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あるゆうしゃの物語  作者: 清水裕
創製の章
445/496

アリスと和食

今回は、ただ食べるだけのお話です。

「お、おお…………っ!」


 今、椅子に座るアタシの目の前の長机には……これぞ日本食! といった料理が置かれていました。

 記憶の中にある。けれど、アタシ自身は初めて見るその品々に目を輝かせます。

 ツヤツヤと輝くマイス……いえ、お米、ギンシャリ。

 初めて嗅ぐけれど、心が落ち着くような優しくも香ばしい……オミソシル。

 白と黄色、そして狐色に焼かれた分厚い……タマゴヤキ。

 その隣の更には、厚めに切られて焼かれていたシーマスが香ばしい匂いを立てながら、焼き立て独特のパチッと言う音を立てました。

 そして、深皿には……数種類の野菜と、記憶の中にあるガンモドキが透き通った汁の中を泳いでいました。


「おお……、おおぉぉ…………♪」


 これが、これが日本食、ワショク! あの人が何時も食べていたって言う料理!!

 ドキドキする胸の鼓動を抑えつつ、アタシはハシを手にいざ実食!! と行こうとしたのですが……。


 ……む? むむっ!? ……うぅ、な、何ですか!? 記憶の中にはハシの握りかたも使いかたもあるはずなのに、全然握れませんっ!!

 これはいったい……? いえ、何となくは分かりますよ? 記憶にあるものと実際行うものでは差異があって、上手く出来ないとかそんな感じの物ですよね?

 そう思っていると、他の人たちは食事を開始したようでした。……そんな彼らを見ると、フォークとスプーンを手に持ってたりします。

 うっ、ううっ……ここは、此処は諦めるしかないのでしょうか……?

 けど、けど諦めなければ……! 諦めなければきっと何とか――!!


「えっと、師匠。フォークとスプーン、入りますか?」

「イタダキマス……」


 ――なりませんでした。


 悔しい気持ちを堪えながら、アタシはサリーから受け取ったフォークを手にギンシャリを掬いました。

 上手に炊いているのか、艶があってキラキラと光沢が見えます。

 ドキドキとしながら、アタシはギンシャリを口の中へと運びます。

 ホカホカのギンシャリが口の中に入り、フォークを引くようにして口から取り出すと……ギンシャリを咀嚼し始めました。

 モチモチとした食感と、淡白な中にある仄かな甘みが口の中へと広がっていきます。


「これは……、良い味が出ていますね……。ほのかな甘みと、モッチリとした食感が良いです」

「おぉ! 米の味が分かるたぁ、おめぇさん……転生っこだね!」

「そうですよ。……って、何度も言ってるじゃないですか」

「ははははっ! こりゃ、ウッカリしてたぜ!」


 そう言って、タツオさんは機嫌良く、追加の料理を作るために厨房に戻っていきます。

 その姿を見ながら、アタシはもう一口ギンシャリを食べます。……獣人の国で食べた味が付いたマイス料理というかチキンライスとは違って米の味で勝負していますって感じですね。

 そう思いながら、今度は器を手に取り……ミソシルを啜ってみます。

 器を持って飲むのははしたない行為だったりすると思いますが、周りは何度か日本食を食べたからでしょうか、スプーンをつけて飲むという洋風のスープの飲みかたははしていないようです。

 だから、安心してミソシルを啜りました。


「あぁ……、すごく、優しい味です…………」


 ミソ独特の香りが鼻に届くと同時に、口の中にはミソの優しい塩気と魚で取った出汁の旨味が口の中に広がっていきます。

 人間の国や獣人の国、魔族の国では骨で出汁を取ったスープが主流で、森の国では多分野菜の出汁とかあったりするでしょうが……出会いませんでしたね。

 そう思いながら、アタシはもう一口啜ります。

 ……初めて飲む。それなのに、すごく……すごく懐かしい気持ちになり、気づけばアタシの瞳からは涙が零れていました。

 ああ、これってきっとあの人の記憶と思い出の影響ですね……。今度、あの人に交代して日本食を食べてもらいましょう。


「し、師匠……?」

「いえ、な……なんでもないですから」


 心配そうに見るサリーにそう言うと、今度はフォークを横にして、タマゴヤキを食べる分だけ切ります。

 すると、それはダシマキタマゴだったらしく、切ったところからジュワッと卵と汁が混ざり合った物が皿に溢れてきました。それを見ながら、アタシはタマゴヤキを口に入れようとしましたが……その手が止まりました。

 何故なら、アタシの目には半熟の卵汁が垂れている中に……トロッとした黄色い、いえ乳白色色の物が垂れているのが見えたのです。


「これは……、チーズッ! チーズですねっ!?」


 卵にチーズ、それはまさにオムレツのような物! 味は……味は如何なのですかっ!?

