った。眠る前のことを思い出そうとした。
そんなわたしの鼻に、すっぱ臭いにおいが漂い……顔を顰めた。
けれど、その臭いでわたしは何があったのかを思い出すことが出来た。
「ブフゥッ! 今、呻き声が聞こえたけれど……目が覚めたでござるか?」
「…………」
聞こえてきた声に、わたしは目が覚めていないということをアピールするように目を閉じ……息を潜めた。
その反応でわたしを担いでいる……ドブと名乗ったオークのような獣人はわたしが起きていないと判断したらしい。
そして、遠くから声がし……その声はわたしの耳にも届いた。
「ちょっと~、ドブゥ? 速く来なさいよぉ! マーリアちゃんは待つのが嫌なのよぉ!」
「ブヒッ! も、申し訳ないでござりまするマーリアさまぁぁっ!!」
その声と共に、わたしを運ぶ速度が速まるのを感じた……。
確か、今の声は……空に映っていた女性。
何とか、何とかして……逃げないと。
そう思いながら、わたしはどうしてこうなったのかを思い出し始めた……。
◆
その日、突如空に魔法なのか道具なのかはわからないけれど、それを使い全世界に向けて邪族と名乗る新たな種族は敵対を表明した。
それは何時ものように作業をしていたわたしの耳にも届き、木々の隙間からその光景を眺めていた。
そして、空に映るものが消えると……辺りは静寂に包まれたけれど、すぐに混乱が起きた。
無理も無い……。このカーシの街は、森の国は復興を行っている最中であり……新しい長自体未だ決まっていない状況なのだ。
…………新しい、長。か……。
「ティア……、きみは今……どうしてるの?」
ここ最近余裕が無くなってきているからか、寝惚けたような口調をしなくなって久しいと思いながらも……わたしはこの国を出た親友のことを考える。
アンたちから聞いた話だと……、外套からチラリと見えた親友の姿は変わってしまっていたらしい。
けど、どんな風に変わっているのかは良く分からない……。
「一度は、見てみたいな……。けど、彼女って少し思い込みが激しいところがあるから、絶対に……」
――こんな姿のあたしを見たら、アルトはきっとあたしに落胆する!!
とか言ってるんだろうなぁー……。
まったく……。本当にそんな風に思ってたりしたら、いくらティアだとしてもわたしは叩くよ?
そう思いながら、わたしは作業に戻るために街の中へと戻ろうとした。
だが、その瞬間――突如空から何かが落ちるのが見え、直後……地面が揺れた。
「な、なにっ!? 何が起きたのっ?!」
驚くわたしたちだったけれど、しばらくして妖精たちが慌てながら近づいてくるのが見えた。
その中の1人、フェーンにわたしは声を掛けた。
「フェーン、いったい何が起きたの?」
「たいへんだー! そらから、へんなとびらがおちてきたんだよー!!」
「扉……? それって、邪族が仲間になりたい人を迎える扉……?」
『『『たぶんそうー!』』』
わたしの言葉を肯定するように妖精たちは一斉に頷いた。
それを見てから、わたしは自分ではどうにも出来ないと判断したから誰かに指示を仰ごうと考える。
……この場合、指示を仰ぐのに一番良いと思う人物といえば……。
「やっぱり、アンたち……かな。フェーン、お願いなんだけどアンたちの居る世界樹にこのことを――
言い終わる前に、カーシの街が揺れた。
直後、其処彼処から悲鳴が聞こえた。……当たり前だろう、わたしたちにとってこの街が襲撃されるのはもうトラウマになっているのだから。
当然、わたしも恐怖を感じてその場に蹲った。そんなわたしの耳に妖精たちが驚く声が聞こえた。
いったい何が起きたのか? そう思いながら、わたしが顔を上げると見覚えの無い人物が2人立っていた。
ひとりは、オークと間違うような肥り切った腹を震わせながら精神的に気分が悪くなりそうな笑みを浮かべた男。
もうひとりは、可愛らしい……といえば可愛らしいように見えるけれど、その姿は偽りだと思えてしまう女性が立っていた。
けれど、この2人は何処から現れたのだろう? そう思っていると、2人はわたしたちを無視しながら喋り始めた。
「ちょっとドブゥ~? この根暗そうな女が超絶可愛いマーリアちゃんのためのさいこーな衣装を作ることが出来る人物なわぇ~?」
「ブヒヒッ、そうでござる! キュウビ殿から、このダウナー系の芋ジャージっ子を勧められたから間違いないでござる!!」
「ふぅ~ん? ま、良いわ。思っていたのと違うものだったら、普通にスライムにすればいいんだしねぇ~」
そう言い終えると、女性がわたしの前へと立ち……指を突きつけました。
「光栄に思いなさい。貴女はこの超絶可愛いマーリアちゃんのための服を作る職人として邪族の一員にしてあげるわぁ~!」
「……え?」
「わかっていないみたいねぇ~? もう一度言うわよ。貴女はマーリアちゃんに見初められたの。だから、問答無用で連れて行くわぁ~♪」
笑みを浮かべながら、マーリアと名乗った女性はわたしへと手を伸ばしました。
何だか分からない。わからないけれど……捕まってはいけない。
そう心が訴えかけてきたため、わたしはズリズリと下がり始めた。
……けれど、そんなわたしを捕えるように何時の間にか背後に回っていた太った男が、わたしを羽交い絞めした。
「は――放してっ! 放してッ!!」
「ブヒッ! 放さないでござるよぉぉ!! んはぁ~、汗のいい香りがするでござるよぉ~!!」
フゴフゴと鼻を鳴らす音が聞こえ、わたしは全身から寒気を感じ――男から離れるために頭を必死に振り、男の顔を強打させた。
男の顔か、出っ歯が頭に当たり痛みを感じるけれど……男から放れるほうが良い。
そう判断しながらわたしは必死に頭を打ちつけるが……男は殴られることに快感を得る人種だったらしく、喜びに満ちた声が聞こえた。
そして、女性はわたしへと近づくと……わたしの頬を撫で、品定めをするようにわたしを見た。
わたしは、そんな女性の行動から何故か目を放せず……ガクガクと身体が震えるのを感じていた。
だが――。
「暴れられても別に脅威は無いけど、面倒だから眠らせるわぁ~。そのほうが運び易いでしょドブゥ~?」
「や、……いや……。助けて、助けて――! ティ……ア…………」
縦に割られた瞳孔が、わたしを見た瞬間――わたしは意識が途切れていくのを感じ、この場に居る筈がない親友に助けを求めながら……気を失った。