 ワクワクしながらアタシはダシマキタマゴを口に運びます。

 直後、砂糖の甘みとショウユのあっさりとしながらも感じる塩気、そしてチーズの濃厚なマッタリ感……。

 これは……、う……うーまーいーぞーーーーっっ!!


「師匠っ!? ど、どうしたのですかっ!?」

「――はっ!! い、いえ、何でもありませんよ何でも……」


 何時の間にか両腕を天に向けて、万歳をしていたアタシを心配そうにサリーは見つめました。

 その視線に恥かしくなり、アタシは微妙に笑みを浮かべてから、座り直します。

 ふ、ふう……いけないいけない。妙な感じに暴走してしまいました。

 自制しましょうアタシ……。

 ……というわけで、今度は煮物を食べることにしました。


「透き通った、まるで水みたいなスープですが……香ばしいまでに魚介の香りがしますね。

 味のほうは……」


 呟きながら、アタシは初めて見る野菜……彼の記憶にあるナスに良く似た野菜をフォークとナイフで切り分けるとそれを口に入れました。

 軟らかい食感が口の中に広がると共に、その野菜の味と浸み込んだスープの味が広がっていきます。

 ああ、これって……彼の記憶の中のカツオブシで取った出汁をショウユと砂糖で味付けしたときの味そっくりです……。

 初めて食べる野菜に笑みを浮かべつつ、アタシは今度はガンモドキを切り……口に運びます。


「っ!?」


 これは――、ジュワッと口の中にスープが溢れて行きます!!

 ……なるほど、そのガンモドキはスープを吸い込んでいたのですね……。

 で、では、このオクラっぽい物は……?

 ドキドキしながら、口に含むと――ザクッとした食感とザラリとした舌触りが口に広がり、サクサクっと種らしき物が歯で潰れて行くのが分かりました。


 ああ、これが……これが、ワショクというもの、なんですね。

 あの人やヒカリさんは……これを食べて、育ったんですね。

 それを今、アタシは食べているんですね……。

 そんな幸せな気分のまま、アタシは最後に焼きシーマスを食べることにしました。

 フォークで骨を取り除きつつ、アタシは食べる分だけ解すと……それを口へと入れました。


 ――辛いっ!?


 これは、かなり……とまでは行きませんが、少し塩辛すぎるのではないのでしょうか?

 料理人であるタツオさんがこんなミスをするだなんて……。


「いえ、待ってください……これは……は――っ!!」


 つまり、こういうことですねっ!?

 この焼きシーマスの塩辛すぎる理由に辿り着き、アタシはその考えを実行するために行動しました。

 解した焼きシーマスの身をギンシャリの上へと乗せて行き、中央のほうに置かれた海苔を掴むとそれを千切り上に掛けます。

 そして、最後に――。


「タツオさんっ! 温かいお茶をっ!!」

「そう慌てなさんな、アリスよぉ! お茶も良いけど、先にこっちを食べてみろぃ!」


 そう言って、何時の間にか厨房から出ていたタツオさんはアタシの前にシュンシュンと湯気を立てるポットを置きました。

 その中からは……とても香ばしい香りが漂います。これは……お茶の匂いではありません。ありませんが……。


「出汁ですねっ!?」

「おうよっ! シーマスの残で取った特製の出汁よっ! それを上に掛けてサラサラーっといっとくれぃ!!」

「はいっ!!」


 言われるがままに、アタシはポットの出汁をギンシャリへと掛けると……濃厚なシーマスの香りが漂って来ました。

 これは……溜まりませんっ!!

 気づけばアタシは、茶碗を掴み……サラサラとかっ込むようにして、シーマス尽くしの出汁茶漬けを食べていました。

 そして、そんな料理漫画っぽい状況のアタシを他の面々が見ているのですが……それには気づきませんでした。


アリス。変な意味で壊れる(笑

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